「服従させることに躍起になっていましたね」日本の障害福祉の現場で起きている“非人道的な対応”のリアル

2025年5月20日(火)8時0分 文春オンライン

〈 密室に連れ込み恫喝、さらには集団的な暴行まで…潜入して目の当たりにした“知的障害者施設”の「ヤバい内情」 〉から続く


 利用者との交流、職員との対立、日々募る違和感と葛藤……。ひょんなことから知的障害者施設で働くことになったノンフィクション作家の織田淳太郎氏は、いったいどのような現場を目の当たりにしたのか。


 同氏の著書『 知的障害者施設 潜入記 』(光文社新書)の一部を抜粋。スタッフと入所者の圧倒的な権力差の実情を紹介する。(全2回の2回目/ はじめから読む )


◆◆◆


バリカン脅迫事件


 夜勤世話人への金銭の無心が発覚した数日後、送迎車でT作業所にやってきた鳥内さんの足元が、どうもおぼつかない。あっちへヨロヨロこっちへヨロヨロしながら、ようやく自分の席に辿り着いた。


 社員は異常事態を素早く察知した。さっそく内偵を始め、あることが発覚した。鳥内さんのグループホームに保管されていたはずの料理酒が、一本丸ごと消えているという。仮に鳥内さんが「犯人」だとして、料理酒一本を飲み干してからの来所となると、千鳥足になるのも無理はない。


 その日の正午前のことだった。私が一足早い休憩をとり、スタッフルームで昼食の弁当を食べていると、そこに社員のJさんが険しい表情で入ってきた。続いて神妙な顔つきで入ってきたのは、鳥内さんである。



©AFLO


 Jさんは私の存在を認めるや、躊躇する仕草を見せたが、「まっ、いいか」と、鳥内さんと向かい合った。


「鳥内さん」


 尋問が始まった。


「呂律回ってないよ」


「………」


「どうしたの? ホントのこと言いなよ」


 10歳以上もの年長者に対する横柄な物言い。まずそこに、腹立たしいほどの違和感を覚えた。


「どうして黙ってるの?」


 Jさんの怒気を抑えた声が、かえって不気味に響いた。そして、こう付け加える。


「これで、反省する?」


 Jさんが小箱を手にしていた。何気なさを装って目を凝らすと、それはバリカンが収められた紙箱だった。


「どうするの?」


 Jさんがバリカンを箱ごと突き出した。鳥内さんは怯えたように小さく首を横に振って、何やらモゾモゾと口を開いた。耳をそばだてたが、何を言っているのかわからない。


「さあ、正直に言いなよ」


 Jさんが低い声で迫った。


「………」


 鳥内さんは何も答えられない。


「なんで、言えないの?」


 バリカンを脅しの武器とした尋問は、しばらく続いた。その間、鳥内さんは神妙な顔つきで、一方的に尋問の集中砲火を受けていたが、結局、料理酒を一本丸ごと自室で飲んだことを認めた(バリカンによる丸刈りの難は免れた)。


「職員の言いなりになって良い子を演じよう」とする人権意識の鈍化


 のちに私は、この脅迫行為のさなかに置かれていたときの心情を、鳥内さん本人に尋ねている。


「バリカンを出されたとき、どんな気持ちだった?」


「これで、頭の毛を刈られるんだな……と」


「腹立たなかった?」


「腹立つというより、ただ、ああ、こういうので髪の毛切られるんだな……って」


「押さえつけられて強引に髪の毛を切られたらどうしていた?」


「う〜ん……」


「抵抗していたかい?」


「抵抗していたと思いますけど、それより、これで髪の毛刈られるのかなって思って……」


 この会話を交わした頃、鳥内さんはT作業所の強権支配下に甘んじていたところがあった。


 すなわちそれは、「職員の言いなりになって良い子を演じよう」とする人権意識の鈍化に他ならない。前記の鳥内さんの埓のあかない曖昧な返答ぶりは、そんな意識が映し出されたものだったのだろう。


何もかも禁止されて、イライラすることが多くなった


 しかし、かつてはどこかに反骨的な精神も宿していたという。威圧的に振る舞う男性職員に「じゃ、かかってこいよ!」と対峙し、あわや殴り合いの喧嘩に発展しかけたこともあったと聞いた。そして、「バリカン脅迫事件」が勃発したこの日も、彼のなかには人権意識の残り香のようなものが、多少なりとも燻っていたのかもしれない。


 午後になって、私にこう訴えてきた。


「料理酒を飲んでしまったのは、禁煙にされて苦しかったからです。タバコを吸えたときは、アルコールも我慢できたんです。ですから、ただアルコールが好きというだけで、アルコール依存症ではないと、自分では思っています。


 けど、タバコはダメ、買い物もダメ、おやつもダメ。何もかも禁止されて、イライラすることが多くなったんです。おまけに、あんなふうにいつも上から目線で注意される。『なに、また悪いことした?』などと高飛車に言われるたびに、苦痛でしかたがなかったんですよ。腹が立つこともあります。殴ってやりたくなったことも、正直これまで何度かありました。でも、そんなことしたら大変ですよね。その辺は何とか自分を抑えてますが」


 追い打ちをかけるように、その鳥内さんにさらなる「災禍」が襲いかかろうとしていた。


見せしめの医療保護入院


「バリカン脅迫事件」から数日後、T作業所では朝から鳥内さんの話題で持ちきりだった。アルコール依存症の名目で、精神科病院に医療保護入院させる話が進行中なのだという。


 医療保護入院とは、家族等のうち誰かの同意を拠り所とする強制入院の一形態で、日本特有のものである。諸外国では、たとえ医療保護入院のような形態を取るにしても、およそ以下の2点において、限定的に適応することに留めているという。


 1、入院の非長期化。2、主治医とは別の入院決定を判断する第三者機関の設置。


 しかし、日本では「生かすも殺すも」家族次第である。精神医療審査会による入院の必要性に関する審査制度は設けられているものの、これは簡易的な書面審査に留まり、入院者の権利擁護の手続きにほとんど貢献していないという現実もある(第一、入院者の多くはそんな制度があることさえ知らされていない)。そのため入院が長期化する傾向があり、遺産をめぐる骨肉の争いなどから、入院の必要のない者が長期にわたって精神科病院に放り込まれることも珍しくない。


 この日本の医療保護入院制度は「人権侵害の問題あり」として、国内外からその違法性が問われてきた。


 鳥内さんには肉親がいない。医療保護入院の形態を適用するとなれば、自治体の長(市長など)が便宜上の「家族」を務めることになる。が、会ったこともなければ、顔も知らない赤の他人。仮に鳥内さん本人が入院に猛抵抗を示したとしても、自治体の長が同意の判を押しさえすれば、入院は強制的に執行されてしまう。早い話が、T作業所と主治医の胸算用一つで、病院送りか否かの運命が決まってしまうのだ。


「懲罰」の2文字が、私の脳裏に浮かんだ。同じような想いは、他のパート職員も抱いたらしい。こう口にした。


「鳥内さんは暴れたり、クダを巻いたりなど、アルコール絡みの問題行動を起こしたことなんか一度もありません。幻視や幻聴などの離脱症状が出たこともないし、彼はアルコール依存症じゃないですよ。だから、入院は見せしめでしょうね。懲罰だと思います」


 私は「人権侵害に当たる」と、鳥内さんの医療保護入院に強硬に反対した。それに呼応するかのように、他のパート職員の何人かも反対の態度を示した。


 施設長はそういう意見も吟味せざるを得なくなり、結局は彼の強制入院を見送った。


人権意識の喪失した「イエスマン」に


 それにしても、懲罰としての精神科病院への強制入院。利用者に対するこのような非人道的な更生への試みは、はたして他の障害福祉の現場でも行なわれているのか。


「さすがに稀なケースでしょうが」と前置きして、さる生活介護事業所の元パート職員が、こんな話を打ち明けてくれた。


「うちは5つのグループホームを管理していましたが、事業者側のリスクを減らす意味もあったのでしょう。入居者を服従させることに躍起になっていましたね。行動を厳しく制限したり、やたら滅多にペナルティを科すんです。おやつを取り上げるのはいつものことで、なかにはテレビやゲーム機まで没収された入居者もいました。


 ほとんどの入居者は文句も言えず、おずおずとペナルティに甘んじていましたが、一人の男性入居者だけはそのやり方に異議を唱え、たびたび世話人や社員に食ってかかっていたんです。あるときカッとなったその入居者が、自室の壁を殴って穴を空けてしまった。そのことで、彼は精神科病院に放り込まれてしまったんです。表向きの理由は妄想による暴力性の治療でしたが、これは完全な見せしめ。懲罰以外の何ものでもありませんでしたね。


 結局、彼は2ヶ月間、閉鎖病棟に入れられていましたが、この懲罰入院がよほど堪えたようです。精神科病院の閉塞的な空間のなかで生きていくより、地域のグループホームで服従的に生きていくほうがマシだと思ったのでしょう。薬物の影響もあったのでしょうが、退院後はすっかり大人しくなって、職員の顔色ばかり見るようになりました」


 バリカンによる脅迫と強制入院措置の動きが、心に深いトラウマを残したのか。鳥内さんもまた、いつしか人権意識の喪失した「イエスマン」に身を落としていた。


(織田 淳太郎/Webオリジナル(外部転載))

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