「ループ物アニメの主人公になった気分だった」大学で留年を繰り返した男性に起きた“世にも奇妙な出来事”とは?

2025年5月19日(月)7時10分 文春オンライン

〈 「ザクッ…ザクッ…という音だけが…」30歳まで無職だった男性がのめり込んだ“大人気オンラインゲーム”とは? 〉から続く


 30歳まで無職だった経歴をもつ、WEBメディア『オモコロ』の人気ライター・ディレクターのマンスーンさん。大学卒業後、周りの友人が次々と就職していく中、彼はなぜ無職になり、何を感じながら日々を過ごしていたのか。


 当時の赤裸々な暮らしぶりと、ライターになるまでの道のりを書いたエッセイ『 無職、川、ブックオフ 』より一部抜粋して紹介します。(全3回の2回目/ 最初から読む )



写真はイメージ ©yamasan/イメージマート


◆◆◆


留年を重ねるにつれて怖いものがなくなった


 3回目の1年生。(は?)。2回目の留年が決まったとき、母親に電話をした。緊張のあまり小声になる。そのとき出せる一番の声量。空気が多く交じった声。あっ……あの……実は……また留年をしまして……。沈黙。世界で一番長い沈黙。世界中の人が動きを止めて。動物たちは息を呑む。言葉。言葉が。何でもいいから言葉がほしい。


 時が動き出す。母親は笑っていた。その裏にどんな感情があったのかは今も聞けずにいるが。たしかに笑っていた。いつも優しい母は笑うしかなかったのかもしれない。もしかしたら自分を守るために記憶を改ざんしているのかもしれないけれど。そういうことにしておく。そういうことにさせてください。


 そうして何も成し遂げられないまま一人暮らしは2年目。大学の講義にはある程度ちゃんと出席していた。なにか大きな変化のきっかけがあったわけではない。留年を重ねるにつれて自然と怖いものがなくなっていたから。どんなときでも落ち着いていられる性格になっていたから。


 いまだに単位が取れていない基礎の講義にも堂々と出席した。とある講義では希望に満ち溢れた新入生たちと一緒にグループも組んだ。グループの人たちは僕も同じ年に入学したと思っているので、それがバレたとき少し気まずかったが「ちょっと理由があって……ははは……」とごまかしつつ、担当の教授がどんな風に試験をするのかなどを教えてあげた。まるで自分がループ物アニメの主人公になった気分だった。


隣室の女性からまさかの提案が…


 一人暮らしにも慣れた。仕送りで送られてきたカレーのルーをお湯に溶かしただけの具のないカレーと強力粉で作るチャパティで何とか食いつなぐ。日々。


 ある日。ベランダで洗濯物を干していると、突然どこからか「すいません」と声がした。あまりに突然のことだったので、それが自分に対しての言葉だとは思えなかった。そしてもう一度「すいません」という声がした。慌てて周りを見渡すと隣の部屋のベランダから女性の顔がこちらを向いていた。


 これは絶対にあれだ。注意されるやつだと思い、僕は身構えた。テレビの音が大きかったのだろうか、楽器禁止なのにギターを弾いてるのがバレたのだろうか、夜中に大きな屁をしているのが気に障ったのだろうか。思い当たるフシがあり過ぎるほどに。ある。


 すぐ謝る姿勢になろうとしたが、隣の部屋に住む女性から出た言葉は意外なものだった。


「もしかしてハルヒ観てますか?」


 ハルヒ? アニメ『涼宮ハルヒ』のこと? たしかに毎週欠かさずリアルタイムで観ている。しかし隣に住む女性にそんなことを言われるわけがない。もしかしたら聞き間違いかもしれない。僕の知らないハルヒという言葉がある? ……いきなり出てきたハルヒという単語と、理系大学で女性との会話に慣れていない僕はとにかく慌てた。


 その様子を見て何かを悟った女性は「あっ、涼宮ハルヒです」と言った。たしかに言ったのだ。さらにパニックになった僕は、しどろもどろになりながらハルヒ観てます。あの。テレビの音量が大きいですか。ごめんなさい。と訳もわからず咄嗟に謝っていた。


 すると女性は「いえ、私も観たいんですが、うちにテレビがなくて……もしよければ観に行ってもいいですか?」と僕に言った。頭が爆発しそうになった。いや実際に爆発して、頭の中が白煙に覆われて何も考えることができなかった。本当に意味がわからないことが起きたとき、人は何もすることができない。


女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!?


 しかし、複数回の留年を経験して、何事にも落ち着いた自分になれているはずだ。一瞬で頭の中を整理して考えを巡らす。一人暮らし。隣人の女性。涼宮ハルヒ。放送時間は深夜。女性が部屋に来る。一緒にハルヒを観る……。


 女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!? !? !? !? !? !? !?
 女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!? !? !? !? !? !? !?
 女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!? !? !? !? !? !? !?
 女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!? !? !? !? !? !? !?
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 女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!? !? !? !? !? !? !?
 女性と一緒に深夜の部屋でハルヒを観る!? !? !? !? !? !? !?


 しばらくの沈黙があった。そして僕は意を決してこう言った。


「あっ……ごめんなさい、夜はちょっと……すいません……」


 正解がどうだったのかはわからないけど、これが自分。それが自分。これまでもこれからも、これが自分なのだと思った。少しだけ後悔はした。いきなり隣人の部屋に上がろうとするなんて明らかに怪しい。もしかしたらハルヒはきっかけに過ぎず、その後に宗教の勧誘をしてきたかもしれない。


 それから僕は、変な気まずさからマンション内で絶対に隣人に会わないように生活をするようになった。


 数日後、隣人の部屋から爆音で音楽が流れてきたときがあった。耳を傾けると、それはハルヒに出てくる古泉一樹のキャラソンだった。


 あの日からずっと僕のエンドレスエイトは終わっていない。

〈 実家に引きこもり5年間のニート生活…「無職の才能があった」男性が30歳で働きだして気づいた“変えられないこと” 〉へ続く


(マンスーン/Webオリジナル(外部転載))

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