妖婆を演じる演技派女優に感じた反逆のロック魂。これからは「若作り」ではなく、実年齢をさらに盛ってみせる「老け作り」だ!
2025年4月22日(火)7時0分 文春オンライン
大人げないまま新型高齢者となったみうらじゅんさんによる、息苦しい社会に風穴を開けるエッセイ集 『アウト老のすすめ』 。「週刊文春」人気連載の原稿を加筆・修正して95本収録したこちらの新刊から一部を抜粋し、紹介する。
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妖婆ブームがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!
これは一体、どうしたことか? 10年ほど前からジワジワ進行していた熟女ブームではあるが、今ではすっかりドハマリしてる僕。そこに突然やって来た、さらなるブーム。自分でも少し、戸惑っている。

“妖婆”すなわち、不気味な老女。
ならば、それは大好きな熟女の延長線上のものとは考え難い。
が、いや、待て。
熟女の代名詞である“妖艶な美しさ”と、妖を同じくするではないか……。たぶん、僕がずっと気にかかっているのは不思議な魅力という意味の、妖(あや)しさだ。思い返せば小学生時代。既にハマー映画で、その洗礼を受けていた。
ハマーとはイギリスの映画制作会社ハマー・フィルム・プロダクションのことで、ドラキュラやフランケンシュタイン、ミイラ男やヘビ女など、その手の妖しい作品を数多く生み出していた。
当時、それらはくり返しテレビで放映されていたので、僕はその都度、必死で観てた。
その中の一本に『妖婆の家』という映画があった。これは、特殊メイクで醜く変貌を遂げるモンスターものではない。生身のおばさんが主人公なのだ。
逆にそのほうが怖くて、以降、進んで観ることはなかった。だから、ここに来ての妖婆ブームには、僕自身の老いるショックによるところが大きい。
“あの妖婆は一体、いくつくらいだったのか?”
などと、つい思い出してしまったのだ。それがきっかけで『妖婆の家』のビデオを入手したってわけだ。当時、全く気付きもしなかったのは、その妖婆役を演じていたのが“ハリウッド映画史上屈指の演技派女優”と称されたベティ・デイビスさんだったこと。
そういえば80年代、彼女のことを歌った『ベティ・デイビスの瞳』という洋楽が大ヒットした。妖婆を通していろんなことが繋がってきた。
この妖婆、全然、今の僕より歳下じゃん
このハマー映画が制作されたのは1965年。彼女の生まれと照らし合わせると、当時は57歳だったことになる。
“この妖婆、全然、今の僕より歳下じゃん”
そりゃ、当時、小学生の僕からしたら、単なるおじいちゃんとおばあちゃんに見えたに違いないが。
誰しも歳を取ると、若作りを始める。
それなのに、たとえ役柄とはいえ、実年齢をさらに盛ってみせる老け作りには反逆のロック魂すら感じる。僕もそうでいたいと思う。
妖婆もの、捜してみるといろいろある。
ソ連映画『妖婆 死棺の呪い』や、日本映画ではズバリ『妖婆』とか。
黒澤監督の『蜘蛛巣城』も観直した。
近作では『スペル』『テイキング・オブ・デボラ・ローガン』など、妖婆ものは作られ続けてる。
今回どうしても描きたかったのは、映画『何がジェーンに起ったか?』のベティさん。
当時、世界一“怖いおばさん”と言われた、記念すべき作品だったからだ。
(みうら じゅん/ライフスタイル出版)