サントリーはなぜワインを美味しくできるのか? シャトー ラグランジュの場合

2023年8月3日(木)10時0分 JBpress

ワイン産地としては世界最大規模を誇るボルドー。そこに、わずか61箇所だけ存在する「メドック グラン・クリュ」の称号を持つシャトー(ワイナリーとその周辺のワイナリー所有畑をまとめてシャトーと呼ぶ)。そのうちのひとつ「シャトー ラグランジュ」のオーナーがサントリーであることはワイン好きにとってはとても有名な話だ。

1983年に、サントリーとともにリスタートを切った「シャトー ラグランジュ」。それから40年経った今年、その歴史はいよいよ次章へと進もうとしている。


考え方はラグジュアリーブランド

企業の中長期計画というと、3年後、5年後の話、ということは珍しくない。だから

「シャトー ラグランジュに経営参画した時に植えたカベルネ・ソーヴィニヨンがいま、樹齢40年近くなっていて、円熟の時を迎えています。ここからは、もっと良くなっていきますよ」

と、サントリー ワインカンパニー社長 吉雄敬子さんが言うのを聞くと、ものづくりって、ワインって、そういう気の長い話なんだ、とわかっていても、羨ましい企業だとおもうし、そういう考え方ができるのは贅沢だな、とおもわずにはいられない。

「サントリーはワインが祖業です。「登美の丘ワイナリー」で110年以上、「岩の原葡萄園」は130年以上、ドイツの「ロバート ヴァイル」も経営参画から30年以上です。100年やってきて、あと10年でワインが良くなるならそれでいい、というのをサントリーは骨身にしみてわかっています」

今回はサントリーがシャトー ラグランジュに経営参画して40周年なのでシャトー ラグランジュの話を聞きにいったのだけれど、このラグランジュというシャトーは、そもそも、フランス、ボルドーで400年以上の歴史を誇り、5000軒以上のワイナリーがある世界最大規模のワイン産地ボルドーで「メドック グラン・クリュ」という、わずか61ワイナリーだけが持つ称号を有する超名門だ。

ところが、19世紀末から第二次世界大戦後までのフランスワイン苦境の時代に、シャトー ラグランジュはサバイバルに失敗した。そこからの回復は成功せず、40年前、ワイナリーも畑も、見るも無惨に荒廃し、ほぼ経営破綻状態にまで追い込まれて、引き取り手を探していた。

一方、当時の日本は、日本車がアメリカ車を抜いて世界一になるなど、ブイブイ言わせていたころ。ウイスキーやブランデーで成功していたサントリーは、総合酒類企業へ、日本マーケットにとどまらない国際企業へとスタイルを転換していた時期だった。

そこで、この没落貴族状態の名門を引き取らないか?という話がサントリーに舞い込んだのだった。

なにせ「メドック グラン・クリュ」。未来永劫、誰がどう頑張ったところで、この称号は手に入らない。それが売りに出ている。好機ではあった。それで、サントリーはこの話に乗ったのだ。

こういうと、なんだか、バブル時代にNYの土地を買いまくった日本人のようで、やや感じが悪いけれど、サントリーが面白いのは、そこからだ。

「サントリーの宣伝のために経営参画したわけではありません。良いものをつくって、シャトー ラグランジュのレピュテーションを上げたい。それで、シャトー ラグランジュが再び世界で評価されれば、それは、サントリーのものづくりが、世界的に評価していただけるということになります」

金だけだして誰かに任せっぱなしにはしなかったし、だからといって、シャトー ラグランジュの中身をサントリーにすっかり変えることもしなかった。

グラン・クリュの称号と、それに付随するだいぶややこしいボルドーワインの産業構造、荒れ果てた畑、古く廃れたワイナリー、これらを手に入れたサントリーは、シャトー ラグランジュをシャトー ラグランジュとして現代に蘇らせるべく、二人三脚で、畑を整え、醸造所を最新化し、こつこつ、良いワインをつくり、売るための環境を整えていった。

かつてフランスが世界に誇った名ワインのつくり手が、その名声を取り戻すために必要とした時間は10年どころではなかった。

正直なところ、メドック グラン・クリュとして見た場合、シャトー ラグランジュがようやく、スタートラインに立ったのは、サントリーが手を付けてから30年後くらいだろう。それからさらに10年経って、いま、いよいよ、メドック グラン・クリュらしい戦いをスタートできるところに来た、というのが現状だ。

それは、シャトー ラグランジュを飲んでみればわかるのだけれど、この分野では最も権威あるワイン評価媒体「ワイン アドヴォケイト」の評価でも2013年ヴィンテージ(発売は2016年)でメドック グラン・クリュ61シャトー中24位となって以来、評価が安定している。シャトー ラグランジュは、メドック グラン・クリュ内では3級というポジションなので、20位から30位くらいに入っていれば、格で3級、内容的にも3級相当となる。ここ4年ほどは、3級内でトップクラスの評価になっているので、格付け3級、実力3級以上が見えてきている。


カベルネ・ソーヴィニヨンが揃った

評価が上がっている理由は、吉雄さんが、カベルネ・ソーヴィニヨンと、あえてブドウ品種を特定したところにも現れている。

シャトー ラグランジュが位置する、メドックのサン・ジュリアンという地区が誇るブドウといえば、カベルネ・ソーヴィニヨンだ。ところが、40年前、シャトー ラグランジュでは、環境の強みをもっとも活かせるはずのカベルネ・ソーヴィニヨンの植樹量が少なく、かわりに、ボルドーであれば、サン・テミリオンやポムロールといった地区が適地とされるメルローが多く栽培されていた。

まずはカベルネ・ソーヴィニヨンを取り戻す必要がある。そこで、サントリーは、カベルネ・ソーヴィニヨンをあらたに50万本も植樹しつつ、それが満足行くレベルの果実を実らせるまでの20年以上の歳月を、ボルドーでは補助品種的な扱いのプティ・ヴェルドでしのいだ。プティ・ヴェルドは樹齢が若いうちから、よい果実を得やすいからだ。

とはいえ、いくら醸造所が最新で醸造技術が高くても、プティ・ヴェルドとメルローでは限界がある。ワインはどう頑張っても、その出来の半分以上はブドウが決める。

1983年に、夢を託して植えはじめたカベルネ・ソーヴィニヨン。その第1弾がいま、樹齢40年。人間で言えば、50代から60代の円熟期だ。彼らが会社役員といったポジションにつき、部課長ポジションには、その後に植えられた働き盛りの樹齢20年、30年のカベルネ・ソーヴィニヨンが揃った。いま、シャトー ラグランジュはそんな状況だ。

これでようやく、他のグラン・クリュと比較してもブドウで負けなくなった。「ここからは、もっと良くなる」かどうかは、ワイナリー次第なのだ。


現状は価格より質が高い

で、ここでちょっと筆者の個人的な意見を挟みたいのだけれど、正直、この数年のシャトー ラグランジュは、お買い得だ。最も高級な位置づけの1stラベルである『シャトー ラグランジュ』というワインでも実売価格は高くて1万円程度。メドック グラン・クリュ 3級のワインということで考えれば、アベレージプライスといったところだけれど、ワインの質はあきらかにアベレージより上だ。

「評論家の方の評価点でもラグランジュはいま、良くなってきていますし、お買い得だとおもうんです。ただ「飲んだら良いよね」で、値段を高くできるか? というと、それはちがって、そこにはタイムラグがあるし、PR戦略も必要です。 弊社は「シャトー ベイシュヴェル」も共同経営していますけれど、ベイシュヴェルはメドック グラン・クリュ4級なのにラグランジュより高価ですからね」

シャトー ベイシュヴェルは、同じくサン・ジュリアンの伝統あるシャトー。1989年以降、サントリーとカステル社の合弁企業「グラン・ミレジム・ド・フランス」が所有している。壮麗な建物でも有名だけれど、メドック グラン・クリュの格付けがなされた1855年にはフランス革命の影響を受けて、4級評価に甘んじた。しかし19世紀中に復活を遂げ、そのワインは2級相当と評価される。ゆえに、価格も2級相当だ。

そういう世界なのだ。メドック グラン・クリュともなれば、ポテンシャルは上の上。それを引き出したワインをつくり続けていると分かれば、ワイン好きは「評価が定まりきる前がチャンス!」と先物取引的に買ってゆく。その動きが、数年後の市場価格を高める。

さらに

「いまの世の中を見ていると、どこでどうつくったか、つくり手のこだわりがわかるものがお客様に好まれるのを実感します。ワイン好きの方だけでなく、ワインに詳しくないお客様でも、物語があるワインであれば、そこそこのお値段でも、そこからワインから入ってくださる。だから、ワインは、これからのお客様の文脈にますます合っていくものだと私は確信をもっているので、いままでも大事にしてきましたけれど、これからより一層、わたしたちのお酒というビジネスのなかでも重要性が増してくるおもっています」

と、社長がニコニコしながらおっしゃるので、筆者はますます今が買い時だと確信を深めるのだった。


ワインのみらい

シャトー ラグランジュの話からはちょっとそれるけれど、とはいえ、シャトー ラグランジュに期待できる例のひとつとして、サントリーの日本ワインについての話をしたい。

この7月、イギリスのワインコンテンスト「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード2023」で、日本からの出品で最高位のプラチナ賞を『SUNTORY FROM FARM 登美の丘 甲州 2021』が、さらに、金賞を『SUNTORYワインのみらい 立科町 甲州 冷涼地育ち 2021』、銀賞を『SUNTORYワインのみらい 甲州 日本の白 2020』が獲得したという、ニュースが報じられた。

山ひとつまるごとワインづくりに使う登美の丘。こういうワイナリーは、世界的にも珍しく、その環境を知り尽くし、その美質を、100年磨いたワインづくりのテクニックで真っ直ぐに表現した「登美の丘の甲州」のワインである『SUNTORY FROM FARM 登美の丘 甲州』の2021年が、作柄にも恵まれ、最高の賞を獲得したのは、日本のワイン好きとしては誇らしい一方で、当然といえば当然の結果、ともおもうのだけれど、これと一緒に『ワインのみらい』が賞をとっているところにはちょっと驚く。

『ワインのみらい』は言ってしまえば、クラフトワインだ。日本各地の栽培家や醸造家が、型にとらわれず、こんなの面白いんじゃない?とアーティスト感覚で少量つくったワイン。これをサントリーがオンラインショップと登美の丘ワイナリーで販売しているのも面白いのだけれど、それを賞をとるつもりでコンテストに持って行っていたとは……

「ワインのみらいについて語りはじめると一日中語っちゃいますけれど、せっかくですから、これだけは言わせてください。ワインの素晴らしいところって、1年に1度しかつくれないっていうことはもちろんありますけれど、1年に1回つくって、ものができる、というところです。でも、そのとき、大手だからって、混ぜてしまうのはやっぱり良くなくて、ひとつひとつに特徴を出す、というところと……」

ここで、吉雄さんは大事なことを語っている。この話は、そもそも、ブドウ果汁として流通する原料を使うワインではなく、ブドウ果実からつくるワインについての話なのだけれど、サントリーのような大手メーカーであれば、ワインを大量生産できるだけの設備があり、そして、言ってしまえば、多少、不出来なブドウであっても、それを、それなりのワインに仕上げてしまうだけの技術力もある。ブドウのもつ個性を、甘いブドウとか酸っぱいブドウとかいった、大雑把な特徴で分けてしまって、産地やつくり手は無視して混ぜ合わせることで均質化してしまい、それらを材料として、技術力でほどほど上手にまとめてしまえばいいのだ。それは、できることだし、ワインでビジネスをする以上、決して、誤った選択でもない。むしろ、ブドウ栽培家の生活の安定を考えた場合は、合理的とすら言える。しかし、それを「やっぱり良くない」と言うのだ。

とはいえ、どんなにやる気があって、土地の個性、品種の個性を、ブドウに反映できたとしても、地方の独立した栽培醸造家の場合、それをワインにまとめ上げる技術を養う修練の機会は多くない。なにせ、通常、そのチャンスは1年に1度しかないのだ。そこを個人の才能や努力で、なんとかできたとしても、今度は、そういう“とんがった”ワインを売る力があるのか?という問題が立ちふさがる。

実際、日本には、そういうワインが少なくないのだ。そもそも存在を知るのが難しいし、知って興味を持っても、飲んでみないと、結局、どんなワインかわからない。そして飲んでみても、人を選ぶワインの場合がほとんどだし、傑作がある一方で、出来の悪いものもある。それが、2年後、3年後、ウワサにあがって、また買ってみたいとおもっても、今度はどこで買えるのか、飲めるのかもわからない、なんていうことはよくあることだ。

一方で、「ワインのみらい」は、サントリーのオンラインショップで買えるし、飲む前から、それがどんなワインか、かなり想像がつくように配慮されている。

そういう前提があって、吉雄さんの話はこう続いていく──

「つくり手と、マーケティングが一緒にワインをつくるというのがうちの特徴です。つくり手は、デザイン、ネーミングなど、諸々の企画をやりきれないものです。「ワインのみらい」チームは、そういうことをつくり手と一緒にやっているんです」

「デザイナーも入って、どういうワインがいいのか? どうしたらお客様に伝わるのか? 一緒に考えていく。自分たちのやっていることではありますが、それができているのは、いいなと、私もおもいます。そして、それをお客様が褒めてくだされば、それはつくり手にフィードバックされて、つくり手もすごくやる気になるんです。「ワインのみらい」をつくっているような若い人たちは、なかなか自分の作品が世に出ない。それが、こうして世に出て、評価を受ければ、それは本当にワインのみらいをつくっていくんじゃないでしょうか?」

ここで、シャトー ラグランジュの話に戻るけれど、シャトー ラグランジュには2004年から、椎名敬一さんという人が、経営に参加していた。椎名さんは2020年に、シャトーを離れ、いまは日本、主に登美の丘、塩尻で日本ワインの品質向上のために働いている。そして、ラグランジュの後任には最高戦略責任者兼副社長というポジションで、桜井楽生さんという人が就いている。この桜井さんも、ラグランジュで活躍する一方で、北海道でスパークリングワインをつくるプロジェクトを進めていたりする。

つまり、日本であろうと、フランスであろうと、サントリーは区別なく、ワインをつくるし、ワイン文化を育てる。だから、登美の丘はいいけど、ラグランジュはいまいち、とかいう状況は、ちょっと想像できない。
何年かかるかは自然次第なところもあるけれど、良くする、と言っている以上は、良くなる。

経営参画40周年の記念の年ということもあって、今年も既に2回ラグランジュを訪れているという吉雄さん。

シャトー ラグランジュのつくり手たち、地元のネゴシアン、クルチエ(いずれもワイン生産者と小売業者をつなぐ卸売業者のような存在)、サン・ジュリアン村の人たちに、40年間の感謝を伝えたそうだ。

「地元に受け入れられているとひしひしと感じました。サントリーさんよくがんばったね、おいしくなったねっていう感じのことを言われて、とても嬉しかった」

シャトー ラグランジュのボトルを見ても、サントリーが関わっていることは、ほぼ、わからない。でも、地元の人々だけでなく、世界のワイン好きが、ラグランジュの今は、サントリーなしにはあり得なかったことを知っている。だからたまには、もうちょっと主張してもいいんじゃないか?

40周年で何かやらないんですか? と最後にたずねてみると、どうやら、この秋、特別なワインを考えているらしい。

真摯なものづくりの話のなかに、再び割って入って恐縮だけれど、筆者おもうに、それは買って、絶対損はない。

筆者:鈴木 文彦

JBpress

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