「超帰省」 ──友達の地元に帰省すること。

2023年3月1日(水)11時0分 ソトコト

キーワードは帰省と友達。


生まれ育った土地を離れて暮らす人が、年末年始やお盆など長い休暇がとれるときに実家や故郷へ帰る「帰省」。旅的な要素はありながらも、観光旅行とは違う文脈がそこにはある。


そんな帰省を「地域と新たに出会う方法」としてデザインしなおし、「超帰省」と名付けて活動しているのが一般社団法人『超帰省協会』だ。


発起人は、根岸亜美さん、守屋真一さん、原田稜さんの三人。活動のきっかけをつくったのは根岸さんだ。彼女の出身は神奈川県小田原市の隣にある大井町。「小さな地方の町で、とくに地元が好きというわけでもなかった」という根岸さんだが、東京の大学で地域活性化に関わるうちに、「自分の地元を知ってもらいたい」という思いが募ってきた。


どうしたら地元のよさを知ってもらえるのだろうか?





根岸さんがこだわったのは、地元に「友達」を連れて行って、自分の暮らしの部分を見せるということと、「個人の人生やエピソード」を通して地域を知ってもらうという2点だった。


「普通の旅行とは逆のプロセス、つまりとても個人的なところから地域と出会い、そこから逆上がりをする形で地域のことを知ってもらったほうが、地域の魅力がより伝わるのではないか」。根岸さんはそう考え、何度か小田原エリアを対象とするツアーを実施した


そのツアーに根岸さんの友達だった守屋さんが参加した。守屋さんは神奈川県秦野市の出身で、小田原市内の高校に通っていた。根岸さんの地元の小田原エリアは、守屋さんにとってもよく知っている場所だった。


ところがツアーに参加して見えてきたのは、まったく知らない小田原。とくに、人との出会いが、普通の旅では出会えないものだったと守屋さんはいう。


「みんな亜美ちゃんの友達なので、自然とすぐに距離が縮まりました。とくに印象に残っているのが亜美ちゃんのご両親と一緒にバーベキューをしたこと。亜美ちゃんの小さい頃の話が聞けて、いろいろな話をしているうちにすこし遠い親戚のような感覚になっていきました」


守屋さんは、大学の同期で友達の原田さんにこの体験を話した。二人とも建築やまちづくりに携わっていて、「何か一緒に地域に貢献できることをやりたい」と考えていたタイミングだった。守屋さんの話を聞いた原田さんは、根岸さんのツアーのことを聞き「温度感ややりたいことが似ている」と直感した。


そこで原田さんは、三人で活動を始める前に二人を、自分の地元の焼津に連れて行った。自分でもツアーを主催したのだ。
「通っていた高校やよくサッカーの練習をしていたグラウンドなどを案内しました。また地元の友達と一緒にバーベキューもしました。二人ともそれを楽しんでくれましたし、地元の友達も『またあの二人来ないの』と言ってくれています。東京と静岡が仲良くなったようで、自分でやってみて亜美ちゃんがやっているツアーの魅力がわかりました」と実感を込めて原田さんは説明してくれた。




















全国47都道府県で「超帰省」を広める。


2020年に任意団体を設立し、21年に一般社団法人化。三人はそれぞれの仕事をしながら、この活動に取り組んでいった。
活動をするにあたって必要だったのが名称だ。自分たちの考えている新しい旅の形を伝えるインパクトがありながら誰にでも分かるような名前は、と考えたときに生まれたのが「超帰省」という名称だった。
「これは亜美ちゃんの発案。すぐに僕も原田も『これしかない』と決まりました。僕たちの活動は、旅行会社のようにツアーを販売することではなく、『超帰省』の考え方を広めること。そういう意味で、誰もがすぐにイメージが湧く『帰省』という言葉が入ったネーミングはとても力がありました」と守屋さんは言う。
根岸さんも「知らない地域との最上の関わり方って、地元に帰省する感覚で出会うことだと思います。多くの人に実践してほしいので『超帰省する』というように動詞として使えることもいいなと思っています」
「超帰省」という概念を広げる。その第一歩として取り組んだのが、全国47都道府県にアンバサダーを置くことだった。「超帰省」の考え方に共感する人たちがつながり、彼らが中心となって地域ごとに活動を進めていけば、広がりが生まれると考えた。
コロナ禍にもかかわらず、多くの人がやってみたいと手を挙げた。全員、一度は地元を離れ「帰省」した経験があり、外からの視点で地元を紹介できる。すでに『超帰省』的な取り組みを行動に移している人も多かったそうだ。
現在は、全都道府県に合わせて100人を超える人がアンバサダーとして活動している。一つの地域に複数のアンバサダーがいることもあるが、同じ地域で行われてもツアーはアンバサダーによってまったく違うものになり、違う魅力を参加者に伝えることだろう。
コロナ禍ではアンバサダーの活動は、SNS上の「超帰省名鑑」から発信されていたが、行動制限がなくなれば、アンバサダー同士のつながりも活発になりそうだ。三人も「各アンバサダーの地元に行ってみたいですし、『こんなツアーを企画したい』という相談もきています」と、今後のアンバサダーの活動に期待している。


原点は忘れずに、地方自治体などとも協力。


20年には未来に向けた価値創造活動を応援する『SHIBUYA QWS』が主催するチャレンジプロジェクトに応募し、その活動を加速させている。
同時に地方自治体や観光協会、企業などから、「関係人口」を増やすために「超帰省」を活用したいという問い合わせが増えている。
ただ、そう簡単なものではない、と守屋さんは考えている。「僕たちは友人同士でやっているからうまくいっているという面が大きいと思います。表面的なコンテンツだけを使っても、そのまま関係人口につながるとは思えないですね」となかなか厳しい。





一方で、大分県中津市の耶馬渓エリアや新潟県の村上エリア(村上市、関川村、粟島浦村)では、自治体や観光協会と一緒に超帰省ツアーを運営し、手応えを感じている。ツアーの参加者からは、その後何度も中津市に通う人が出ている。また3回ツアーを行った村上市では、参加者らたちと地域の人たちの間に友達に近い関係が生まれ、その後につながりそうだ。








こうしたツアーが成功するポイントは、原点を忘れないことだ。「超帰省」のキモは友達を連れていくこと。自治体のツアーでは事前に参加者同士がオンラインで顔合わせし、関係の下地をつくった。そして、地域のアンバサダーが軸となり、その個人的な視点で地元を紹介することが欠かせない。


もうひとつ大切にしているのは、ツアーの参加者はお客さんではない、ということ。「友人を連れた帰省なので、食事の後片付けも手伝いますし、布団も自分で敷きます。帰省するって、そういうことですよね」と守屋さんは笑う。


信頼関係をベースに地域と出合う。


こうした旅は、地域とのどんなつながりを育むのだろうか。たとえば、東京で天気予報を見ていても、大分の天気が気になる。ささいなことかもしれないが、こういう気持ちが、それまで関係のなかった地域とのつながりを意識する一歩になるのかもしれない。


原田さんが地元に根岸さんと守屋さんを連れていったとき、「東京と静岡が仲良くなった気がした」と言っていた。根岸さんや守屋さんにとっても、「焼津は知らない土地ではなく、親近感の湧く土地となった」という。こうした変化をもたらしてくれるのが、「超帰省」であり、そこから生まれる地域と人とのつながりを3人は「信頼関係人口」と呼ぶ。


友達同士の信頼関係があるから、友達の地元は、自分の地元と思える。そんな気持ちを育んでくれる超帰省が広がれば、日本中に帰省できる場所が増えていく。3人の目標は、「この言葉が広まり、『広辞苑』に載るくらいのカルチャーにすること」だそうだ。今回の取材で、これはそう難しいことでもないのかもしれない、と思うようになった。


『超帰省』のメンバーが今、気になるコンテンツ。


Radio:COTEN RADIO
Apple Podcast、Spotify、YouTube、
「世界を客観視すること」「今存在しているものが絶対ではないと認知すること」の大切さを教えてくれるラジオ番組です。間接的にも、今やっていることにつながると思います。(根岸亜美)


Radio:GOOD NEIGHBORS
J-WAVE
ナビゲーターのクリス智子さんとゲストとの会話が、近所の人同士のおしゃべりのようでおもしろい。クリスさん(=主催者)がいちばん楽しんでいるところが、「超帰省」の考え方と通じます。(守屋真一)


Book:笑える革命
小国士朗著、光文社刊
多様なソーシャルプロジェクトを手がけてきた著者の視点は勉強になります。とくに「中途半端なプロより熱狂的な素人」が社会課題の解決の糸口をつくるという言葉を大切にしています。(原田稜)


photographs by Mao Yamamoto text by Reiko Hisashima
記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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