中学受験のイケイケ"成功譚"を信じてはいけない…第一志望合格が困難な激戦の時代に親が知るべきこと

2024年2月4日(日)11時16分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/khanet janngam

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終盤戦を迎えた中学受験。合否が発表され、SNSには保護者らのさまざまな声が発信されている。中学受験塾を主宰する矢野耕平さんは「わが子の受験がうまくいかなかった親は口をつぐみます。SNSに溢れるのは『ウチの子はこうやって合格した』という成功譚で、来年度以降に受験する家庭はそれを鵜呑みにしてはいけない」という——。

※本稿は、矢野耕平『ぼくのかんがえた「さいきょう」の中学受験』(祥伝社新書)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/khanet janngam
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■家庭の「進学塾化」、親の「塾講師化」


「家庭の『進学塾化』」「親の『塾講師化』」は、近年の中学受験ブームとともに増加の一途を辿っているようにわたしには感じられます。


「偏差値○○以下の学校には行く価値がない」とか、「第一志望校以外の進学はいま考えない」とか、昔の中学受験塾が受験生たちを鼓舞するために掲げるような文句をいまは中学受験生の保護者が口にしてしまっているケースを見るようになりました。


中学受験が「バズりやすいコンテンツ」と化した昨今、メディアやSNSなどをはじめとして中学受験に関する情報が大氾濫しています。特にSNSでわが子の中学受験体験を発信する保護者の情報の多くは「上手くいかなかった話」ではなく、「上手くいった話」です。


「親がこんな働きかけをおこなったら、苦手科目が克服できた」
「○○という問題集を入試直前期にこなしたら、成績が爆上がりして第一志望校に合格できた」
「○○塾で○○コースという志望校別クラスを受講したら、わが子のモチベーションが一気に上がって、成績的に全然手が届かなかったはずの熱望校の合格を射止めた」
「○○塾の○○という教材はやるだけ時間の無駄である。手をつけるなら、市販の○○という問題集が絶対によい。うちの子はこれで偏差値が五ポイント上昇した」


ほんの一例ではありますが、SNSでは「わが子の中学受験経験者」である保護者のこんな成功譚に溢れているのです。


第一志望校に合格できる子のほうが少ない中学入試なのに、どうしてでしょうか。話は単純です。そもそもわが子の中学受験が「上手くいかなかった」と感じてしまっている保護者はSNSの場であれ、同じ小学校の保護者ネットワークの中であれ、口を噤(つぐ)むからです。


その結果、中学受験にまつわるあれやこれやの風説は「イケイケ」の性質を帯びたものばかりになるのです。


加えて、いまの中学受験生の保護者の中には自身も中学受験経験者である方も増えてきました。自身が中学受験をしてよかった、良い結果になったと振り返られる保護者ほど、わが子に同じ道を勧めるのは当たり前です。その当時の自身の「成功譚」がわが子にも適用できるという考えが「イケイケ」の風潮を加速させているのかもしれません。


だからこそ、子どもたちに対して「第一志望校合格」という目標を焚きつけようとあの手この手をかつて繰り出してきた中学受験塾も、保護者に対して中学受験に入れ込み過ぎないように、熱くなり過ぎないように諭すように変わってきたのです。


「家庭の『進学塾化』」「親の『塾講師化』」は、保護者の価値観に留まらず、その字義通り、親が子の中学受験勉強に付き添うようなケースを生み出すようになりました。このような家庭を「親塾」と形容することがあるそうですが、ここにきてなぜ「親塾」が増えているのでしょうか。わたしは大きく三つの理由があると睨(にら)んでいます。


■「あなたの成績が悪いからお母さんとお父さんは恥ずかしい思いを」


ひとつは、コロナ禍によるリモートワークの普及が挙げられます。コロナ禍が比較的落ち着いた現在であっても、オフィスには最小限の時間しか顔を出さず、自宅でリモートワークをおこなうスタイルが常態化した企業がかなりあるようです。わが子と自宅で顔を合わせる機会が増えたのですね。こういう事情から、わが子の中学受験に向けた家庭学習の様子を目の当たりにして、その内容が気になってしまったのでしょう。


二つ目は、先ほど挙げた中学受験情報の氾濫です。わが子の中学受験勉強に親がぴったりと付き添うことで、入試を「成功」させたと自称する「先輩パパ」や「先輩ママ」の発信に影響を受け、わが子の中学受験結果を良きものとするために、先達のアドバイスを参考にして「親塾」を開くようなケースがあるのかもしれません。


写真=iStock.com/miya227
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miya227

三つ目は、塾の指導システムに由(よ)るものです。中学受験塾はそれぞれ独自の指導体制を敷いています。たとえば、塾の中に子どもたちを囲い込み、授業外の時間であっても自習室などを活用して勉強する環境を整えているところもあれば、正反対に、「ご家庭のサポート」を前提に、提供するのは授業と教材のみと割り切るような塾も存在します。


後者のタイプの塾にわが子が通えば、塾の学習の予習面や復習面がどうしても家の中に大量に持ち込まれてしまう……毎日親が何らかの働きかけをわが子にしなければその塾のカリキュラムについていけない……そんな事情で「親塾」が始まったのでしょう。


東京都文京区小石川を拠点にする「啓明館東京」で塾長を務める本田直人先生はこの風潮を危ぶんでいます。


「わたしは三五年前から中学受験指導に従事していますが、昔から親が子を教えたがる事例は変わらずありました。しかし、この七〜八年くらいでしょうか、親の中には中学受験にどっぷりと浸(つ)かってしまっている人が見られます。そして、わが子の成績が親の評価につながると思い込んでしまっている方が多くなったと感じています」


関西発祥の大手塾で、いまは東京にも進出し、幾つもの校舎を構える「希(のぞみ)学園首都圏」で学園長を務める山﨑信之亮先生はこの弁に同調します。


「たとえば、大企業の社宅で、父親の職階によってそこに住む母親たちのヒエラルキーが決まる……。それに近い感覚がわが子の中学受験に携わる保護者に持ち込まれてしまっているのではないかと危惧しています。成績が良い子の親がそうでない子の親にマウントを取るとか……。そうなると、『あなたの成績が悪いからお母さんとお父さんは恥ずかしい思いをしなければならないのよ』なんて親が無理やりわが子を指導しようとして、わが子の自己肯定感を根こそぎ刈り取ってしまうなんてこともあります。これは大変に罪深い行為でしょう」


■大きなリスクをはらむ「親塾」


連日、親がわが子の学習スケジュールを綿密に構築した上で、塾で扱う単元の予習・復習に付き添い、ときには科目的なアドバイスや丸付けや直しをしてやる……。これが功を奏してわが子が学力的に伸長したという例はもちろんあるでしょう。しかし、この「親塾」で失敗した事例のほうが断然耳に入ってくるのです。どうしてでしょうか。


わたしは中学受験指導に従事して三〇年ほど経ちますが、わたしがこの仕事を飽きもせず続けてこられたのは、「指導対象の子どもたちが毎年入れ替わる」ということと「指導するのは他人の子どもたちである」という側面が大きいでしょう。


わたしには中学受験を経験した中高一貫の女子校に通う高校生の娘と、いままさに中学受験本番を迎える小学校六年生の息子がいますが、わが子に対して科目指導をする自信はまったくありません。こんなことを口にすると頼りない人間のように思われるかもしれませんが、「よそ様の子どもたち」と「わが子」に対するスタンスはどうしても変わってしまうのです。


もし、わたしがわが子の勉強を付きっきりで見たら、たとえば文章内容をよく把握できていなかったり、設問の条件を読み飛ばしていたり……そんな課題を見出した途端、「何でそんなことも分からないんだ」と激高するでしょう。そして、父親の注意に対して、わが子は気分を損ね、いじけ、その場の雰囲気が悪くなることは容易に想像できます。親子の距離感の近さが「教える側」「教わる側」双方の障壁になるのです。


ですから、「親塾」が上手く機能しない場合が一般的であるのは当然の帰結です。


この文章を読んでいる保護者の皆さんは胸に手を当てて、わが子との平生のやり取りを思い起こしてほしいのです。ちょっと声を荒らげて注意すると、「そんなの分かってる!」「知っているし!」などと反抗的な態度を取られたことはありませんか。思い当たる節がおありの方は「親塾」を成功させるのは至難の業でしょう。


そして、「親塾」がたとえ上手くいったとしても、留意すべき点があります。


わたしは仕事柄、私立中高一貫校の教員と話す機会が度々あるのですが、彼ら彼女たちは次のようなことを異口同音に言うのです。


「中学校に入学した直後は、みんな同じ試験をパスしたわけなので、学力的にそんなに大きな差は生じていません。しかし、中学校一年生の夏明けには学力をぐんと伸ばせる子と、学力面で伸び悩む子に分かれてしまいます。それって入学以前、中学受験をどういう姿勢でその子が乗り切ってきたかが大きな鍵を握っているのです」


そういえば、駒場東邦(東京都世田谷区/男子校)の教頭がわたしの塾で講演会を開いた際にこんなことを口にしました。


「お子さんの中学受験勉強にぴったり付き添っている保護者の方はいらっしゃいますか。もしそうするのであれば、大学受験までそのスタンスを貫く覚悟はあるでしょうか?」



矢野耕平『ぼくのかんがえた「さいきょう」の中学受験』(祥伝社新書)

両者の言に一脈通じていることがお分かりになったのではありませんか。


そうです。親に受験勉強の面倒を見てもらっている子ほど、中学校に入ったあとに学習面で苦労するケースが多いのですね。


「親塾」の到達点は「志望校合格」にあります。「親塾」が上手くいき、わが子が第一志望校に合格したとしたら、「ああ、よかった」と親は胸をなでおろして、すぐに手を離してしまうでしょう。しかし、わが子の勉強はこの先も変わらず続くのです。これまで、勉強をするときには隣にいた親が突如姿を消してしまったら、さらに難解な内容になる中学校の勉強を自力でどのように進めていけばよいか子どもは困惑してしまうのです。


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矢野 耕平(やの・こうへい)
中学受験専門塾スタジオキャンパス代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。
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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)

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