ロッカールームから広がる髪型改革! 「部活ヘアサロン」が変えていく日本のスポーツと校則の常識

2025年5月2日(金)21時5分 All About

飯塚高校サッカー部に「フィーリングコーチ」として関わるバーバー、ヌマタユウトさんが日本のスポーツ界に新しい風を巻き起こしている。髪型の自由と部活の両立を目指す活動が、今全国へと広がりつつある。

ヘアケアメーカーのマンダムは、学校生活における「部活ヘア」の存在に着目。高校生を中心とした学生が自己表現と部活を両立して楽しめるよう、部活生の髪型ルールを一緒に考える「どう思う?部活ヘア」なる活動を2023年5月より展開している。
同社の調査によれば、入部した部活に納得できない髪型のルールや伝統がある場合、3人に1人が「辞めるもしくは他の部活への入部を検討する」と回答したという。こうした状況の改善を目指した活動の大きな柱の1つが、全国の理美容師が部活生のヘアカットを行う「部活ヘアサロン」だ。
その端緒を開いたのは、福岡・飯塚高校のサッカー部員のヘアカット・ヘアスタイリングを、2021年から一個人として始めたヌマタユウトさんの強い思いだった。
「日本のスポーツ選手はもっとカッコよくできる。そのためにも、スポーツをする子どもたちをもっとカッコよくしたい」
この思いにヌマタさんが所属する神戸発の「メリケンバーバーショップ」が共感、さらにマンダムが賛同することで、「部活ヘアサロン」の活動は地域や競技の枠を超えて、全国に広がり始めている。
メリケンバーバーショップのクリエイティブディレクターで、2020年から飯塚高校サッカー部のフィーリングコーチを務めるヌマタさんに、こうした取り組みを始めた経緯、そして将来の夢を語ってもらった。

技術を投資してカルチャーを生み出す

──そもそも、ヌマタさんがこの活動を始めるきっかけは何だったんですか?
「始まりは5年ほど前ですね。メリケンバーバーショップが福岡に新店舗を出店する際に立ち上げを任された僕は、この店舗の運営を通して、今の自分を形成してくれたカルチャーに何らかの形で恩返しができないかと考えたんです。
そこで、まずは僕が高校時代にハマって、先輩たちからいろんな人生のノウハウを学んだスケートボードに目を付けたんです。お店にボードを持ってきてくれたら、僕が無料でカットする。そんな活動を始めました」
──反響はいかがでしたか?
「若いボーダーたちの間で話題になりましたよ。僕がカットという技術を投資すれば、1つのカルチャーが生まれるんだっていう感触がありましたね」
──その次のステージとしてサッカーへ?
「僕自身、小中とサッカーをやっていて、憧れはプロのサッカー選手だったんです。狭き門をくぐってプロになって、プレーで多くの人に夢を与えられる職業ってめっちゃカッコいいなって。自分はなれなかったけれど、バーバーとしてあの世界に関われるんじゃないか、スケートボードでやってきたことを、そのままサッカーにずらしてやれないかって考えたんです」
──それで飯塚高校のサッカー部に?
「いえ、最初はJリーグのサガン鳥栖にアプローチしました(笑)」
──いきなりハードルが高そうな……。
「たまたまうちのお店に、サガン鳥栖のスタッフの方が髪を切りに来ていたので、話を持ち掛けてみました。純粋にJリーガーたちをもっとカッコよくしたかったし、同時にバーバーという職業の価値も上がるんじゃないかと思ったんです。
ただ、当時はチームの成績があまりよくなくて、そんな状況で選手の髪型がどうこうと言ってもサポーターの反発を買うだけだと、クラブスタッフの人たちからも反対されてしまいました。まあ、『そんなことよりも勝てよ』ってなりますよね(苦笑)。それでいったんJリーグは諦めたんです」

カッコよく見えると、気分も上がる

──成績が伴わないと、どうしても「見た目ばかりカッコつけて」となりがちですよね。
「これは学校の校則にも通じるんですが、日本って基本的に、見た目が派手だったりするとマイナスなイメージを持たれがちじゃないですか。“イケてる”よりも“キッチリ”が好まれる風潮があって(笑)」
──では、飯塚高校との取り組みを始めるきっかけは?
「実は、飯塚高校サッカー部の中辻(喜敬)監督とゴールキーパーコーチもうちに髪を切りに来ていて、そこで思いついたんです。『まずは高校生を無料でサポートしてあげよう』って。中辻監督も僕と同じでちょっとバグってる人間なんですよ(笑)。話をしたら、すぐに『じゃあ、やりましょう』ということになって、“フィーリングコーチ”という肩書きでサッカー部に所属させてもらいながら、毎月生徒たちの髪を切るようになったんです」
──フィーリングコーチとは珍しい肩書きですね。
「日本初、いや世界初でしょう(笑)。カットで選手のフィーリングを上げて、練習から試合、さらに私生活までもサポートするというのが、その役目です。LOOK GOOD FEEL GOOD PLAY GOOD──。つまり、見た目がよくなると気分が上がる、気分が上がるといいプレーができる。そうしてフィーリングが上がれば生活リズムも変わるし、人に対していい接し方もできるようになるんです。
もちろんフィーリングコーチというキャッチ—な肩書きを付けたのは、多くの人に興味を持ってもらい、こうして取材に来ていただくことで、広く世間に知ってもらおうという戦略的な狙いもあります。知られないことは今の情報化社会ではクールじゃないし、まずは知られないと何も始まりませんからね」
──飯塚高校で活動するにあたって、反対の声はありませんでしたか?
「中には『こんなことをやって意味があるのか?』といった意見もありましたけど、僕が中辻監督に言ったのは、『僕はいいカットをするから、監督はとにかく結果を出してください』と、それだけでした。結果さえ出れば、みんな黙りますから。
そうしたら、スタートして2年目の高校サッカー選手権大会(2022年大会)に初出場して、全国の舞台でベスト16入り。さらにその翌年も2年連続で選手権に出場(2023年大会/初戦の2回戦で優勝した青森山田にPK戦で惜敗)したんです。ちょうどチームが強くなっているタイミングとうまく合致した感じでしたね」
──選手たちの反応はどうでしたか?
「最初から純粋に喜んでいましたよ。試合前のロッカールームで髪を切るのは、飯塚高校ではもう当たり前の光景になりました。県予選の準決勝くらいからやり始めるんですが、中辻監督がキープレーヤーになりそうな子を2人くらい選んで、その子たちの髪をロッカールームで切って試合に送り出すんです。そうすると本人もうれしいし、いつもよりテンションが上がって“もう一歩”が踏み出せる。
実際にそうして送り出した選手がゴールを決めたこともありますし、それを見た下級生たちも『自分もああなりたい』って思うようになるんです」

個人的な活動が社会的な活動へ

──最初はヌマタさん個人で始められた活動でしたが、その後『メリケンバーバーショップ』が全面的にサポートするようになり、2年ほど前からマンダム賛同のもと、「部活ヘアサロン」という形で、活動は地域と競技の枠を超えて、全国へと広がりつつあります。世の中に浸透してきたという実感はありますか?
「まだまだ道半ばですよ。僕の中では何十年という長い時間をかけた壮大なプロジェクトですから。カッコつけるって大事だし、『ナルシスト』という言葉もSNSに自撮り画像を当たり前のようにアップする時代になった今では、昔みたいに悪い意味ではなくなってきている。でも、保守的な日本のスポーツの世界でそうした意識を浸透させるのって、めちゃくちゃ難しいんですよね。
ただ、これまで飯塚高校でカットしてきた3期分の生徒たちは、きっとLOOK GOOD FEEL GOOD PLAY GOODの意味を分かってくれたはずだし、彼らが社会に出て、少しずつ世の中の意識を変えていってくれると思うんです。それは、2023年度の選手権に出場したチームのキャプテンで、今はカマタマーレ讃岐でプレーする藤井葉大選手のようにプロになった子だけでなく、全く違う職業に就いた子も同じです」
──今や「部活ヘアサロン」は、東山高校のバスケットボール部や駿台学園高校のバレーボール部などでも実施されていますね。
「切る人間の思いは、切られる側に伝わります。だからこの活動も、『この生徒のフィーリングを上げて、プレーをよくしてあげたい』と強く思える人間が切らないと意味がない。それは大前提ですが、この『部活ヘアサロン』を体験した高校生がどんどん増えていけば、彼らが大人になったとき、たぶん髪型に対する考え方も変わって、それは校則の問題にもつながっていく。『校則なんて必要ないよね』って、そんな時代が来ると思うんです」
──いわゆる“ブラック校則”が話題になることも多いですよね。髪型に縛りがあるせいで、部活を辞める生徒も少なくありません。
「正直に言うと、僕は“ブラック校則どうでもいい派”なんです(笑)。校則があるなら、その中でいいカットをすればいいだけの話なので。校則で強制的にやらされる坊主はダサいけど、スタイルとして自分がやりたいと思ってやる坊主はカッコいいんです。
とはいえ、校則が厳しい高校とそうじゃない高校、どちらを選ぶかとなったら、やっぱり後者なんです。そこは部活のリクルートにも関わっていて、実際に飯塚高校サッカー部の新入部員は年々増えていますからね」

カットを通じて、新たな価値観やカルチャーを根付かせたい

──先ほど「道半ば」とおっしゃいましたが、この活動の先にどんな未来を思い描いていますか?
「バーバーがプロチームと契約を結んで、カットを通じてアスリートたちをサポートしていきたい。やっぱり、夢を与える人たちはカッコよくあってほしいし、彼らにはその影響力を自覚して、いい発信をしてほしいんです。
例えば海外には、専属の理美容師が試合に帯同しているチームがありますが、彼らはファッションがビジネスになるってことが分かっているんです。その昔に“ベッカムヘア”が流行りましたけど、そうしたブームが起きればバーバーも潤うし、ヘアカットの価値自体も上がっていきますからね」
──相乗効果が生まれるわけですね。具体的に目指すのは、一度は諦めたJリーグのクラブとの契約ですか?
「今はトルコ(ギョズテペ)でプレーしている松木玖生選手の髪は、トルコに移籍するまで僕がカットしていたんです。
もともと松木選手は、選手権の100回記念大会(2021年度大会)でキャプテンとして青森山田を優勝に導いた当時から、フェードカットの七三分けにしていました。プロ意識というか、そういうところが大事だっていうことが分かっている、唯一の高校生だなとテレビを見て感じていて。僕が考えていることを松木選手なら理解してくれるんじゃないかと思っていたら、FC東京の小泉慶選手の紹介で髪を切りに来てくれるようになったんです。
やっぱり強いチームには、見られているという意識を持った選手が多いんです。子どもたちの目標になるような存在でいるにはカッコよくなければいけないし、言葉遣いや礼儀もきちんとしていなければいけない。そんな“見られる意識”と“与える意識”を持った代表格みたいな高校生が、松木選手でした。
そうしたつながりもあって、今は彼の前所属先であるFC東京とどうにか契約できないかと動いている段階です。毎月カットを担当させていただいている小泉選手とも、よくそんな話をしています。この活動を目にしたり、この記事を見てくれたチームが声をかけてくれたら最高なんですけどね。
この先、きっと松木選手は日本代表に入るでしょうから、そのときまでにムードをつくっておき、日本代表チームのバーバーとして帯同できたら……それが今の目標です」
──「部活ヘアサロン」もその一環ですが、カットを通じて人々の意識が変化し、新たな価値観やカルチャーが日本に根付いていくといいですね。
「カッコよく髪を切ってもらったら、みんな笑顔になる。カットにはそういうパワーがあるんです。髪を切って誰かのフィーリングがよくなれば、それが周りにもいろんな形で伝播(でんぱ)して、究極の話、戦争だってなくなると思うんです。まあ、そんな壮大な夢が現実になるかどうか、結果が出るのはたぶん、僕が死んだ後だと思いますけどね(笑)」
ヌマタユウトさんプロフィール
MERICAN BARBERSHOP(R)クリエイティブディレクター。飯塚高等学校 サッカー部フィーリングコーチ。
この記事の執筆者:吉田 治良 プロフィール
1967年生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。2000年から約10年にわたって『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を務める。2017年に独立。現在はフリーのライター/編集者。
(文:吉田 治良)

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