「プレステの父」を本体から独立させたソニー元社長・大賀典雄氏が「守りたかったもの」
2025年1月22日(水)5時50分 JBpress
日本経済が停滞する今、現状を打開するために日本企業にはどのような取り組みが必要なのだろうか。変革の鍵として「世界の経済発展をリードしている人たちが実践する演繹(えんえき)思考を採り入れるべき」と話すのは、シリコンバレーに本拠を置くNSVウルフ・キャピタル共同代表パートナーの校條浩(めんじょう・ひろし)氏だ。前編に続き、2024年10月、書籍『演繹革命 日本企業を根底から変えるシリコンバレー式思考法』(左右社)を出版した同氏に、演繹思考の考え方の特徴や、演繹思考を組織に根付かせるために有効なアプローチについて聞いた。(後編/全2回)
米国型VCと日本型VCの「決定的な違い」
──前編では、校條さんが経験した「イノベーションのジレンマ」や、その克服に有効な考え方「演繹思考」について聞きました。著書『演繹革命 日本企業を根底から変えるシリコンバレー式思考法』では、演繹思考を理解する上でのヒントとして「米国型VC」と「日本型VC」を比較していますが、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
校條浩氏(以下敬称略) 前提として、米国型VCと日本型VCとでは誕生の経緯が大きく異なります。それぞれの環境に合わせて取り組んできた結果、違いが生まれているのですから、「米国が素晴らしい」「日本は良くない」という話ではありません。その点を踏まえた上で、両者の違いを具体的にお話します。
シリコンバレーのある米国の西海岸は、東部の都市よりも遅れて経済が発展しました。そうした歴史的背景から、東部では成功できなかった人や、既存の仕組みの中で成果を上げられなかった人たちが西海岸に流れ、「スタートアップ企業を通して、世界を変えるような新しい事業や産業を創造したい」という動機を持ち、集まって来ました。
そのため、米国のVCは「GAFAのように、世界の市場を変えるような革新的な企業をつくる」ということに重きが置かれています。
例えば、米国の大物VCの一人、ビノー・コスラ氏は「世の中にインパクトを与えるような事業を創造するには、失敗はつきものだ」と語っています。失敗を奨励しているのではなく、「失敗を想定せずに大きなことは成し得ない」という意味です。
このように、米国のVCは投資先企業の失敗を想定の範囲内に収めるため、複数のスタートアップに投資をすることでリスク分散をしています。もちろん、投資先企業が創出する利益が成功のバロメーターになります。しかし、短期的な利益よりも「長期的に世界へインパクトを与える1社」の誕生を優先しているのです。
日本のVCに帰納思考が定着した「納得の理由」
──米国のVCはなぜ、世界へインパクトを与えることにこだわるのでしょうか。
校條 米国のVCは、成功するスタートアップが少数でも、一度の成功で莫大(ばくだい)なリターンを得られます。これは米国の投資市場の特性によるものです。
一方、日本型VCは誕生当初「金融機関が融資できないような高リスクで未上場の中小企業に投資しよう」という試みからスタートしました。つまり、金融機関からの融資が難しい企業を開拓することが目的です。「新しいアイデアや技術で世の中を変えよう」というベンチャー精神からスタートした米国型VCとは目的が異なります。
日本においては、行政もベンチャー企業の振興に取り組んできました。その一つが、上場のハードルを下げたマザーズ市場(現グロース市場)などの創設です。これにより上場を目指し起業する人は増えましたが、大型の成功企業が少なく上場時の価格が低いため、上場しても1社当たりの株価を高める上で限界があります。
このような状況下でVCが収益を確保するためには、投資先の失敗を減らさなければなりません。上場を支援する証券会社も、1件当たりの収益が小さいため「多くの企業を上場させたい」という力が働きます。
こうした背景から、日本のVC界では「早期黒字化を目指しリスクのない形で上場させたい」「失敗せずに全員が上場してほしい」という帰納思考に近いスタイルが定着しています。
この日本型VCの帰納思考寄りのエコシステムは「産業を牽引(けんいん)するような、革新的な企業が生まれない」という副作用を抱えてしまいました。そうした中、近年日本でもシリコンバレー型のVCが増えてきたことは素晴らしい変化です。なぜなら、現在のような変化の時代に、次の産業を興して社会をリードするのは、演繹思考を使いこなせる人材だと思うからです。
ソニー元会長・大賀典雄氏が「守りたかったもの」
──著書では、演繹思考を組織に根付かせるためのアプローチとして「演繹思考で経営する別組織を立ち上げる」方法を提唱しています。具体的にどのような方法を指すのでしょうか。
校條 帰納思考と演繹思考は、正反対の思考法です。ですから、帰納思考で成り立っている既存事業の経営に少しだけ演繹思考の要素を取り入れようとしても、反発を生んでしまいます。これが演繹思考で経営する別組織を立ち上げるべき理由です。
このアプローチを用いて成功した事例の一つが、新しいコンピュータゲームの市場を切り拓いたソニーのプレイステーションです。プレイステーションは、開発を主導した久夛良木健氏の強力なリーダーシップにより誕生しました。
演繹思考の世界観は、全ての人に理解されるものではありません。帰納思考に慣れ親しんだ人からすると、前例のない取り組みに不安を感じることが多くあるからです。実際、プレイステーションの開発当初は社内でも「ソニーがゲーム機を出す必要はない」「3Dのゲームを開発するなんて無理」などと反対の声ばかりだったといいます。
そんな中、久夛良木氏率いる組織をソニー本体から独立させることで演繹思考の経営スタイルを守ったのが、当時のソニーの社長で、後に会長を務めた大賀典雄氏です。本体とは別会社で開発を進められたことは、演繹思考のプロセスを進める上で理想の体制だったといえます。そうした体制にすることで、本体との摩擦を減らすことができ、久夛良木氏率いる演繹思考の組織の士気も維持され、取り組みの足を引っ張るような勢力も生まれづらくなるからです。
創業者自ら演繹思考を実践しているソニーだったからこそ、演繹思考を実践する企業文化を醸成できたのでしょう。演繹思考の経営は、経営トップの演繹思考に対する理解と支援が重要、ということがよく分かる事例です。
演繹思考経営の成否を分かつ「人材配置のズレ」
──演繹思考で経営する別組織を立ち上げる際に、注意すべきポイントはありますか。
校條 演繹思考で経営する別組織を立ち上げる際は「演繹人材の発掘」が鍵になります。帰納思考と演繹思考とでは、開発アプローチや意思決定、失敗に対する考え方など、企業運営の要素が大きく異なるため、求められる人材も異なるのです。
演繹人材とは、まさに久夛良木氏のような人物です。疑問を抱いたら、どんな上司に対しても反論したり、逆提案をしたりするような気質のある人物が望ましいのです。
ここで注意すべきは、「人材配置におけるズレ」を回避することです。よくあるパターンとして「推進室」と付く部署を立ち上げるケースがありますが、せっかく演繹人材を発掘しても頓挫しかねません。なぜなら、「推進室をつくったのだから、室長クラスの人材が必要だ」と人事部が動き、帰納人材として優秀な室長を配置するケースが多いからです。
帰納思考に慣れ親しんだ人にとって、演繹思考を理解することは難しいものです。そのため、帰納思考で仕事を進める人物を室長にしてしまうと、演繹人材が自由に活躍できなくなるのです。このように、帰納人材はチームに入れず、演繹人材だけでチームを結成することは、演繹思考の組織づくりにおいて重要なポイントとなります。
一方で、演繹思考で経営する別組織が、帰納思考で仕事を進める既存の組織に支援してもらう必要性が出てくることもあるでしょう。例えば、既存組織の販路で新製品を販売してもらうようなケースです。このように、演繹思考の組織と帰納思考の組織は、将来的には手を取り合う必要が出てくることも確かです。
こうした場合に演繹人材と帰納人材、両者の摩擦を最小限に止めるためには、演繹、帰納の両方が分かる両利きの人材を育てると共に、経営トップや経営幹部の方々が適切な環境づくりを進めなければなりません。演繹思考で経営する別組織は、経営トップの直下、あるいは経営幹部の下で活動できるように、経営陣の配慮と覚悟が求められます。
■【前編】他社の追随も大歓迎、「モルモット」と批判されたソニーが新市場開拓を先導し続けた意外な理由
■【後編】「プレステの父」を本体から独立させたソニー元社長・大賀典雄氏が「守りたかったもの」(今回)
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筆者:三上 佳大