藤浪晋太郎が大低迷アスレチックスで「マイナー降格」しない理由

2023年5月15日(月)12時15分 JBpress

 率直に言って、まだ疑問符は拭えないが、わずかながら再生への道は残されている。オークランド・アスレチックスに所属する藤浪晋太郎投手のことだ。


初勝利で初のビールかけを経験

 現地時間5月14日、本拠地のアラメダ・カウンティ・コロシアムで行われたテキサス・レンジャーズ戦で藤浪は2試合連続で登板がなかった。チームは3—3の同点で迎えた8回にリリーフ陣が満塁弾を浴びるなど大量8得点を奪われ、3—11で大敗。2連敗で借金は絶望的な24にまで膨らみ、ブルペンに待機していた藤浪は出番がないまま屈辱のゲームセットを迎えた。

 ただ2日前の5月12日、同じ本拠地で行われたレンジャーズ戦では至福の時を味わった。10回一死一、二塁から7番手として登板。この試合のマウンドでは「タナボタ」とはいえ、メジャー初勝利を手にしたのである。

 2点を勝ち越された直後から、なおも得点圏に走者を背負う厳しい場面でのスイッチとなったが、この日4号ソロを放つなどマルチ安打をマークしていた2番ロビー・グロズマンを4球目の95.8マイル(約154.17キロ)のフォーシームでまず見逃し三振を奪った。続く3番ネート・ローには2球で追い込みながらもフルカウントまで粘られた末、7球目の内角低目にバウンドして外れたカットボールを見切られて四球。フルベースとなったものの冷静さは失わず次の4番ジョシュ・ヤンを2球目に投じた96.3マイルのフォーシームで簡単に追い込み、最後は3球目の外角低めカットボールを打たせて右直に仕留めた。

 そして、その裏だ。タイブレーク形式となる延長戦で先頭打者から2連打が飛び出し、1点差に迫った無死一、三塁で3番ブレント・ルーカーが右中間へア・リーグトップに並ぶ11号逆転サヨナラ3ラン。劇的な幕切れでダイヤモンドを一周し、ホームに還ってきたルーカーを藤浪も満面の笑みを浮かべながらチームメートとともに手洗い祝福で出迎えた。自らにも記念すべきMLB初勝利が転がり込んできただけに、レギュラーシーズンが開幕して以降ここまで見せたことがないような喜びを爆発させた。

 地元紙「サンフランシスコ・クロニクル」など米メディアの報道によれば、藤浪は試合後のクラブハウスのシャワールームで同僚たちから阪神時代には一度も味わうことのなかった「ビールシャワー」を浴びせられ、“ウォークオフ・グランドスラム”を放ったヒーローのルーカー同様に祝福されたという。

 ただ藤浪がこのまま波に乗っていけるかどうかは、また別の話だ。


チーム5番目の高年俸

 新天地のアスレチックスでは開幕ローテーション入りを果たしながらも4試合で0勝4敗。直近の先発登板となった4月22日の敵地デトロイト・タイガース戦でも制球が定まらず3回途中7安打8失点4四死球で大炎上し、防御率は14.40となり、先発ローテーションから外されて中継ぎへ4月24日に配置転換された。

 配置転換後も悪戦苦闘が続く。リリーフとして登板した5試合目までは4試合で失点し、シーズンの防御率も13.94と低迷していた。

 しかし、リリーフとして6試合目(先発も含めれば10試合目)の登板となった5月11日の敵地ニューヨーク・ヤンキース戦以降は2試合連続で無失点に抑え、防御率12.17にまで改善させた。

 ただ伝統的に緊縮財政を強いられているアスレチックス側から見れば、1年325万ドル(約4億4000万円)というチーム5番目の高額年俸を誇りながらビハインドの場面で投げ続けている藤浪の現状に満足しているとはとても言い切れない。


なぜ藤浪はマイナー降格しないのか

 MLB30球団の中でアスレチックスのチーム総年俸は5月13日時点において6016万1310ドル(約81億6600万円)で最下位。この数字が示すようにアスレチックスには球団でシニアアドバイザーを務めるビリー・ビーン氏がGM職に就いていた時代に「セイバーメトリクス」の統計的手法をMLBの中で先駆けて導入し、なるべくカネをかけずにデータ重視の選手補強と育成を徹底させる「マネー・ボール」のシステムが今もなお根付いている。

 昨季のチームはア・リーグ西地区でリーグワーストの102敗を喫し、借金42を記録する惨たんたる成績で最下位に沈んだ。

 そこでビーン氏に代わって編成トップを任されたデビッド・フォーストGMは、不要と判断した高額の主力選手やベテランを昨オフに次々と放出する“血の入れ替え”を断行し、若手の底上げで活路を見出そうとした。もちろん伝統的な「マネー・ボール」の考え方は踏襲しながらだ。

 そこで同GMの目についたのが藤浪だった。フォーストGMは藤浪についてNPBでの経験値や持ち球の100マイル(約160キロ)前後のフォーシームやスプリットが十分にMLBでも通用すると踏まえた上で「我々は彼の存在を長い間追っていた」と明かし、過渡期のチームを支えてくれる存在になると判断して“渋チン”のアスレチックスとしては破格の好待遇で迎え入れていた。

 ただ、同GMが今季開幕前に自らがホストを務めるポッドキャスト番組「ザ・デビット・フォースト・ショー」の中で「克服できているはずだ。問題はない」と自信満々に語っていたはずの藤浪の制球難は結局のところ改善できていなかった。それでも、リリーフ転向後も幾度かの失敗を繰り返しながら防御率10点台をウロチョロしている藤浪に対し、いまなお3A降格を命じることもなく、ここまでメジャー登板のチャンスを与え続けているのだから「不可解」にも映る。


ヤンキース井川慶は1年目の5月初旬にマイナー降格

 藤浪と同じ古巣の阪神からポスティングシステムを使って2006年12月に井川慶投手がニューヨーク・ヤンキースへ5年2000万ドルプラス出来高の契約で移籍した事例では、1年目の2007年シーズンにメジャー初登板から打ち込まれるなど先発、中継ぎともに不安定な投球が続き、同年5月7日に1度目のマイナー降格を言い渡されている。この事例と照らし合わせても、今の藤浪はかなり恵まれている。

 また、アスレチックスは5月13日に元横浜DeNAベイスターズのスペンサー・パットン投手をメジャー40人のロースター登録枠から外す「DFA」としたことを発表し、事実上の戦力外としている。パットンは4月にマイナー契約でアスレチックス入りし、5月4日にメジャー昇格を果たしたばかりだったが、藤浪がMLB初勝利を手にした5月12日のテキサス・レンジャーズ戦では5回に勝ち越し弾を被弾するなど4登板で計5回1/3を投げ、被本塁打2を含む4失点で防御率6.75と結果を残せなかった。

 とはいえ藤浪と比較すれば、だいぶマシのようにも思えてしまう。それでもアスレチックス側は今年2月で35歳となった中継ぎ専門のパットンよりも4月に29歳となったばかりの藤浪のほうが6歳も若く、先発要員だったことでロングリリーフも可能な点をストロングポイントと見て、まだ使い勝手がいいと判断したのだろう。

 しかもパットンは藤浪と違ってマイナー契約からのメジャー昇格で契約内容には自身に有利な条項が加味されておらず、結果を残せなければ球団側から「DFA」にされやすい立場だった。

 そしてもうひとつ、藤浪が3A降格を言い渡されていない理由として囁かれているのが、アスレチックスとのメジャー契約の内容だ。MLB関係者の間では「かなり有利な条項を付帯させているはず」と見られている。

 藤浪の代理人は「敏腕」として名高いスコット・ボラス氏。これまで数多くのMLBスーパースターを顧客に抱え、選手に有利な契約を締結させている。ボストン・レッドソックスの吉田正尚外野手もボラス氏の顧客の1人だ。


代理人が張った予防線

 ア・リーグ関係者の1人は「フジナミとアスレチックスの契約内容の詳細は不明だが」と前置きしながら、こう続ける。

「ボラス氏があらかじめ契約内容に『マイナー拒否権』など何らかの条件を付帯させておき、アスレチックス側のフジナミに対する『3A降格』もしくは『DFA』の通達にハードルを設けていた可能性が高いと見られている。なにしろ『剛腕』と称されるボラス氏のことだ。事前にフジナミが開幕早々からアピールに失敗してしまう危険性も睨んで、球団側にリタリング(ポイ捨て)されないように間違いなく予防線を張っていたはず。フジナミはボラス氏が代理人だったことで、かなり救われている」

 5月14日現在でアスレチックスのチーム防御率は7.27。MLB全30球団中、唯一の7点台で壊滅的な数字にまで落ち込んでいる。勝敗も9勝33敗で同じく全30球団中、白星が唯一の1ケタだ。とにかく余りに弱過ぎるチームに在籍していることも今の藤浪にとっては逆にプラス材料につながっている。

 前出の関係者が「アスレチックスがMLB30球団の中で最も投手陣が手薄でウィークポイントになっていることもボラス氏側は事前にリサーチし、フジナミに最適な球団と踏んでいたのだろう」と分析しているのもうなずけるところだ。

 数々の条件が重なって“延命措置”を与えられている中、何とか這い上がってMLBで輝きを取り戻して欲しいと願う日本のファンは多い。今後の藤浪は期待に沿うような大活躍を見せ、ブレイクを果たすことができるのだろうか。全ては本人次第である。

筆者:臼北 信行

JBpress

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