伊藤若冲の「黒一色の絵」色彩がないからこそ際立つ神秘的な美しさ、洗練されたデザインを堪能する

2025年3月27日(木)6時0分 JBpress

(ライター、構成作家:川岸 徹)

江戸時代の人々は「黒」に対して何を見出し、何を感じていたのだろうか。様々なテーマから江戸絵画における「黒」を探究し、その魅力に迫る展覧会「エド・イン・ブラック 黒からみる江戸絵画」が板橋区立美術館で開幕した。


日本美術の「黒」はおもしろい

「黒」はおもしろい色だ。黒星、黒歴史、ブラック企業、ブラックマーケット……。黒は悪いことや忌むべきことの比喩として使われる一方で、格式ある場では黒いタキシードが好まれ、柔道で有段者が締めているのも黒帯だ。日本では「艶のある黒い髪」は若さと美しさを示す表現として古くから使われてきた。

 そんな「黒」は、日本美術の世界でも「おもしろい色」だと板橋区立美術館・印田由貴子学芸員は言う。「日本美術では描く対象物と背景との間を区切るために、目に見えない黒色の線、つまり輪郭線が用いられてきました。実在しないものは描かないという西洋絵画のルールとは異なる、東アジア独自の技法といえます。水墨画にもまた、東アジア特有の感覚が見られます。日本人なら墨一色で描かれた竹を見て“竹だ”と認識できますが、西洋人は“本当に黒い竹があるのか?”と疑問をもつ人がいるそうです」

 そんな黒のおもしろさに惹かれ、展覧会としてカタチにしたのが「エド・イン・ブラック 黒からみる江戸絵画」展。会場となる板橋区立美術館の所蔵品をはじめ、東京国立博物館、千葉市美術館など全国各地の美術館・博物館から作品を集め、約70点の出品作を通して黒の表現方法、魅力、さらに制作当時の文化や価値観を探っていくという。


江戸時代に進歩した夜の描き方

 では、黒はどんな場面を表すために使われたのか。最も代表的といえるのが「夜」を表現するための「黒」だ。

「江戸時代以前の絵画では、画面に月やホタル、ロウソクなどを描き込むことで、鑑賞者に夜の場面であることを示してきました。でも、江戸時代になると灯火用の菜種油が普及。多くの人々が夜の時間を楽しむようになりました。さらに西洋の科学や技術などを研究する蘭学も隆盛し、光や影に対する人々の関心も高まってきます。こうしたことから、それまでの日本絵画にはほとんど描かれてこなかった影や暗闇も描写されるようになり、夜の表現は進化を遂げました」(印田由貴子学芸員)

 長沢芦雪《月夜山水図》は、芦雪の巧みな墨の使い方が堪能できる名品。墨の濃淡によって表された奥行き感、ぼかしによる幻想的な靄、木々のシルエットの美しさ。夜の山中の静謐な空気が伝わってくるようだ。

 塩川文麟《夏夜花火図》は江戸時代に作られ始めたといわれる線香花火が題材。現代では和紙の先端に火薬を包んだ「長手」が主流だが、当時は火花を上に向ける「すぼ手」というタイプも人気だった。文麟は画面を真っ黒に塗りつぶすのではなく、柔らかくぼかすことで神秘的な暗闇を表現。その空間に浮かび上がる線香花火の火花がはかなくも美しい。


伊藤若冲の「黒い絵」を堪能

 黒は夜や暗闇の表現だけに使われたわけではない。江戸時代の中頃には中国からもたらされた法帖(書の手本とすべき筆跡を拓本にしたもの)を彷彿させる、中国趣味が流行。背景を黒く塗り込み、文字や絵を白抜きにした作品が見られるようになっていく。

 国宝《動植綵絵》をはじめ色彩鮮やかな絵画で知られる伊藤若冲も、中国趣味の影響を受けた黒一色の作品を残している。《乗興舟》は、若冲が禅僧の大典顕常とともに淀川下りをした体験をもとに制作された拓版画。黒と白を反転させることで中国趣味的な趣が醸し出されているものの、画面全体にグラデーションをつける、色面にザラザラとした質感を出すといった創意工夫により、一般的な拓版画にはない味わいが生まれている。

 伊藤若冲《玄圃瑤華》は、黒を背景に植物や生き物を描いた全48図からなる画帖。現在は切り離して収蔵されており、展覧会ではそのうち「瓢箪・夾竹桃」「薊・栗」の4図が紹介されている。中国的なフォーマットに則っているが、卓越したデザインセンスや細かな線の美しさはさすが若冲。色彩がなくても、若冲は若冲だ。


「墨彩色」と「紅嫌い」

 また江戸時代の天明〜寛政年間(1781〜1801)は多色摺の浮世絵版画、すなわち“錦絵”が発展した時期だが、同時にこの頃には黒を基調とした浮世絵も流行。肉筆画の場合は「墨彩色」、版画の場合は「紅嫌い」と呼ばれ、きらびやかな彩色画とは異なる清雅で落ち着いた雰囲気は趣味人たちに好まれたという。

「墨彩色・紅嫌い」の名手といわれる絵師・窪俊満の《夜景内外の図》には、闇夜の中、料理茶屋の前を芸妓の一行が歩く様子が描かれている。興味深いのは、その描写の手法。灯りがともる料理茶屋の室内と提灯で照らされた芸妓の姿は彩色で描かれ、その他の暗がりは紅嫌いの手法で表されている。2つの手法を組み合わせることで明暗が際立ち、明るい部分はより明るく、暗い部分はより暗く強調されて見える。

 展覧会会場にはお歯黒の道具などを紹介する「黒の化粧」コーナーや、「ロウソクのような仄かな灯りがともる暗がりの中で金屏風はどのように見えるのか」を体験できる展示室が設置されている。楽しみながら、江戸時代の「黒」を体感したい。

「エド・イン・ブラック 黒からみる江戸絵画」
会期:開催中〜2025年4月13日(日)
会場:板橋区立美術館
開館時間:9:30〜17:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
お問い合わせ:03-3979-3252

https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001836/4001855.html

筆者:川岸 徹

JBpress

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