ヘリが不時着水したらどう対処?施設で体験した防災隊員「思うような姿勢が」「視界なく想像と全く違う」
2025年5月29日(木)15時30分 読売新聞
装置から脱出するスタッフら=日本サバイバルトレーニングセンター提供
長崎県・壱岐島沖で4月、民間の医療搬送用ヘリコプターが転覆した状態で見つかり、医師ら3人が死亡した事故を受け、緊急時に備えて搭乗員の対応力向上を求める声が高まっている。生存率を高めるためには——。水中に沈む機体からの脱出訓練が体験できる国内唯一の民間施設「日本サバイバルトレーニングセンター」(北九州市戸畑区)では、事故に遭った際の対処方法を伝えている。(田中浩司)
国内唯一の民間体験施設
「指示待ちだと脱出のタイミングを逃します」
今月2日、同センターでインストラクターの声が飛んだ。訓練には新潟、和歌山、熊本各県の防災ヘリに乗る職員ら12人が参加。3〜5人の班に分かれて機体を模した装置に乗り込みシートベルトを装着すると、装置は深さ5メートルのプールに沈められ、反転した。受講生らは窓やドアを外して逃げ出し、20秒足らずで水面に顔を出した。
訓練では、水上に浮かんだ装置からの脱出や、不時着水後の転覆を想定した脱出を実施。防災ヘリの搭乗員はストレッチャーに乗せた要救助者を脱出させる技術も学んだ。受講生たちは約4時間にわたって何度も脱出を繰り返していた。
同センターは水産大手「ニッスイ」(東京)の子会社「ニッスイマリン工業」(戸畑区)が運営。主に船員らを対象とした洋上の事故から命を守るための訓練を実施している。
ヘリの搭乗員に水中での脱出訓練は義務づけられていないが、同センターでは毎年200人以上が訓練を受講している。今回の事故後、医療機関からの問い合わせが相次いでいるという。
同センターによると、機体が水中で転覆した瞬間、機内で大量の泡が生じて視界が失われ、上下逆さになるため方向感覚もなくなる。緊急時の対応は、窓やドアの外し方、非常口のレバーの位置など事前に頭に入れた情報を基に冷静に対処できるかどうかが鍵を握る。
訓練に参加した熊本県防災消防航空隊の友田亮さん(33)は「訓練でも恐怖心があった。水中では思うような姿勢が保てない上に視界もなく、想像と全く違っていた」と驚いていた。
同センターでリードインストラクターを務める江口洋平さん(41)は「実際のヘリでも想定訓練を重ね、クルー全員で命を守るための認識を定着させてほしい」と話す。
壱岐島沖の事故は4月6日に発生。ヘリは患者を乗せて対馬空港(長崎県対馬市)を離陸し、約15分後に航跡が途絶えた。機体はその約3時間後に転覆した状態で見つかった。機長ら3人は機体から脱出したが、医師や患者ら3人は機内で発見され、その後死亡が確認された。死因はいずれも溺死とみられる。
事故機はフロントガラスが割れていたものの、窓やドアが外された形跡はみられなかった。ヘリを運航する「エス・ジー・シー佐賀航空」(佐賀市)によると、年1回以上、地上で緊急時を想定した訓練を実施しているが、水中での脱出訓練は行っていなかったという。
費用負担重く、受講進まず
実践的な訓練の必要性を感じながらも、費用面などから医療従事者の受講は進んでいない。民間の医療搬送用ヘリだけでなく、国と都道府県の補助金で運航しているドクターヘリでも受講費は医療機関側の負担なのが実情だ。
ドクターヘリは全国57の地域で運営されており、2023年度の出動件数は計約2万9000回に上る。このうち、海に面する九州・沖縄・山口での出動は計約5000回を占めるが、水中脱出訓練を受けたことがない複数の医療機関が読売新聞の取材に対し、「受講枠が限られるうえ、費用が高額」などと答えた。
壱岐島沖の事故を受け、日本航空医療学会は、日本サバイバルトレーニングセンターでの受講費(1人あたり約7万円)の一部を補助する取り組みを開始。20人の募集に対し、2倍超の申し込みがあり、全員が補助を受けられるよう調整を進めているという。
浦添総合病院(沖縄県浦添市)は以前から独自の対策として、ヘリに乗る医師や看護師に必ず同センターで訓練を受講させてきた。約20人の費用計約140万円は病院側が負担した。米盛輝武・救命救急センター長は「訓練を一度経験しておくことが大事だ。医療機関の負担は大きく、国は支援を考えてほしい」と要望する。