小児科の開業医が教える〈患者にとって良いかかりつけ医〉の見分け方

2024年2月22日(木)12時30分 婦人公論.jp


大学病院や一般病院で働いているときには分からない、開業医は開業医になって初めて自分の仕事を学んでいくそうで——。(写真提供:Photo AC)

厚生労働省が発表した令和3年度の医療施設調査によると、全国の医療施設は 180,396 施設で、前年に比べ 1,672 施設増加しているとのこと。20床以上の病床を有する「病院」は33 施設減少している一方で、19床以下の病床を有する「一般診療所」は 1,680 施設の増加となりました。「一般診療所」が増える中、小児科医として開業した松永正訓先生が、開業医の実態を赤裸々に明かします。今回は、開業医の仕事内容についてご紹介します。大学病院や一般病院で働いているときには分からない、開業医は開業医になって初めて自分の仕事を学んでいくそうで——。

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開業の準備として2年勉強


たとえば、大学病院とか一般病院で勤務医をやっていた大人の内科の先生が開業するとする。そのときに、「内科」「小児科」を標榜することがけっこうある。

日本の法律では、医者は何科を標榜してもいいことになっている(麻酔科だけは別)。だが、この先生は、勤務医時代に子どもを診た経験はあるだろうか。答えは「まったくなし」である。だから開業直後は試行錯誤で子どもを診ていくことになる。

同じように勤務医の耳鼻科の先生が、子どもを診た経験はあるだろうか。答えは「あるけど、それほど多くない」である。確かに、地方の公立病院の医師であれば、子どもの中耳炎をけっこう診るだろう。

しかし、大学病院や都会の中核病院である公立病院の医師が診るということはあまりない。特に大学病院ではほぼない。開業している耳鼻科のクリニックには子どもが溢れているが、子どもの診療に関して耳鼻科医は、開業してから腕を上げたという部分はあるだろう。

内科の先生が内科で開業しても、得意なのは自分の専門領域で、他の分野は診療を走らせながら学ぶということになる。

新規開業のクリニックが良いとは限らない


だから新規開業のクリニックがいいクリニックかというと、それはなかなかイエスとは言い難い。研修医を終えた医師が10年、15年かけて一人前になるように、開業医が開業医として一人前になるには時間がかかる。

ぼくは自分のことを一人前と言っていいか分からないが、今でも患者家族に質問されて答えられないこともある。こういうときは宿題にして文献を調べたり、仲間の開業医に知恵を貸してもらったりする。つまりぼくもまだ学びの途中だ。

開業スタートからいい医療をするためには、やはり準備が必要だろう。自分は何を苦手にしているのか、何を分かっていないかを自分に問いかけてよく勉強しておくことが重要になる。

ぼくの場合、2年間くらい準備をした。小児科の教科書(英語と日本語)をけっこう読んだ。中にはかなり実践的な本もあった。たとえば、『開業医の外来小児科学』(南山堂)。これは1000ページを超す大著で、開業医のために作られた本だ。だから心臓病の詳しい説明などは書かれていない。

開業医が先天性心疾患を治療することはあり得ないからだ。その代わり、外来でよく診る感染症のページが延々と続く。これが実に勉強になり、役立つ。「開業医」という学問はないと述べたが、小児科に関して言えば、この本が開業医の教科書かもしれない。

人体実験は不可欠です


それからこの20年くらい、いろいろな疾患に関してガイドラインが発表されている。ガイドラインとは標準治療を述べたものである。

患者によっては、「標準」ではなく、「特上」の治療をしてほしいと要求する人がいるが、これは言葉の誤解である。

標準治療とは「並」という意味ではない。科学的根拠(よく言うエビデンス)に基づいた治療のことである。したがって標準治療に則って、基準にそった治療をしていくことが最上の治療法と言える。ここは間違わないでほしい。

では、エビデンスとは何かというとちょっと説明が必要であろう。新型コロナの感染流行で、今や政治家までもがエビデンスという言葉を乱発している。だが、そのエビデンスという言葉の使い方は医学的には間違いである。政治家が言っているエビデンスとはデータのことである。「エビデンスがない」というのは、「データがない」の間違いである。

医学界におけるエビデンスにはランクの低いものから、ランクの高いものまで幅がある。最もランクが低いものは、「権威ある医学者の個人的な意見」である。

一方、最もランクが高いのは、新型コロナに感染した患者をA群とB群にランダムに分けて(ここがポイント)、ワクチンを注射するか、生理食塩水を注射するかして、その結果、入院になった数や死亡者の数を比べる研究のことだ。さらに言えば、そういう研究を多数集めたものが最上のエビデンスになる。

それでは人体実験ではないかと思う人もいるだろう。その通りである。エビデンスを得るためには人体実験が必要なのである。1000人の健康な大人に新型コロナワクチンを接種して、そのうち○%が発熱した……というのはデータであって、エビデンスとは言わない。

患者からは分からないこと


こうした臨床研究(治験という)は、研究に参加してくれる患者がいて初めて成り立つ。ボランティアとも言える。ある意味で、患者に少なからず犠牲を強いる。そうまでして手に入れたエビデンスなのだから、医師はその結果を重く尊重すべきである。

小児科領域でも耳鼻科領域(特に中耳炎)でも、疾患ごとにガイドラインが世に出ている。こうしたガイドラインを、開業医はしっかりと押さえておかないといけない。

ところが、あんがい我流の治療を行っている医者がいる。どういうつもりなのか、ぼくにはよく理解できない。内科の先生や耳鼻科の先生が、子どもの診療を行うならば、そうしたガイドラインをしっかり守ってほしい。ぼくなんかガイドラインから外れた医療は怖くてできない。

患者の側からすると、医師がガイドラインを守っているかまず分からないだろう。そこはなかなか悩ましい問題だ。

ぼくは診察室の本棚にガイドラインや教科書を並べていて、患者家族から同意を得るときに、そうした本を広げて当該部分を読み上げて説明することがある。これは患者にとってどう映るのだろうか。

さすがに患者家族もネット情報よりも、医学書に書いてあることの方が正しいと思っているだろう。だから本を見せられて納得するかもしれない。しかし一方で、アンチョコを広げて診療をしている頼りない医師に見えるかもしれない。これは患者家族に聞いてみなければ分からない。

自分の仕事は「医療」だけではない


開業医の仕事は「医療」が大半だとしても、「家族を支える」という一面も重要である。開業当初、ぼくはそのことを十分に分かっていなかった。

開業したての数年は、ぼくは自分の存在を「単に近所の医者」「風邪のとき薬を出してくれる医者」くらいにしか認識していなかった。ま、自分の存在をその程度だと思っていたわけである。

だが、患者家族と何年も付き合ううちに、自分の仕事は「医療」だけではないと分かってきた。家族にはいろいろな形があって、いろいろな悩みがある。分かりやすい例では不登校の問題とか、体罰になりかねないしつけの問題とか、リストカットなどの自傷の問題とかである。

本来こういうケースは児童精神科に紹介したり、保健福祉センターに相談したりするのが正しいのだろう。

だが、家族の話をよく聞いてみると、ぼくから答えをもらいたいと言われることがある。そうか、こんな自分でも頼ってくる人がいるのか。

不登校の問題など、医学雑誌の特集号で勉強したりするのはもちろんであるが、そこに書かれた文字の力には説得力がないとぼくは感じる。結局、医者の人間力みたいなものが試されるような気がする。


(写真提供:Photo AC)

家族を支えるという仕事


だからそうした家族には時間を使って、真正面から付き合う。待合室が激混みのときは、後日ゆっくり話そうと別の日に来てもらう。

そこで誠実に家族に向き合えば、ぼくが言ったことが100%正解ではなくても、家族にとって何かのヒントにはなったりしているように見える。かかりつけ医は、家族の悩みに答えなくてはならないということを、ぼくは何年もかかって学んでいった。

「家族を支える」というのは、小児クリニックでも大人のクリニックでも同じく大事なことだろう。

逆に言えば、「診療」だけをしている医者は、いいかかりつけとは言えない。患者が医者を選ぶときに見きわめるポイントはその辺にあるのではないだろうか。

※本稿は、『開業医の正体——患者、看護師、お金のすべて』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです

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