京都の穴場?存在こそが奇跡の庭園「府立植物園」に見る、もうひとつの美学

2023年7月17日(月)12時0分 JBpress

文=中井 治郎  写真=アフロ


京都の穴場、府立植物園

 観光客もあらかた回復し、京都に以前のような賑わいが戻っている。祇園祭のニュースなどを見かけて、そろそろ久しぶりに京都に足を運んでみようかという人も多いだろう。

 そんな昨今なので「京都の穴場は?」と聞かれることも多い。しかし、そんなときに僕がお寺や神社を挙げることはまずない。もちろん個人的には寺社とのご縁もあるのだが、それらを穴場として来訪者に告げるのは、おそらく僕の仕事ではないだろうという妙な分業意識が自分の中にあるのだ。

 そして、しぶしぶ答えることになるのは、だいたいいつも新旧の個性的な喫茶店や宿、鴨川の河原や飛び石、そして、京都府立植物園である。

 京都府立植物園は1924年開園の日本最古の公立植物園である。日本最大級の規模を誇る巨大な温室を擁し、植物園としての「地力」となる植物の栽培、品種の保有・展示数も国内最高レベルである。また近年は年間70万人以上にものぼる入園者数は日本の公立植物園として最大である。しかし、それだけの人を飲み込んでも、総面積24ヘクタール(東京ドーム5個分以上)という広大な敷地にはいつも穏やかに澄んだ時間が流れている。

 なんだか「日本最古」とか「日本最大」など大仰な話ばかりしてしまったが、この植物園についてまず言っておかなくてはいけないことは、この時代にそこにあるのが奇跡のような場所であるということだ。最初に出会ったときから今でもあの不思議な空間への感慨は変わらない。少々陳腐な物言いになってしまうのが悔しいが、ほかに選ぶ言葉もない。「まるで天国のような場所」なのである。


「駅チカ」の森、植物園との出会い

 僕とこの不思議な植物園の出会いは、とあるマンションへ越して来たことだった。

 築年数はゆうに半世紀を超える物件。近ごろ流行りの言葉なら、ヴィンテージ・マンションとでもいうべきだろうか。今にして思えば、まるでお洒落な老婦人のようなマンションだったと思う。古びてはいるけれど、日々の清掃はもとより植え込みの植栽から各フロアのエレベーター前に飾られた花器まで、手入れはいつも隅々まで行き届いていた。

 はじめてその部屋に入ったのは、引越し先をさがしていたある秋の日のこと。地下鉄駅の出口を出たらすぐの物件。人気の老舗レストラン、ケーキ屋やパン屋などが軒を連ねる通りに面したマンションだった。大家さんに案内されてエレベーターで5階に上がり、年季の入った赤絨毯の廊下を通り抜けて室内に通されて驚いたのは、何よりその眺望であった。リビングの古い窓枠が額縁のように切り取っている景色は見渡すかぎり巨樹の森だったのである。

 大家さんは、屋上に上がれば大文字の送り火が5つも見えることを誇らしげに教えてくれたが、しかし、そんなことよりも僕はとつぜん目の前に出現した非現実的なパノラマに圧倒されるばかりであった。

 5階の窓から外を眺めると、目線の高さまで届く堂々たる木々の森が見えなくなるまで続いている。こんな壮大な「駅チカ物件」の眺望がこの世にあるものなのかとすっかり感動してしまって、この部屋で暮らすことを決めた。その森こそが、僕が京都で出会った最後の天国、京都府立植物園だったのである。


「ありえない」庭園

 それにしても実に不思議な光景である。瀟洒なレストランが立ち並ぶ駅前通りにとつぜん巨大な森が出現するのだ。

 たとえば、小説『f植物園の巣穴』において梨木果歩は「植物園に限らず、園と名のつくものは境界、つまり囲いがあってはじめて、その意義を持つ」と述べている。

 たしかに植物園が植物園たりえる条件も、周囲から囲われた異質な空間ということであろう。そもそも植物園とは、その囲いのなかをそこには存在しないはずの草木で埋め尽くした空間だからだ。

 京都府立植物園の名誉園長・松谷茂も、この豊かな森に包まれた植物園が、「賀茂川の河川敷だから肥えた土が洗い流され、実は樹木の生育に適しているとはいえない」土地に立地していると説明する。

 園内唯一の自然林であり古代の山城盆地の植生を残す「なからぎの森」以外の広大なエリアを埋め尽くす植物のほとんどは、勝手にそこに生えているなどというものではない。世界中から集められ、「過保護」と自嘲気味に語られるほどの努力によってようやく根付いたものなのだ。

「花は勝手に咲きません。咲かせています」

 松谷をふくめ園内のスタッフたちがそう繰り返すように、豊かな森に見えるこの空間は決して自然にそこに存在する森ではない。専門知に裏打ちされた人々の手が隅々まで行き渡ることによってようやくそこに存在することが可能となっている「ありえない森」、いわば奇跡のような森なのである。


もうひとつの京都の美学

「京都といえばお寺に舞妓さん」という観光イメージのせいだからだろうか。この植物園は京都で生まれ育った人々にはもちろんなじみの深い場所なのであるが、京都を何度も訪れているいわゆる「京都ファン」のなかでも、まだ足を運んだことがない人も多いかもしれない。

 しかし、本連載でもたびたび言及しているように、京都は千年の伝統をもつ都である一方、わが国でもっとも高密度に大学などの研究機関や高等教育機関が集積されてきた近代的「学都」でもある。そのような京都の二面性から考えると、この植物園の魅力がより明確になるかもしれない。

 たとえば禅の宇宙を表現する禅寺の庭や、季節の移り変わりを日々の暮らしに映し出す京町家の坪庭が千年の都としての京都の伝統的美学を表現する庭園とするなら、もう一方の京都の顔である近代的学都としての美学を表現する庭園は、この植物園といえるのではないだろうか。

 植物園の歴史を論じた西洋史学者の川島昭夫は、庭園と植物園の境界は曖昧であり、「何が植物園であるか」を決定するのはじつは容易なことではないと指摘する。だからこそ、植物園が「植物の」ではなく「植物学の」庭園(botanic garden)であることへの着目が重要なのだという。つまり植物園とは、植物学の進歩とその公開を目的とする空間であり、私たちがそこで目にするものはなによりも植物学という学問の精華なのだ。

 そういえば、物理学者であり優れた随筆家として知られる寺田寅彦は「世間には科学者に一種の美的享楽がある事を知らぬ人が多いようである」と皮肉を一枚噛ませたうえで、このようなことを言っている。

「物理化学の諸般の法則はもちろん、生物現象中に発見される調和的普遍的の事実にも、単に理性の満足意外に吾人の美感を刺激することは少なくない(中略)この種の美感は、たとえば壮麗な建築や崇重な音楽から生ずるものと根本的にかなり似通ったところがあるように思われる」

 人の手が作り出す美にはそれぞれ精神が宿っている。禅寺の名庭を前にして日々の雑事を忘れるとき、私たちは深遠な禅の精神に触れているのだろうし、京町家の坪庭に差し込む光にため息のような歓声をあげるときには京都人の繊細な生活文化の精神に触れているだろう。もちろん、僕が不思議な森を眺めながら暮らしたあの愛すべき老婦人のようなマンションも。

 そうであるならば、この植物園で感じる凛と肺に透き通るような明晰な空気はまさに、科学の精神が見せてくれる美しさなのだろう。

 ゴシック聖堂の大伽藍を思わせるくすのきの並木道でそんなことを考えていると、細胞生物学者であり歌人でもある永田和宏が京都で学問と青春に明け暮れた頃に詠んだ若い歌を思い出した。

スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し 古典力学

永田和宏


この時代の植物園のあるべき姿とは

 僕がこの植物園にまるで天国のような場所だと感じた特別な魅力は、その囲いの外に満ちる時代の空気とは別の理(ことわり)の空気を感じたからなのだろうと思う。そして、その道を極める「浮世離れ」への敬意は京都の美徳でもある。そのような意味でも、この植物園は「京都らしい」場所なのであろう。

 とはいえ、どこの街であっても時代の波に飲み込まれないようにあり続けるのは決して楽なことではない。京都府立植物園の長い歴史の中には幾度もそのような危機があったが、2021年に起こった騒動もそのひとつに数えられることになるかもしれない。

 植物園が位置する北山地区の再開発計画に伴い、希少種などを育てる植物園のバックヤードを縮小するなどし、その代わりに商業施設を大幅に拡充する案が浮上したのだ。ちょうど公園を巨大な商業施設として再開発した東京都・渋谷区のMIYASHITA PARKのオープンが話題となり、市民にとって公園とはどのような場所であるべきかが議論となっていた頃であった。この植物園の再整備案も京都で大きな議論を巻き起こすことになる。

「植物学の庭」としての植物園の心臓部であるバックヤードを縮小する案は、ある意味で植物園の存在意義を変えるものであるといえるかもしれない。しかし、この転換は植物園の収益性を高め、そして、より「にぎわい」を生む場所に変える可能性もある。この再整備案をきっかけに、人々はあらためて、今、この時代に植物園のあるべき姿を考えることになった。

 結論からいうならば、京都の人々がこれを受け入れることはなかった。この再整備案は当局の予想を上回る市民の反対を突き付けられ、運動と対話の結果、その方向性は大きく修正されることになったのである。僕の天国はひとまず守られることになったようだ。


地下鉄で通う天国

 数か月ぶりに訪れた午後の植物園は霧のような雨だった。百合だろうか。立ちこめる湿度を纏って、遠くからいっそう重く濃厚な花の香りがする。森に分け入っていくと温かい土の匂いにかわり、さらに遠くからせせらぎの音が聞こえる。傘に当たる細かな雨音、自分の靴が柔らかい土を踏み締める音、すぐ近く、膝よりも低いところから鳥の声がする。ぬらりと濡れた葉の緑は黒々と光り、見上げても先の見えない巨木から天蓋のように大きな枝が雨粒を浴びながら空を覆う。やはり、なんと豊かで静かな場所だろうと思う。

 植物園が誕生した背景には大英帝国の植物政策があったと論じた川島は、「固有の植物相ということからいえばイギリスは、著しく貧弱なのである」とも述べている。その故郷ゆえに、彼らは情熱的に世界中から種を集めた。その故郷ゆえに、執念をもって、囲いのなかに故郷では咲かない花を咲かせようとした。やはり植物園はすぐそばにあるとても遠い世界なのだ。

 たしかに天国というのはこれくらいさりげないものなのかもしれない。胸いっぱいに透明な空気を吸い込みたいときのために、年パスはまだ持っておこう。

 京都府立植物園、地下鉄で通える天国である。

<参考文献>
川島昭夫1999『植物と市民の文化』山川出版社.
同上2022『植物園の世紀 イギリス帝国の植物政策』共和国.
小宮豊隆編1963(1947)『寺田寅彦随筆集 第1巻』岩波文庫.
永田和宏2022『あの胸が岬のように遠かった 河野裕子との青春』新潮社.
梨木香歩2012(2009)『 f 植物園の巣穴』朝日新聞出版.
松谷茂2011『とっておき!名誉園長の植物園おもしろガイド』京都新聞出版センター.

筆者:中井 治郎

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