“ワガママ”なのに愛嬌があって慕われる老い方とは? 上手な迷惑のかけ方を今西錦司さんが教えてくれた

2025年4月19日(土)11時0分 文春オンライン

 忘れがたき「老いの達人」たちについて綴った新著『 老いの思考法 』が話題の山極寿一さん。日本の霊長類学の創始者・今西錦司さんに学んだ“老い方の知恵”を、月刊「文藝春秋」5月号から抜粋してお届けします。


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山極寿一さん 撮影・釜谷洋史(文藝春秋)


今西さんが大切にしていた「初登頂の精神」


 僕ももう73歳、糖尿病の病気持ちです。わが身に老いを感じることが増え、影響を受けた3人の個性的な恩師たちの晩年の姿をよく思い起こすようになりました。


 まず、僕が長年、考え方の指針にしてきたのが、日本の霊長類学研究の創始者・今西錦司さん(1902〜92年)です。


 僕とは50歳も違いますから、直接師事したわけではありません。僕が京都大学に入学した時には、すでに岐阜大学の学長でした。ただ、毎年愛知県犬山市にあった京大の霊長類研究所で行われるホミニゼーション研究会などでご一緒して、その学知と生き方を目の当たりにしました。そして、「自然とどう向き合うべきか」という学問に対する本質的な姿勢を学びました。


「なぜ世界にはこれほど多様な生物が満ちているのか?」という問いに対して、競争と適応による自然淘汰を打ち出したのがダーウィンの理論です。それに対して、今西さんは種の中の共存に着目し、個体と環境は相互に影響し合い、種全体が主体的に環境との関係を変えて進化していくと考えた。


 優れた思索家であると同時にアルピニストでもあり、フィールドワークで調査に出ることが思考の原点になっていました。虫や植物の生態に非常に詳しかったので、自然の変化に目を向ける登山が思索の時間にもなっていたのでしょう。


 そんな今西さんが、生涯を通して大切にしていたのが「初登頂の精神」です。誰も登ったことのない頂きに登ることを目標にしていた。その精神は、今西さんが晩年まで持ち続けた学問に対する姿勢そのものでした。そうして「生物社会学」という新たな分野を切り拓いた今西さんは、歳をとればとるほど明晰さを増していった方でした。大変な勉強家で、晩年になってからダーウィンの進化論を原書ですべて読み返してみたり、古今東西の歴史を自らの経験に照らし合わせて熟考されたりしていた。


“ワガママ”なのに慕われる今西さんの愛嬌


 僕が会った時の今西さんの印象は、ひと言でいうなら「ワガママ」(笑)。生涯「初登頂の精神」でしたから自ずとワガママにならざるを得ない。人の言うことを聞いていたら、学問のフロンティアなんて切り拓けません。


 唯我独尊で、嫌いなことは一切しない。西陣織の問屋の息子だったので、子どもの頃から贅沢をしていたせいか美食家で、日本モンキーセンター(愛知県)に視察に来た時も「上寿司たのむ」。口にしたものがマズかったりすると、「これはワシの食べるものとは違う」と言って、プイと横を向いてしまう。


 そんなワガママな性格ですが、周りから慕われる愛嬌がありました。


 生涯で1500山以上に登ることを目標にしていた今西さん。晩年は足が弱って、仲間に両脇を支えられながら山登りしました。そんな状態でなんとか頂上に到着すると、みんなで万歳三唱してウィスキーを飲み始める(笑)。そして、また両脇を支えられて下山する。こんな登山あるかという話だけれど、「弱々しいフリをして周りの気を引いていたのかな?」と思ってしまうくらい茶目っ気がありました。


「みんなに担がれる」ことがリーダーの資質


 そんな今西さんが「俺はリーダーにしかなれんのや」と言っていたのが面白い。リーダーは先頭に立って、強く皆をひっぱっていくだけでなく、「みんなに担がれる」ことが大切です。ボスとリーダーはちがう。ボスは力で「俺についてこい」と従わせますが、リーダーはむしろ担いでもらわないといけない。周りを自発的にその気にさせるのが優れたリーダーの資質です。今西さんはまさしく、そのリーダーの資質を体現していた方でした。


 80代だった1980年代、イギリスの古生物学界の権威で、保守的ダーウィン主義者のベヴァリー・ホールステッドという地質学者が、今西さんを“やっつけ”に来日したことがありました。


 ところが、ホールステッドさんは、今西さんや周りの弟子と対談して虚をつかれる。というのも、弟子もみんな今西さんの立てた理論を信じていなかったからです。


 今西さんの魅力に惹かれて集まっているけど、その理論の信者ではなく、越えようと切磋琢磨している。先生も弟子も対等に議論して新しい学問を拓こうとしている様子を目の当たりにしたのです。ホールステッドさんは論争相手なのに、後日著書で「今西の元に人が集まるのは、人間的な魅力があるからだ」と、書いています。


 常識に背いて我が道を貫く今西さんのワガママさは、強烈に人を惹きつける魅力にもなっていました。


迷惑をかけてもいいけれど…、面白くなきゃダメ


 老いると体力も衰えるし、認知能力だってだんだん下がってくる。それでも、今西さんは登山の時のように、その弱みを強みに変えていました。それは実は人類がずっとやってきた戦略でもある。


 今や「強い者が偉い」という世の中になりましたが、本来は弱みを利用して、支え合って生きていくのが人類の進化史における生存戦略です。弱いからこそ別の提案をしたり、仲裁したりすることもできる。今西さんはみんなの後ろに立って背中を押して、力を発揮させる知恵者でした。


 必ずしも「人が良い老人」でなくてもいい。ただし愛嬌が大事。周りに迷惑をかけてもいいけれど、面白くなきゃダメ。上手な迷惑のかけ方も今西さんが教えてくれました。


 僕もだんだんと体力がなくなり、老境に入りつつあります。これまで、先頭に立って活動をしてきましたが、今後はもっと弱みを強みに変える戦略をうまく利用してみたい。そんなことを考えながら、新著『老いの思考法』では、ゴリラやチンパンジーなど進化史の隣人たちが人間に教えてくれる豊かな知恵、さらには忘れがたき人々の追憶を綴りました。


 これからは恩師たちを見習い、老いの時間を“ワガママ”に楽しみたいと思っています。


※本記事の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「 文藝春秋PLUS 」と「文藝春秋」2025年5月号に掲載されています。


(山極 寿一/文藝春秋 2025年5月号)

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