記憶は脳のどこにどのように保存されるのか? 感情と記憶の深い関係
2022年11月22日(火)17時0分 tocana
記憶は脳を構成する要素の1つだ。「赤いストーブの火は熱いから触らないように!」というように、私たちの安全を守ってくれたり、私たちのアイデンティティや人生についての物語の基礎を形成している。
では、脳はどのようにして記憶を保存し、取り出しているのか。
最も単純な答えは、人間の脳は新しい記憶を得るたびにその形を変えていくというものだ。これは脳細胞と脳細胞の間にある小さな隙間であるシナプスの働きによって起こる。脳細胞(ニューロン)の電荷が変化すると、シナプスを介して神経伝達物質と呼ばれる化学物質が放出される。神経伝達物質は反対側にある神経細胞に取り込まれ、その細胞の電気的変化を引き起こす。
南カリフォルニア大学の神経科学者ドン・アーノルド氏は、「最終的に、記憶は回路で符号化され、シナプスはこれらの回路を形作るための手段に過ぎません」と話す。記憶が作られたときに脳内では、記憶を符号化する新しい回路が作られるのだ。
ある神経細胞が別の神経細胞を刺激し続けると、その結びつきが強まり、時間が経つにつれてお互いを刺激し合うことが容易になる。一方、ほとんどコミュニケーションをとらない神経細胞同士の結びつきは弱くなる。脳は神経細胞のネットワーク間の結びつきを強めることで、記憶を保存することができる。
記憶は脳のどこに保存されるのか?
人間の記憶は、脳のいくつかの部位に保存されているとされる。最も重要なのはタツノオトシゴが丸まったような形をした海馬だ。これは脳の奥深くにあり、最初の記憶形成に重要であり、短期記憶から長期記憶への記憶の移行に重要な役割を果たすといわれている。
短期記憶は、わずか20〜30秒程度で消えてしまう。例えば、新しい電話番号をダイヤルするまでの時間は覚えていても、その番号を何度もリハーサルしない限り、その短期記憶を形成していた神経回路は一緒に活性化しなくなり、記憶は薄れていく。
何度も思い出そうとしたりすると、海馬が働いて回路が強化される。時間が経つにつれて、長期記憶は大脳新皮質に転送されていくそうだ。大脳新皮質は、私たちの意識経験の大部分を担っている、外側のしわの多い部分だ。ただし、2017年に「Science」誌に発表された研究では、完全に転送されるわけでなく、長期記憶の残骸も海馬に残ることがわかっている。
そして、人間の脳のアーモンド型の領域である扁桃体も、記憶に一役買っている。アーノルド氏らは、3月に「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に発表した研究で、魚が光と痛覚を関連付けることを学習すると、淡蒼球という脳領域の一部で新しいシナプスが発生し、別の部分でシナプスが失われることを発見した。アーノルド氏によれば、魚の淡蒼球は扁桃体に似ており、今回の研究でシナプスが強化された部分には、痛みを伴う刺激の処理に関与するニューロンが多く、一方、ポジティブまたはニュートラルな刺激を処理するニューロン間のシナプスを失っていたという。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学者であるアビシェク・アディカリ氏は、「感情は記憶形成の重要な要素である」と言う。ポジティブな感情もネガティブな感情も、中立的な出来事よりもよく記憶される。おそらく、生存のために、自分にとって非常に良かったこと、あるいは非常に悪かったことを記憶しておくことが重要なのだろう。
アディカリ氏は、「Live Science」の取材に対して、感情が高ぶった場面では脳内で特定の神経伝達物質が高濃度に放出され、これらの神経伝達物質が海馬の記憶回路を強化する可能性があると述べている。
記憶に関与する他の領域には、たとえばピアノの曲を弾くのに必要な運動記憶を扱う基底核と小脳、そして「ワーキングメモリー」を助ける前頭前皮質がある。前頭前皮質は、たとえば数学の問題を解くときに、情報を操作するのに十分な時間頭の中に留めておく必要がある場合に関与する。
記憶に関与する他の領域は、例えばピアノの曲を弾くのに必要な運動記憶を扱う基底核と小脳、そして「ワーキングメモリー」を助ける前頭前野である。ワーキングメモリーは、例えば数学の問題を解くときに、情報を頭の中に長く留めて操作する必要がある場合に関与すると、クイーンズランド大学は述べている。
記憶の謎
新しいニューロンの形成は、成人の脳であっても記憶の保存に重要な役割を果たしている。かつて科学者たちは、脳は思春期を過ぎると新しいニューロンを作らなくなると考えていたが、過去20年の研究により、成人の脳では新しいニューロンが作られるだけでなく、これらのニューロンが学習と記憶の鍵を握っていることが明らかになった。「Cell Stem Cell」誌に掲載された2019年の研究では、80代や90代の人でも海馬が新しいニューロンを生成し続けていることがわかっている。
動いている脳で記憶の形成や処理を観察することは難しい。シナプスは小さく、数が多いため(成人の人間の脳には約1兆個ある)、脳の表面を超えたイメージングを行うのは困難だとアーノルド氏は話している。また、画像処理方法は、脳の機能を妨げないようにする必要がある。しかし、新技術によって新しい発見が可能になりつつある。例えば、ゼブラフィッシュの脳を観察し、点滅する光と不快な感覚を関連付けることを学習させるために、アーノルド氏らはゼブラフィッシュのゲノムを改変し、シナプスに蛍光タンパク質を表示させるようにした。そして、特殊な顕微鏡を使ってシナプスの画像を撮影し、その変化を観察することができるのだ。
記憶の仕組みを理解することは、記憶喪失を引き起こすアルツハイマー病のような病気の治療に向けて前進する上で重要である。また、記憶に関するいくつかの癖を理解することは、記憶力の向上にもつながるだろう。たとえば、海馬は記憶を定着させるだけでなく、場所を移動する際にも関与している。円周率を数万桁まで記憶するような驚異的な暗記力を持つ人は、海馬の空間記憶能力を借りていることが多いのだ。これは記憶の宮殿と呼ばれるトリックで、覚えたい項目を架空の場所の位置と関連付けて記憶する技術だ。その場所を頭に思い浮かべることで、このテクニックを身につけた人は大量の情報を呼び出すことができるといわれている。
記憶の仕組みはまだまだ理解されていなことが多いようだが、神経細胞のネットワークやシナプスの発火に過ぎない物理的現象が記憶として体験されることの不思議は、記憶の仕組み以上に謎かもしれない。脳と意識経験の全貌が明らかになる日は来るのだろうか?
参考:「Live Science」、ほか