「働いていない=頑張っていない」は大間違い…ホームレスに必要なのはお金でも食べ物でも仕事でもない

2025年2月3日(月)7時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mura

ホームレスから脱却するには何が必要なのか。リディラバ代表理事の安部敏樹さんは「『人間関係』という資産を取り戻すことがホームレス脱却のスタートラインだ。そのためには、狭くてもいいからプライバシーが守られる部屋が必要だ」という——。

※本稿は、安部敏樹『みんながんばってるのになんで世の中「問題だらけ」なの? 知識ゼロからの社会課題入門』(NewsPicksパブリッシング)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/mura
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mura

以下は、安部さんと「おば」(架空のキャラクター)との会話の一部である。


■ホームレスは「戦地の最前線で戦う兵士」


【おば】でも、路上生活になる「手前」でどうにかできなかったの? もっとがんばれなかったの? とも思っちゃう。ホームレスの実態はわかってきたんだけど、それでもやっぱり自分はホームレスになると思えないし、心理的な距離は縮まらないんだよなあ。


【安部】家族をはじめ「資産」がある人は簡単にホームレスになることはないよ。イメージがわくように、じゃあ……戦争の例で話しましょっか。


【おば】戦争? 物騒だな。


【安部】たとえなんで。考えてみてよ。戦地の最前線で戦う兵士と、戦地から離れた後方支援部隊にいる兵士とでは、明らかに戦死する確率は違うじゃない?


【おば】そりゃあそうでしょうよ。銃弾が飛び交っている場所と、そうじゃない場所では命の危険度が違いすぎるわよ。


【安部】後方支援部隊でかつ、物資の補給・輸送・管理システムである兵站にも恵まれていて支援もしっかり受けている兵士が、最前線で命からがら戦っている兵士に「努力が足りない」って言うのは違うでしょ?


【おば】それはずいぶんお門違いな発言ね。


【安部】ホームレスは、いわばこの最前線の兵士なんですよ。確率論だからもちろん運が味方してがんばれる人もいるっちゃいる。でも生まれたときからいきなり最前線の厳しい環境に置かれちゃったようなもの。


■なまけているのではなく、厳しい状況に置かれている


【おば】たしかにさっき聞いたような家庭環境は、戦地で言えば命の危険性が一番高い最前線よね。


【安部】ホームレスって、なまけている人ではなく、厳しい状況に置かれた人なんだよね。


【おば】なるほどねえ。


【安部】ここまで話してきた「資産」っていうのは、戦場で言えば兵站で、武器や装備なわけ。それさえあれば、生き残れる確率がぐっと上がる。戦いでは最前線にいる兵士に敬意を持って援助物資を送るじゃない? でも現実には、最前線にいる人に武器や装備を送ることなく、突き放している。


【おば】それは戦えないどころか、生きていけない。


【安部】そうなのよ。ただ、ぱっと見た感じ「資産」の有無なんてわからないんで、「なんであいつはがんばれないんだ?」って思われちゃう。そもそもの前提条件が違うのに。


■ホームレスに「自己責任論」がつきまとうワケ


【おば】これっていわゆる自己責任論ってやつでしょう? この風潮があるのって日本だけなの?


【安部】日本だけってことはないけど、国の宗教性の影響は強いでしょうね。たとえばクリスチャンだと、社会をよくするために困っている人に手を差し伸べることが当たり前に根づいているとか。


【おば】マザー・テレサとかもそうよね。


【安部】宗教じゃないけど、階級社会が強かったフランスの「ノブレス・オブリージュ」とかもそうだよね。貴族とか高い地位にいる人は、社会をよくしていく責任がある。だから社会課題を個人の責任ととらえず、寄付をしたり活動をしたりする人がいる。


【おば】クリスチャンでもなければ、貴族でもない私たち……。


【安部】まあでも、日本で自己責任論の風潮が高まったのはやっぱり過去30年、経済が成長してないからだとおれは思うけどね。かつて日本は高度経済成長期にがんばったぶんだけちゃんと成長した。「一億総中流」と言われて、みんながある程度豊かな時代もあったわけ。


【おば】そんな流行語があったわねえ。懐かしい。


■経済が停滞して余裕がない人が増えた


【安部】でも今は経済が停滞してる。経済的にも心理的にも、自分が手にしたものを失うのはいやだし、自分に余裕がないのに人に奉仕することなんてできないじゃない?


【おば】みんな自分のことでいっぱいいっぱい。


【安部】自分ががんばったから今の豊かさを手にしていると思っているから、ホームレスとか「働いていない=がんばっていない」ように映る人たちへの視線は厳しくなるよね。


【おば】こちとら汗水垂らして一生懸命働いて税金納めてるのに、自分に還元されている感じがしない世知辛さもあるわけで……。


【安部】国全体に、総じて余裕がないんだよね。個人も余裕がないから、休むのが怖くて、休んでいる人を見るとイラっとする。そんな感じしない?


【おば】思い当たるふし、あるねえ。


【安部】ホームレスのおっちゃんが酒飲んで寝てても、別に問題ないじゃん?


【おば】そうなんだけど……。


【安部】やっぱり自分が働いている日中にぐうたらしてると「なんで働かないの?」って嫌悪感がわくわけでしょ? がんばれない理由や休む必要があるんだけど、背景までなかなか焦点は当てられないよね。スナップショットでその瞬間だけを切り取っちゃうから。


【おば】路上で寝てる、その姿しか見てないもんね。こっちも働きっぱなしで余裕がないのよ〜〜‼


【安部】自分も余裕がないし、どうしてあげることもできない。だったら無関心でいるほうが楽なんだよね。


■一時的な「ほどこし」は根本解決にならない


【おば】でもさ、関心を持ったからといって、私がホームレスのおっちゃんに食料とかお金をあげるのは違うでしょ?


【安部】悪いとは言わないけど、1回だけそれをやっても根本的な解決にはならないんだよね。それに、かわいそうだから恵んであげるみたいな態度だと、相手の自尊心を傷つけることだってある。一時的なほどこしは相手のためではなく、自分が快感を得るためのものかもしれないよね。


写真=iStock.com/blanscape
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/blanscape

【おば】「いいことしてる」ふうの自分に酔っちゃうこと、あるよね〜。そもそもホームレスが、個人の問題ではなく社会の問題だとしたら、何が課題なの?


【安部】ホームレスは主に貧困と結びついてるわけだけど、その背景にある課題は時代によっても違って。もともとは1990年代のバブル崩壊後に社会問題として取り上げられるようになったのね。そこから2008年、リーマン・ショックをきっかけとする世界不況が起こったときに、派遣労働者の解雇や雇い止めがあって、多くの人がホームレス化した。


【おば】景気が悪くなると、仕事を失う人が増えて、ホームレスが増えるんだ?


【安部】当時は社会の景気が雇用の問題に密接にひもづいていたわけだけど、ここ最近はある程度景気も回復して、求人倍率も改善しているから、働ける人はホームレスを脱していった。一方で、年齢や障害などの事情で働けない人たちが取り残されている傾向があるんだよね。つまり、福祉の問題とひもづくようになってきた。


■まずは「住まい」から回復させる


【おば】精神障害や発達障害があって、働きたくても働けない人たちをどうするかって話? 現代のホームレスの問題を解決していく手立てはあるの?


【安部】解決策はわりと明確かつシンプル! 「ハウジングファースト」っていう手法があるのよ。1990年代にホームレス支援としてアメリカで始まってヨーロッパに広がったんだけど。「住まいは基本的人権である」っていう考え方をもとに、ホームレスに最初にプライバシーを保護できる住まいを提供すること。家がないホームレスに対して、住まいという「資産」の回復から始めるわけ。


【おば】重要なのは、住まい! でも、住まいを与えるってけっこうハードルが高くない? ホームレスって都会にしかいないイメージだしさ。あ、地方の空き家は⁈ 都会よりは家賃も生活費も安いし、暮らしやすそうなイメージ。


【安部】そうなんだけど、田舎は田舎で地域のコミュニティが色濃くて、人を受け入れる幅がせまいんで、そこに自分を合わせていかなきゃいけなかったりするのよ。


コミュ力が高い人はその幅をこじ開けていけるんだけど、人間関係に苦しんできた人たちにとっては、匿名性の高い都会のほうがいやすいんだよね。


■都会のホームレスは減っている


【おば】なるほど。そうするとやっぱり、都会なら都会で、その人が暮らす地域で家を与えるってことが最善策になる?


【安部】そうだね。ちなみにホームレス問題が顕在化して20年以上が経つわけだけど、都会でも路上生活者の数は年々減ってる。


【おば】そうなの? たしかに、昔と比べて見かける機会は少なくなったような……。


【安部】実際に2007年と比べて、8割以上減ってるんだよ。2024年に日本でカウントされたのは2820人。「ホームレス」って典型的な「社会課題」として思い浮かべるかもしれないけど、だいぶ状態は改善されてきてる。


【おば】なーんだ! じゃあ、このままだんだん減っていきそうだね。


【安部】ホームレス支援をする非営利団体が路上生活者に炊き出しをしたり物品を支給したり、凍死や飢えで亡くなるケースを防ぎ、生活保護申請をサポートしていった。そうした活動の成果が功を奏したからだね。支援をすれば路上生活やホームレスから抜け出せるってことも示されたんだよ。


【おば】すばらしいね!


■「劣悪な住環境」が与えられるケースもある


【安部】それでも抜け出せずに取り残されてしまった人もいる。その人たちにとっては、仕事よりも何よりもまずは「安心して過ごせる個人的な場所が、中長期的に確保されていること」が重要なのよ。ただ家を与えればいいってわけじゃない。


【おば】どういうこと?


【安部】日本でも生活保護の一環として自治体が住まいを与えるケースもあるんですよ。ただ場合によっては劣悪な環境だったこともあった。2段ベッドが10個も20個も置いてある虫がわくような衛生状態の宿舎で、集団生活を強いられていたこともある。


【おば】ちょっとそれはいくらなんでもひどいわね。


【安部】食事は朝晩の2回、門限が20時とかって話も聞いた。個人的な空間がないからプライバシーが確保されないし、監視されているかのようだし、「これなら路上のほうがマシだ」って出ていっちゃう人もけっこういたんだよね。


【おば】人権が尊重されてない感じ。なんでいい大人に「門限」が必要なのよ?


【安部】行政は何かあったときの責任を取りたくないから、ある程度ルールを設けるわけ。「ルールを破った」とかを言いぶんにして追い出せるようにしておきたい、という側面もある。


【おば】そんな、無責任な……。


■「人間関係」の資産を取り戻す


【安部】そういう場所を管理する行政職員たちも、ローテーションで専門性がない場合も多いしね。つまり、生活保護を受けるホームレスを支援する予算も人材もかぎられている。生活保護は憲法で保障されている権利で、しっかり受けるべきなんだよ。にもかかわらず、一部の自治体では、偏見から生活保護の申請を拒否したり、支給を渋ったりする職員がいる場合もある。


【おば】ひどい! なかなか状況は厳しいな。どこから手をつければいいわけ?


【安部】まずは、せまくてもいいから一人でいられる個人的な部屋を用意すること。そのうえで、コミュニケーションできる環境が設計できるといいんだと思う。コロナ禍とか仮設住宅とかでもそうだけど、人ってまったく他人と関わらないと、心が鬱々としてくるので。



安部敏樹『みんながんばってるのになんで世の中「問題だらけ」なの? 知識ゼロからの社会課題入門』(NewsPicksパブリッシング)

【おば】私なんて、1日人としゃべらなかっただけで鬱々としてくるわよ!


【安部】だから、個別の部屋に行く前に共有スペースがあって、「今月どう?」なんてつかず離れずの距離でなんとなく気にかけてくれるゆるやかな人間関係があるといいよね。家族や友だちじゃなくても、ある程度の人間関係は誰もが必要だから。


【おば】毎日ちょっとあいさつできるだけでも違うだろうねえ。


【安部】生きづらさを感じている人たちが、なかなか自分から関わりをつくっていくのは難しいから、住まいの設計でサポートしていく。そういう場所で「住まい」そして「人間関係」の資産を取り戻すことが、ホームレスを脱していくスタートラインになるんだよ。


----------
安部 敏樹(あべ・としき)
一般社団法人リディラバ代表理事
1987年生まれ。株式会社Ridilover代表取締役。2009年、東京大学在学中に、社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォーム「リディラバ」を立ち上げる。2012〜15年度、東京大学教養学部にて、1・2年生向けに社会起業の授業を受け持つ。2017年、米誌『Forbes(フォーブス)』が選ぶアジアを代表するU-30に選出。2024年、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」に社会起業家として選出。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」、読売テレビ「ウェークアップ」、ABEMA「ABEMA Prime」コメンテーター。
----------


(一般社団法人リディラバ代表理事 安部 敏樹)

プレジデント社

「ホームレス」をもっと詳しく

「ホームレス」のニュース

「ホームレス」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ