ウイスキーのトリビア 第7回 亜熱帯が生んだ奇跡のお酒!『カバラン』驚きトリビア - お酒の席で使える台湾ウイスキーの秘密
2025年5月3日(土)11時0分 マイナビニュース
ウイスキーと聞くと、スコットランドやアイルランド、日本などの冷涼な気候の国々で作られるもの——というイメージが強いかもしれません。しかし近年、ウイスキー愛好家の間で熱い注目を集めているのが、なんと亜熱帯の台湾で生まれた「カバラン(Kavalan)」というブランドです。
「台湾でウイスキー?」
最初は多くの人が驚きましたが、台湾北東部の宜蘭(イーラン)県で誕生したこのウイスキーは、設立からわずか数年で世界的な評価を獲得。ウイスキー界の常識を覆す存在として台頭しました。今回は、そんなカバランの知られざる秘密や驚きのエピソードを、お酒の席で披露したくなる5つのトリビアとしてご紹介します。
■夢と情熱が拓いた道 - 台湾初のウイスキー蒸溜所、誕生の物語
カバランウイスキーの物語は、台湾の大手飲料・食品メーカー「金車(King Car)グループ」の創業者、李添財(リー・ティエンツァイ)氏の長年の夢から始まりました。金車グループは、台湾では国民的な人気を誇る缶コーヒー「伯朗珈琲(ミスターブラウンコーヒー)」で広く知られています。李氏には、いつか台湾ならではの本格的なウイスキーを造りたいという熱い思いがありましたが、当時の台湾ではアルコールの製造は国の専売事業。民間企業がウイスキーを造ることは叶わぬ夢でした。
大きな転機が訪れたのは2002年。台湾が世界貿易機関(WTO)に加盟したことで、長らく閉ざされていたアルコール製造自由化の扉が開かれたのです。これを千載一遇の好機ととらえた李氏は、長年の夢の実現へと舵を切ります。飲料業界で培ってきた豊富な経験とノウハウ、そして潤沢な資金力を背景に、ウイスキー事業への参入を決定。その動きは驚くほどスピーディーでした。
2005年4月に蒸溜所の建設が始まると、なんとわずか9カ月後の同年12月31日には完成。翌2006年の3月11日には、真新しい蒸溜器から、台湾初となるウイスキーの原酒(ニューメイクスピリッツ)が流れ出したのです。通常、大規模な蒸溜所の建設には数年を要することを考えると、このスピード感は異例中の異例。李氏と金車グループの、台湾初のウイスキーにかける並々ならぬ情熱と決意が伝わってきます。
カバランは筆者が大好きなウイスキーのひとつで、台湾の蒸溜所には何度も見学に行っています。ここからはカバランにまつわる、ディープなトリビアを一挙にご紹介しましょう。今ではバーで見かけることも多いので、これを読めば、次にカバランを飲むときの味わいが格別なものになること間違いなしです。
情熱と個性がほとばしる『カバラン』トリビア 5選!
【トリビア1】ウイスキー製造に不向きな気候を武器に
カバラン蒸溜所が完成したのは2005年末。そして最初の製品が市場に出たのは2008年。つまり、蒸溜所の設立からわずか3年足らずで、世界市場にデビューを果たしたことになります。前述の急速熟成が可能にしたとはいえ、製品化までのこのスピード感は驚異的です。周到な準備と確固たる自信がなければ成し得ない偉業と言えるでしょう。
カバランが世界を驚かせた最大の要因は、そのユニークな製造環境と、それを逆手に取った革新的な技術にあります。蒸溜所のある宜蘭県は、年間を通じて温暖で湿度が高い亜熱帯気候。夏場には気温が40度近くまで上がることもあります。この環境は、伝統的なウイスキー造りのセオリーからすれば、明らかに不向きでした。
しかし、カバランはこの「暑さ」を、熟成を加速させる「武器」に変えました。高温は樽材とウイスキー原酒との相互作用を活発にし、熟成スピードを飛躍的に高めるのです。その速度は、スコットランドなど冷涼な地域の約3倍とも言われ、わずか4年から6年の熟成で、スコットランドの15年から25年熟成に匹敵する複雑さと深みを持つウイスキーが生まれるとされています。短期間で高品質なウイスキーを造り出せることが、カバラン最大の強みとなりました。
一方で、急速な熟成は大きな代償も伴います。樽の中のウイスキーが蒸発してしまう「天使の分け前(エンジェルズシェア)」の量が、スコットランドでは年間約2%なのですが、カバランではなんと年間10%から18%にも達するのです。「台湾の天使はよほどお酒好きなのだろう」という冗談が生まれるほど、その量は桁違い。生産効率の面では大きなハンデですが、カバランは品質を最優先する姿勢を貫きます。
その姿勢は、蒸溜工程にも表れています。ウイスキーの蒸溜では、最初に流れ出る香味の荒い部分(ヘッド)と、最後に出てくる雑味の多い部分(テール)を除き、中間の香味の良い部分(ミドルカット、またはハーツ)だけを樽詰めします。通常、このミドルカットは全体の20%から30%程度ですが、カバランではわずか10%程度しか使用しないという、非常に贅沢な製法を採用しています。コストよりも品質を追求する徹底したこだわりが、カバランウイスキーのクリアで豊かな味わいを支えているのです。
【トリビア2】その名は「平原の人々」への敬意から
「カバラン」というブランド名は、蒸溜所のある宜蘭の地に古くから住んでいた先住民族「カバラン族(クバラン族)」に由来します。「カバラン」とは、彼らの言葉で「平原の人」を意味し、宜蘭の美しい土地を開拓した人々への敬意が込められています。土地の歴史と文化を大切にする姿勢が感じられますね。
【トリビア3】デビュー早々、ウイスキーの本場を震撼させた日
カバランの名が世界に轟くきっかけとなったのは、2010年の出来事でした。スコットランドの国民的詩人を祝う「バーンズ・ナイト」で行われたブラインドテイスティング(銘柄を伏せて試飲する会)にて、当時まだ無名に近かったカバランが、並み居るスコッチウイスキーやイングリッシュウイスキーを抑えて、まさかの1位を獲得したのです。この事件はウイスキー界に大きな衝撃を与え、台湾ウイスキーの実力を世界に知らしめました。
そのほか、2019年に開催された東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)では、「カバラン ソリスト オロロソシェリー」 が最高金賞を受賞。「カバラン シェリーオーク」や「カバラン コンサートマスター」など、そのほかの商品合計10点も金賞をはじめ、銀賞や銅賞を受賞するなど、総なめにしました。
【トリビア4】音楽用語にちなんだネーミングが多い
カバランの製品は多彩で、ユニークなネーミングが特徴的です。まず、カバランへの入り口として親しまれているのが「ディスティラーズセレクト」シリーズです。その名の通り、蒸溜所のブレンダーチームが選び抜いた樽から造られ、カバランらしいトロピカルフルーツの風味を手軽に楽しめる1本として人気を集めています。
「クラシック」は、カバランの基本となる味わいを表現した、ブランドのスタンダードと言える存在です。製品の位置づけをストレートに伝えています。
少しステップアップすると出会うのは、「コンサートマスター」や「ポーディアム」といった音楽用語に由来する名前を持つボトルたち。「コンサートマスター」は、オーケストラ全体をリードする第一ヴァイオリン奏者を指します。この名を冠したボトルは、多くの場合、バーボン樽などで熟成させた原酒をポートワイン樽やシェリー樽で追加熟成(フィニッシュ)させることで、複雑な風味の調和を生み出しています。まさに、異なる要素を見事にまとめ上げるコンサートマスターのような役割を、ボトルの名前が示唆しているのです。
「ポディウム」は、指揮者が立つ「指揮台」のこと。これもまた、オーケストラを統率するイメージと重なりますね。ポディウムのボトルは、厳選されたアメリカンオーク樽とリフィル樽を組み合わせています。指揮者がオーケストラの各楽器の音色を引き出すように、異なる樽の個性を巧みに引き出し、バランスの取れた味わいを創り上げていることを表現しているかのようです。
そしてカバランの真髄とも言えるのは、数々の世界的な賞を獲得してきた「ソリスト」シリーズです。「ソリスト」とは、音楽における「独奏者」を意味します。ソリストシリーズは、厳選された単一の樽から、加水調整せずに樽出しそのままのアルコール度数でボトリングされており、まさにひとつつの樽が持つ個性(ソロ)を最大限に引き出したウイスキーです。
ソリストシリーズのネーミングは極めて明快。「ソリスト Ex-バーボンカスク」「ソリスト オロロソシェリーカスク」「ソリスト ヴィーニョバリック」など、「ソリスト」の後には熟成に使用された樽の種類が続きます。Ex-バーボンならバーボン樽、オロロソシェリーならオロロソシェリー樽、そしてカバランを一躍有名にした「ヴィーニョバリック」は、STRという特殊加工を施したワイン樽(Vinhoはポルトガル語でワイン)で熟成されたことを示します。
【トリビア5】年間100万人!? もはやウイスキー界のテーマパーク
宜蘭にあるカバラン蒸溜所は、今や世界中から年間100万人以上もの観光客が訪れる、一大観光名所となっています。無料の見学ツアーやテイスティングはもちろん、広大な敷地内にはカフェやギフトショップ、庭園なども整備され、まるでテーマパークのよう。ウイスキーファンならずとも、一日中楽しめる魅力的なスポットです。
蒸溜所内のカフェでは、台湾らしいマンゴーやピーナッツミルクなどのフレーバーアイスに加え、なんとカバランウイスキーが入った大人向けのアイスクリームも販売されています。ウイスキーの芳醇な香りとアイスの甘さが絶妙にマッチした、ここでしか味わえない特別なデザートです。
ハンドフィル体験も行われています。カバランの原酒を自分好みでブレンドして、オリジナルカバランを作れるのは貴重な体験です。これはウイスキー好きにはたまらないお土産なので、ぜひチャレンジしてほしいです。
蒸溜所のギフトショップで人気を集めているのが、試験管のような形をした50mlのミニチュアボトル。様々な種類のカバランがこのかわいらしいボトルで販売されており、色々な味を少しずつ試したい人や、お土産にもぴったりです。見た目もオシャレで、コレクションしたくなりますね。
■カバランの世界を味わう
さて、数々のトリビアを知って、カバランを飲んでみたくなった方々も多いのではないでしょうか。最後に、カバランの代表的なラインナップと楽しみ方をご紹介しましょう。
入門編としておすすめなのは「カバラン ディスティラーズセレクト No.1」です。カバランの特徴であるトロピカルフルーツの香りと、バニラやトフィーのような甘くクリーミーな味わいがバランス良くまとまっており、ストレートはもちろん、ハイボールにしてもその魅力を存分に楽しめます。ボトルが5,000円前後と比較的買いやすい価格なのもうれしいポイントです。公式テイスティングコメントは以下の通り。
色合い:深遠な琥珀色
風味:トロピカルフルーツの熟成した香りがなめらかな風味を包み、魅惑的な芳しい香りがほんのり漂います。
口当たり:甘く、軽くやわらかで、なめらか。樽の工芸による完ぺきなハーモニーが織りなすバランスの取れた口当たり。
ちなみに、現在は「カバラン ディスティラリーセレクト No.2」も発売されています。
そして、カバランの真髄に触れたいなら、やはり「ソリスト」シリーズを試してみたいところ。前述の通り、単一樽から樽出し原酒でボトリングされるため、パワフルで個性的な味わいがダイレクトに感じられます。
「ソリスト ヴィーニョバリック」は、ワイン樽由来の複雑なフルーツ香とスパイシーさが特徴。世界最高賞を受賞したカバランの代表作です。
「ソリスト シェリーカスク」は、濃厚なドライフルーツやチョコレートのような風味が楽しめる、贅沢な1本です。これらはぜひストレートで、その凝縮された味わいをじっくりと堪能してみてください。
カバランはウイスキーの常識を打ち破り、台湾という新たな天地で、世界に認められる品質を確立した、奇跡のウイスキーです。今回ご紹介したトリビアを知れば、次にカバランを飲む時間が一層味わい深く、特別なものになるはず。ぜひ、お気に入りの飲み方で、台湾の至宝が紡ぎ出す情熱と革新の物語を感じてみてください。
柳谷智宣 やなぎや とものり 1972年12月生まれ。1998年からITライターとして活動しており、ガジェットからエンタープライズ向けのプロダクトまで幅広い領域で執筆する。近年は、メタバース、AI領域を追いかけていたが、2022年末からは生成AIに夢中になっている。 他に、2018年からNPO法人デジタルリテラシー向上機構(DLIS)を設立し、ネット詐欺の被害をなくすために活動中。また、お酒が趣味で2012年に原価BARを共同創業。 この著者の記事一覧はこちら