看護師不足が深刻な北海道の医療遠隔地に射す光、『ルーラル・ナーシング研究会』

2023年9月24日(日)16時30分 ソトコト

※数値の出典先は北海道保健福祉部地域医療推進局医務薬務課看護政策係ホームページ・『看護職員就業状況』(R2)より


いちばん身近な医療者であるはずの看護師が、地域で足りていない


「看護師志望の若い世代の人たちが、地元に帰ってこないんですよね」


これは事業を開始する前の2016年、私(この記事の筆者)が根室管内の病院の現役看護師として勤務していたころ、今回の主役となる旭川市立大学(当時は旭川大学)保健福祉学部・泉澤真紀教授にこぼした言葉です。すべてはこの「つぶやき」から始まりました。





根室管内に限らず、北海道の非都市部にある多くの市町村では「地域住民が住み慣れた土地で暮らし続けることを支える、地域を護るプライマリ・ケアの担い手」であるはずの看護師が不足している悪循環に陥っているのです。


原因のひとつは、北海道が広大すぎること。看護師を養成する学校も都会に集中し、いったん都会の看護師養成学校に進学した若い世代が、卒業後に地元に戻ってこないというジレンマが根底にあります。これは北海道に限らず、全国都道府県の多くの町村部でも同じ傾向にあるのが、看護系の学会で明らかになっています。


「足りていない」と声にするが、まちが対策を講じていないことも要因


では、その地方の側は看護師不足にどんな対応を取っているのかというと、「無返済型の奨学金を出すので、卒業後は地元に帰って就業してほしい」と金銭の援助「だけ」を行っている市町村がほとんどなのです。


北海道の多くの市町村が採用している奨学金制度は、『就学期間中(おおむね4年間)、毎月10万円』『卒後、5年間は就学資金を受けた市町村の医療機関で勤務』というのが一般的です。しかし、この「御礼奉公」や「身代金」と呼ばれる奨学金方式では、卒業後の就業意欲の低下や期間満了後に退職する者が後を絶たず、長期の就業に結びつかない可能性が示唆されています。


「知ってもらわないと選んでもらえない」を、なんとかしたかった


そこで、泉澤教授が大学で『ルーラル・ナーシング研究会』を設立。地方の医療現場にいた当時の私は「地方の医療機関を見て、感じてもらう」受け入れ側の整備を行ったのです。


「誰も見ず知らずの地方の医療機関を、選んでくれるなんて無いはず。だったら、その機会を地方の側も、選んでくれる土壌を整備するとこから始めないと」


という思いからでした。


そして2017年。「研究会1期生」となるメンバーが、青春18きっぷを使って近隣の都市部までは列車に乗り、列車の走っていない当地(別海町)までは割り勘でレンタカーを手配して、300キロメートル以上離れた根室管内まで来てくれたのです。この当時は賛同を得られる機関も無く、ほぼ自費参加というスタートでした。





今回、来町してくれた研究生は2名


今年は大学の授業日程の関係から、来られた研究生は3年生の2名のみと少し寂しいチームとなりました。しかし、受け入れる側の期待は年々高くなっており、中標津町では「学ぶ」だけではなく、事前に町が募集をかけた町内・管内の高校生へ「大学や看護学部での学生生活」「看護師を目指すみんなへ」というテーマで、町立中標津病院の現役看護師たちと机を並べ、自分たちが「伝える」側となる機会も与えられました。


「地域に住む方の暮らしに触れる経験をしてみたかった」(武藤 織さん)





「 町での生活に興味もありますが、北海道の多くは小さな町が多く、その小さな町で医療や福祉が提供され、暮らしている方々を支えている現場にたくさん触れてみたい気持ちがありました。東日本大震災で災害支援に従事された自衛官の活動に感銘を受けた経験から、自らも自衛官となって、暮らしを支える看護職になりたいと思っています」





ちなみに、根室管内には一般大学や医療系の専門学校は無く、現役の大学生から生の声を聞ける機会はほとんどありません。そのため、交流会に参加する地方側の高校生たちは本気度がたいへん高いです。研究生のふたりは「私たちが講師役となって、高校生に生活を伝えるという経験ができたのも大きかったです。学校では学べない『伝える難しさや楽しさ』を学べました。私たちの話を聞いてくれた高校生たちが、看護の道を一緒に歩んでくれるようになってくれたら、うれしいですね」と『ルーラル・ナーシング研究会』来町の意義を語ってくれました。


「知らない町で暮らす人たちの生活を見て、視野が深まりました」(山田 美月さん)





「将来は、養護教員として活躍したいと考えています。自分が生まれ育った町と、進学で暮らしている旭川市以外で暮らしたことが無いので、機会があれば多くの町に出向き、生活している方の暮らしを見つめたいです。今回の研究会活動を振り返って、当たり前ですが、知らない町にも生活されている方がいて、視野を深めることができました。都会だけではなく、地方で暮らす方へのサポートができるようになるのも素敵だなと感じました」





「地域医療の現場で得る、新しい発見や感動を経験してほしかった」(泉澤 真紀教授)





「この活動は、私の関西在住時代の教え子・山崎くんの地方からの呼びかけからはじまりました。彼は本学の地域研究所(現、地域連携研究センター)の研究員として地域で調査活動を一緒に進め、また私自身も学生の学習効果としてアーリー・エクスポージャー研究(※)に着手するなかで、学生を現地へ直接連れて行き学ばせてみようということになり実際に動き出した訳です。本研修は大学の単位と関係のない、いわば有志活動です。同じ北海道なのにほぼ1日がかりの土地に行こうなんて、普通思うでしょうか。学生が自ら計画し現地に向かうことで、地域の温かさであったり人との触れ合いであったり。そしておかれている地方医療の現実や課題を、自分たちで発見し体感していきます」


※早期体験学習のこと。学習の早期の段階で、現場で直接的な体験をすることで、目指す専門的職業への動機づけや使命感を体得させることを目的とした、カリキュラムの一つである。1995年より文部科学省が医学教育の中に取入れを推奨し、看護教育でも2005年より導入が始まっている。


この事業に参加していなかったら、地元に帰る選択はしていなかった






地域に暮らす方々を支える医療の現場に触れることができて、より地域医療への興味がわきました。

これは、過去に参加した学生が卒業後、地元である根室管内に戻り、地元の医療機関に就職した際のコメント。彼女は「私が思い描いていたような最先端の医療や、新しい概念の看護を提供する機会は地方には無く、都会に出て学ばないといけない思っていた」と言うのです。


当然のように都市部での就業を考えていたそうですが、『ルーラル・ナーシング研究会』の活動に参加して「育ててくれた地元に戻って、自分の学んだ知識と技術で恩返しをしたい」「都会だけがすべてじゃない。地方でも得られるものは、たくさんある」と考えが変わったそうです。このコメントを聞いたとき、地方の側からの発信がいかに足りていないか痛感させられました。併せて、この事業の必要性を強く感じたものです。
現在ではこの『ルーラル・ナーシング研究会』の活動内容や実績などが評価され、中標津町から活動資金として一部補助を受けられるようにもなりました。学ぶ環境を、地域の側も協力してくれるようになったのです。





地方のコミュニティの維持、持続のためにできること


北海道だけではなく、全国的な医療者不足が、過疎化の進行を早めるようなことがあってはならないと思います。地方の医療環境を知ってもらう機会、実際に感じてもらう機会を提供し、地方の医療機関への就業も選択肢のひとつとして考えてもらえるよう、この活動を地域の看護師不足や地域偏在問題を解決する一助にしていきたいです。


旭川市立大学の『ルーラル・ナーシング研究会』の今後に、北海道の未来がかかっています。



文・撮影:なーしぃ(本名:山崎陽弘)


■ライタープロフィール
1975年、大阪府生まれ。32歳の時に「趣味のオートバイで訪れ、その雄大さに魅了された」北海道・道東に移住。現役の男性看護師として地域医療・福祉分野に尽力するかたわら、15年を越える北海道生活を個人ブログ「なーしぃのひとりごと」で発信している。私生活では、妻と2人の子どもと暮らす。https://nursy-hokkaido.com/

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