【荻窪・酒と肴 ててて】開店して1年少し、食通に知れ渡った居酒屋、女将が選ぶ日本酒とこだわりの肴を愉しむ

2024年11月8日(金)6時0分 JBpress

 (太田 和彦:デザイナー・作家)

日本全国を訪ね歩き、「いい酒いい人いい肴」を知り尽くし、テレビなどでも活躍中の太田和彦さん。居酒屋の達人が厳選した東京の名店を紹介します。おいしい酒と肴を求めに出かけてみませんか?(JBpress)


昨年五月に開店

 中央線の新宿から西は、関東大震災後に作家や文化人が住み始め、阿佐谷文士村などと言われた。その先の荻窪は電車一本で都心につながり、また生活の場として書店や居酒屋もたくさんあり、長く続く名店も多い。

 昨年五月に開店した居酒屋「酒と肴 ててて」は南口から沿線を新宿方向、繁華街をはずれるあたりの落ち着いた場所。大きな白暖簾、屋根を乗せた杉玉酒ばやし、小学校のような学童椅子にさりげなく置いた品書きに倒れないよう置いた小石がいい。

 がらり戸を開けると一直線のカウンター、奥に小さなテーブル席ふたつ。広くない左厨房はすべて客席から見え、きちんとしていなければならない覚悟を感じる。中に立つのはまだ若いご夫婦。頭を剃りあげ、顎にちょんと髭を残したご主人は包丁。白割烹着の奥様は酒担当のようだ。

 カウンターに座りまずは品書き。〈冷たいお酒〉として、春霞・ゆきの美人・まんさくの花・豊盃・秀鳳……秋田が多いな。〈燗酒〉は東北泉・田从・会津娘・杉錦・磐城壽に群馬泉があるのがいい。西は喜久酔・京の春・旭菊……。東北を主眼に全国の実力派をそろえたか。

 肴は、赤貝とねぎのぬた・カワハギ肝ポン酢和え・柿と春菊のくるみ白和え・秋刀魚の肝醤油焼・蓮根まんじゅうカニあんかけ……手打ちそば・親子丼・塩むすびもある。正面小黒板には〈本日のお造り〉としてカツオ・アジ・ヘダイ・キンメダイ・オナガダイ。〈日本酒〉秋あがり@燗 白隠正宗(静岡)・羽前白梅(山形)。

 すべて申し分なく、ここは素直に注文するのがよさそうだ。私は顔を上げた。

「お酒、白隠正宗お燗。造り三種盛りでアジ・ヘダイ・オナガダイ。それと赤貝とねぎのぬた」

 初めて来たうるさそうな客が何を言うか緊張していたらしい二人は「はい!」とすぐさま仕事にとりかかった。

 カウンターはなめらかな集成材、木を多用した店内は落ち着きと艶がある。客席隅に置いた棚の一升瓶数々は銘酒ばかり。カウンター上の小棚には錫のちろりいくつかに、最近私も凝っているガラス徳利が並ぶ。白割烹着の奥様は湯燗の温度を慎重にみている。

「秋田の酒が多いですね」「わたし秋田出身なんです」

 へえ、色白の方と見ていたが秋田美人だった。品書きにあった〈みずの実醤油漬け〉のミズは秋田の産物だ。飾る稲穂はあきたこまちで、毎年新米と一緒に送ってくるという。私も地方出身なので、故郷とのつながりを忘れないでいるのに共感がわく。


おひとり様限定の肴

 置かれた盃は温めてある。差し出された白徳利は京都「今宵堂」のもので注文して一年待ったそうだ。時期だから飲もうと思っていた秋上がりの「白隠正宗秋上がり生酛純米」は、夏を過ぎておだやかに味がのって来た感じでしみじみうまい。

 届いた刺身三点盛りはとても大きく厚く切ったのが二枚ずつ。思わず「厚いですね!」と叫ぶと「そうしてます、味をわかっていただきたくて」と嬉しそうだ。はたしてその味のすばらしさ、擂りたて山葵のひりひりさ。お二人コンビの仕事にどんどん気が合っていく。

 私は開店五時きっかりに一番で来たつもりなのに、カウンター奥にはすでに中高年女性二人がしっかり座り、酒も料理も並んでいる。コスパに最もうるさいのが中高年女性で、そういう方が常連であれば間違いない。次々にやって来る客はこのあたりにお住いらしき中高年の男一人ばかりで、店を見渡すこともなくじっと品書きを見て次々に手慣れて注文する。

 店は忙しくなり、男はしゃべらないから店はシンとなったが、隣のおばさん二人は遠慮なくぺちゃくちゃで、静まりかえりを防いでくれる。そうかここは勤め帰りの一杯ではなく、ご近所で評判の質の高い店なんだ。

 そこに来たやはり中年の女性一人は私の隣に座り、しばし品書きを眺め〈おひとり様限定酒肴盛り・1200円〉を注文。まわりの客から「ほう」と小さな声が漏れたのは、お一人様限定ゆえ皆なんとなく遠慮していた品だからだ。届いた大皿を横目に見たが、目玉料理が一口ずついいとこどりに盛られた八寸で、なるほどこれはお徳用。やられたなあ。


「造り手・伝え手・飲み手」

 さて私。〈赤貝とねぎのぬた〉は味噌味はほんの少しで酢が仕事をし、葱がうまい。〈カワハギ肝ポン酢和え〉は肝を風味にして上品。「秋田山内地域で栽培されている里芋」と注釈された〈山内芋の唐揚げ〉はみごとに大きく、ほこほこ感と深い味がたまらない。酒を「羽前白梅俵雪つや姫」に替え、一粒ずつの箸が止まらない〈炒り醤油豆〉は、大豆をひと晩、水に浸け、フライパンで炒って醤油たれにひたしておくとか。

「つまり煮てないと」「そうです」。これは座右に必置きの一品だ。

 不思議な店名は名杜氏・石川達也さんの名付けで日本酒の「造り手・伝え手・飲み手」を表したという。私は遥か昔、石川さんが神亀酒造で修業しているころから知り合いで、広島竹鶴酒造に杜氏で入ったとき訪ね「小笹屋竹鶴」のラベルデザインを頼まれたことがあった。今は茨城の月の井酒造に在籍。杜氏として初めて文化庁長官表彰、日本酒造杜氏組合の要職も務める方。ご主人は竹鶴時代に知り合ったそうだ。

 私が荻窪でテレビ取材していてばったり会った角野卓造さんはすでに三度来て「あそこは名店です」と太鼓判を押した。

 開店して一年少しの居酒屋がたちまち食通に知れわたる。誠実な良い仕事をしていれば人は訪ねてくる。私も常連になろう。とても気持ちの良い感想を持った。

「酒と肴 ててて」
住所:杉並区荻窪4-32-8-101 
TEL:03-6279-9016 
営業時間:平日17時〜23時、土日祝15時〜22時
定休日:月曜日(不定休あり)

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

筆者:太田和彦

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