中京大中京と中京学院大中京、なぜこんなにややこしい? 両校を取材すると...

8月19日(月)20時0分 Jタウンネット

第101回全国高校野球選手権は4強が出そろい、大会も終盤に差し掛かっている。


そんな中、準々決勝で作新学院(栃木)を破って初の4強入りを果たした中京学院大中京(岐阜)に思わぬ注目が集まっている。


それが学校名だ。春夏合わせて甲子園で通算7回の優勝を誇る愛知の名門「中京大中京」と混同してしまうというものだ。


非常に似ている学校名。調べてみると2校の過去はさらにややこしい。なぜ、こんなことになっているのか。


建学の精神は一緒


2校の名前が混同してしまう人は少なからずいるようで、ツイッターでは、


「最近、中京学院大中京と中京大中京は別だと知る」
「中京大中京と中京学院大中京が対戦したらややこしいことになるな」



といったコメントが見られる。


今でもややこしいが過去の歴史をさかのぼると更にややこしい。


中京大中京は1923年に中京商業学校として開校し、47年に中京商業高等学校となった。そして中京学院大中京は63年に中京高等学校として産声を上げた。


ややこしくなったのは67年、中京商業高校(現・中京大中京)が中京高校に改称。これに伴い中京高校(現・中京学院大中京)は、63年の開校時の名前から中京商業高校に変更し、事実上の入れ替えとなった。


どちらもしばらくこの名前だったのだが、動きがあったのは95年。中京高校(現・中京大中京)が中京大学附属中京高等学校と名を変えた。


そして2001年に入り、中京商業高校(現・中京学院大中京)は開校時の中京高校に名前を戻した。17年に中京高校は「中京学院大学付属中京高等学校」へと改称し、20年に再び中京高校に名を戻す予定があるという。



文字だけでは混乱必須なので、図にまとめたのがこちらだ。見続けると「中京」の文字に頭が支配されそうなので、次に進もう。


中京学院大中京を運営する「安達学園」の創立者である安達壽雄氏は中京大中京の創立者・梅村清光氏の次男。元々、安達氏は中京商業(現・中京大中京)の教員だった。そのため2校は建学の精神が同じとの繋がりもある。


とはいえ、校名について直接の関与があるかは定かではない。


そこでJタウンネットは2019年8月19日、双方に取材を行った。


「調整をしているわけではない」



まずは中京大中京の担当者から話を聞いた。校名の歴史について聞くと、


「学校法人も違いますし、名前についても調整をしているわけではない」
「学校改革をする中で変わった」



とコメント。あくまでお互いの名前が変わっているのは「たまたま」とのスタンスだ。


では、中京学院大中京はどうだろうか。同日に担当者から話を聞くと問い合わせが多いのか、校名の歴史についてかなり詳しく教えてくれた。


変更時の理由については、以下のようになる。


1967年「伝統ある中京商業の名前をいただいた」
2001年「時代が変わり普通科が主体になっていたものですから、開校時の中京高等学校に戻しました」
2017年「学園一体としての学校運営をしていく」



意図的にややこしくしているわけではなく、その時々の事情で変えている。


こちらも中京大中京との名前をめぐる「調整」を否定した。


しかし、ややこしいとの意見は把握しているようだ。中京大中京との区別のため、かつて「岐阜中京」と呼ばれていた時期もあり、そこからの脱却を図る。


「こうした歴史は知られていない。今回の件(編注:甲子園での活躍)が分かっていただく機会になれば」



来年から再び中京に名前が戻る予定ではあるが、岐阜の名門「中京」として全国的に名を馳せたいところ。


とはいえ、担当者が最近フェイスブックを見たところ、自身の教え子までも中京学院大中京を中京大中京と間違えていたというのだから、かなり根が深いようだ。

Jタウンネット

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