作られた「男らしさ」の正体とは? 「女叩き」を盛んにする歪んだ“男性性”を韓国の歴史から考える

2025年3月15日(土)20時45分 All About

韓国の「男性性」に焦点を当て、「作られた男らしさ」を世界情勢やフェミニズムの観点など、さまざまな視点からひも解く『韓国、男子 その困難さの感情史』。2024年12月に発売され話題になった同書籍を紹介します。

フェミニズムを敵視し、女性や性的マイノリティを盛んに攻撃する男たちは、いったい何なのか。チェ・テソプ氏原著『韓国、男子 その困難さの感情史』(小山内園子/すんみ訳、みすず書房)は、歴史を丹念に追いながら韓国男子の「こじれ」に迫った力作だ。日本も決して無縁でない「男性性」の問題に迫った本作を、文筆家・水上文がレビューする。

男性権力がのさばる世界

どうして世界はこんなにめちゃくちゃになってしまったのか? 私たちはいったい、どうなってしまうのか? ここ数カ月、私はそんな風に思い続けている。
2024年12月、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が「戒厳令」を出したという、目を疑うようなニュースが入った。韓国市民や政治家の努力によって最悪の事態は食い止められ、安堵(あんど)した矢先、今度はアメリカでドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲いた。トランプ大統領が次々に繰り出すとんでもない大統領令の数々——世界保健機関(WHO)から脱退、出生地主義の見直し、DEIの取り組みは廃止、性別は2つのみだとか、その他もろもろ——と、それに伴って進行するさまざまな出来事は、まさに悪夢のようだった。本当に、続々と伝えられてくるニュースに目を見張るばかりの数カ月だったのだ。
訳の分からないことを言い、行う中高年男性が強大な権力を握り、女性や性的マイノリティを盛んに攻撃している。にもかかわらず、人々の支持を得ている。なぜだろう? もちろん、こうした現状を分析するにあたって、ジェンダーのみを採用することはできない。物事を過度に単純化するのは危険である。
だが、尹大統領が「女性家族部の廃止」を公約に掲げ、フェミニズムに反感を抱く若年男性から熱い支持を得て大統領選に勝利したのは事実だ。またトランプ大統領が、人口1%にも満たないトランスジェンダーという性的マイノリティをやり玉にあげ、就任演説という重要な場面で攻撃してみせたのも、事実だ。
すなわち「男性の権力者が支持を得るために、女性や性的マイノリティへの攻撃を利用している」、しかもその戦略が成功している、という現状は、確かに存在する。ジェンダーは現状の全てを説明し得るものではないものの、非常に有効性のある戦略として、今まさにさまざまな場所で用いられているのだ。

「男性性」の歴史と問題を描く

『韓国、男子 その困難さの感情史』は、韓国の「男性性」に焦点を当てた著作である。韓国でフェミニズム・リブートが起き、ジェンダーに関連した暴力や抑圧への告発が相次いでなされた時期(2017〜2018年)に、本書は書かれた。
自身も男性である著者は、「誰かを抑圧することなしにひとりの主体として、また、他人と連帯しケアを行う者として生きていけるのか」を問い、「男性性」の歴史とその問題を描き出したのだ。

作られた「男らしさ」の影響

さまざまな統計を用い、歴史を精査しながら著者が明らかにするのは、「男らしさ」は作られたものだということである。そもそも人類は長きにわたって身分制社会だった。歴史的には、その人が男らしいかどうかよりも、貴族か平民か、あるいは奴隷かということの方が、ずっと重視されていた。
現代の資本主義社会も、特に変わりがない。テレビ番組で「どんな環境でもサバイバルする原始的な男らしさ」が喧伝(けんでん)されていようとも、結局、今の社会における生存力とは、実家の太さと経済力であって、そこに原始的な男らしさが入り込む余地はあまりない。
そして現代的男らしさとは、優生学や人種的優劣性、戦争における軍隊の必要性に応じて形作られていったものである。韓国の「男性性」について言えば、重要なのは、韓国社会が経験した植民地支配や、朝鮮戦争、軍事独裁体制とその後の民主化、新自由主義である。なお他の多くの国と同様、韓国でも「男らしさ」の指標の主要な点は、「家族を養える」ことだった。
だが、日本の植民地支配によって傷付けられ、その後も朝鮮戦争をはじめさまざまな苦難を経験した韓国社会において、男性が一人で一家の大黒柱として機能し得る家族は、実はほとんど存在しなかった。にもかかわらず理想の「男らしさ」は依然として喧伝され、そして挫折した「男らしさ」の屈託は、その鬱憤(うっぷん)をより弱い者に向けていく。
そして本書の白眉は、「男らしさ」が、いかに既存の権力勾配に都合よく利用されているか暴いていることにある。例えば、兵役経験者が試験や就職にあたって有利になる「軍加算点制度」を巡る議論は、男性たちの不満を彼らにトラウマを植え付ける軍隊ではなく、「軍加算点制度」廃止に賛同する女性に向けることを可能にする。
経済不況、兵役の重荷、新自由主義のもとでたまる苦悩は、「女は良い思いをしている、男こそ被害者だ」という主張へと結実し——著者はさまざまな統計を引用しながら、この主張が事実ではないことを論証している——、手軽にできる「女叩き」が盛んになる。

非男性に対する抑圧

男らしさは時に、より苛烈に不平等を生んでいる別の問題——身分差、社会・経済階層の差、先進国と発展途上国の格差など——を覆い隠すために喧伝されているのだ。
それを丹念に暴き出す本書は、韓国に限らず、女性や性的マイノリティなど、非男性に対する攻撃が不満の「はけ口」として有効活用され、本当の問題から人々の目を逸らす機能を果たしている現在において、極めて重要だ。
どうしたら、誰かを抑圧することなしに一人の主体として、また、他人と連帯しケアを行う者として生きていけるのか? 問い掛けは、私たち全員に関わる喫緊(きっきん)の問題であり、またこのめちゃくちゃになった世界で、非男性を含む全ての人が自分自身のこととして引き受けるべきである。
この記事の筆者:水上 文(みずかみ あや)
1992年生まれ、文筆家/批評家。主な関心領域は近現代文学とクィア・フェミニズム批評。現在、朝日新聞で「水上文の文化をクィアする」、『文藝』で「文芸季評」等を連載中。企画・編著に『反トランス差別ブックレット われらはすでに共にある』(現代書館)がある。
(文:水上 文)

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