走馬灯は自分しか見られないたった一度の上映会。生前の内に抜け落ちた記憶を甦らせておき、いい走馬灯を目指そう
2025年4月22日(火)7時0分 文春オンライン
大人げないまま新型高齢者となったみうらじゅんさんによる、息苦しい社会に風穴を開けるエッセイ集 『アウト老のすすめ』 。「週刊文春」人気連載の原稿を加筆・修正して95本収録したこちらの新刊から一部を抜粋し、紹介する。
◆ ◆ ◆
“1個入れると2個出る”
これ、老いるショックの習性なり。だから、若者ぶって新しい情報を覚えると大変な損害が出る。たとえば「あーね」「それな」「知らんけど」、この3つ。正しい使い方を覚えた段階で6つも老いるショッカーの頭から今まで大切にしてた記憶がトコロテン式に抜け落ちることになる。それは何故か?
答えは至極、簡単である。もはや記憶の容量がパンパンだからだ。

パソコンのデータであれば、移植・保存が出来るのであろうが、そこは人間だもの。一生分の容量は決まってるはず。まだ、脳のことはよく分かっていないと学者は言うけど、僕は結局、80枚しか走馬灯には出てこないと踏んでいるのだ。
数の単位が枚なのは、僕が長年、スライダーをやってきたからに他ならない。スライダーとは、スライドを用い講演する者の名称。パソコン用語にもスライドショーというものがあると聞くが、その初めはスライド映写機を会場に持ち込み、それをスクリーンに投写して行っていたもの。
その映写機のスライドフィルムを入れ込むスリットが80。要するに1台につき80枚しか入れることが出来ないのである。
だからと言って、若者の容量がそんな少ないわけはない。いや、僕が言いたいのはそんな旧式スライド映写機同様、老いるショッカーがいずれ見るだろう走馬灯も80枚に限られてる可能性があるということだ。
おいおい、それ、俺の思い出じゃねぇーよ!
厳選80枚とも言えるが、自分の意志でない場合も考えられるし、時系列で80枚の記憶が脳裏スクリーンに投写されるとは限らない。たぶん、走馬灯はシャッフルだ。人によってスライドフィルムが替わる速度も違うだろうが、イメージとしては小林克也さんがVJを務める番組『ベストヒットUSA』。そのタイトルバック(レコードのジャケットが次々に流れてくる)に似て、かなりの高速で記憶が浮かんでは消える。
“おいおい、それ、俺の思い出じゃねぇーよ!”
そんなヘマもあるだろうが、文句を言う間もなく終わってしまう。後の祭りとは正しくこのことである。
だから、先に例として出した「あーね」「それな」「知らんけど」を、今更学習してる場合ではない。
それに、自分しか見られないたった一度の上映会だ。現世では当然、R指定が入る記憶も数に入れておきたいところだが、
“あん時のセックスは最高だった!”
なんて記憶はあっても、その時のパートナーの名前が出ないようじゃ、スライドからはじかれる恐れがある。基本、走馬灯制作サイド(先ほど述べたように無自覚の場合)が、リアリティを重要視してくるに違いないからだ。ここは生前の内に抜け落ちた記憶をどうにか甦らすしかない。
その頃の友人知人に久しぶりに会い「あのコの名前、何だっけ?」と、聞いてみるのも手だが、亡くなる寸前にその名を叫んでしまい、遺族を困惑させることも考えられる。
“じゃ、どうする?”
現時点で僕、スライダーが言えることはこれだけだ。
(柳沢慎吾さんの声色で)
「いい走馬灯見ろよ!」
(みうら じゅん/ライフスタイル出版)
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