アメリカによる「言論の自由」弾圧 【沼野恭子✕リアルワールド】
2025年4月20日(日)10時11分 OVO[オーヴォ]
アレクサンドル・ゲニス(本人提供)
2025年2月、米トランプ政権が、国際放送「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」と「ラジオ自由欧州・ラジオ自由(RFE・RL)」に対して資金提供を停止すると発表した。3月、VOAは従業員に休職するよう求め、事実上放送を停止したが、RFE・RLはワシントンDCの連邦地方裁判所に提訴し、裁判所はその訴えを認めて資金提供の打ち切りを差し止めるよう命じた。首の皮一枚でつながったような状態である。
私がこうした動きに強い関心を持つのは、かつて短い期間ながら、自分自身が国際放送に携わっていたからでもある。大学卒業後、1980年代前半に、NHK国際局ロシア語放送のディレクターとして、ロシア語地域向けにニュースを選択したり日露の文化交流に関する番組を作ったりした(NHKの国際放送は、受信料と国の交付金で運営されている)。
欧米の国際放送は、他国の人々との理解を図るという目的の他に、できる限り客観的で検閲を受けないニュースを、「言論の自由」がないがしろにされている地域に届けるという使命も担っている。実際、ソ連時代、多くの人が短波ラジオで西側のロシア語放送を聞き、自国の放送では得られない情報を得ていたと言われる。
旧ソ連のラトビアで育ち77年にアメリカに亡命した評論家アレクサンドル・ゲニス(1953年生まれ)が、この3月、インタビューでこう語っている。「国際ラジオは私や友人たちにとって、巨大な力を持つ啓蒙(けいもう)のツールであるとともに、文明を知り市民として成熟するための源泉だった」。そして、ソビエト当局が西側のラジオ放送を脅威と見なしていたのはなぜかと問われ、「自国のプロパガンダの戯言(たわごと)がすべて崩れてしまうから」として、VOAやラジオ自由、英BBCのロシア語放送がソ連時代に果たした役割を強調した。
ゲニスは亡命後、リスナーから制作側に転じ、84年より40年以上もラジオ自由にレギュラー出演してきた。彼によれば、ラジオ自由が他の西側国際放送と異なるところは、ワシーリイ・アクショーノフ、ウラジーミル・ヴォイノーヴィチ、セルゲイ・ドヴラートフといった、綺羅星(きらぼし)のようなカリスマ亡命作家がたくさん出演したことだという。極めて知的で文化的な、そして自由な放送だったということである。それに比べると、VOAは米国政府の主張を伝えることに重きを置いていた。
その後、ソ連が崩壊して民主化が進むと、米政府による国際放送への資金提供は削減されたが、2022年にロシアがウクライナへの侵略を開始して以来、ロシア国内における言論統制は極めて厳しいものになっているから、再びロシア語の国際放送の必要性は高まっているのではなかろうか。にもかかわらず、トランプ政権は、ラジオ自由もVOAも閉鎖しようとしているのだ。米政権は「言論の自由」という大義を掲げつつ虚偽情報を拡散させ、学問の自由を含む本来の「言論の自由」を弾圧しようとしているように見える。
「自由とは2+2=4と言える自由である」という、ジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984年』の一節が、今こそ重要なテーゼとして思い起こされる。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 15からの転載】
沼野恭子(ぬまの・きょうこ)/1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。