「従業員の茶髪・ピアスOK」は本当にいい職場なのか…日本企業に蔓延る「多様性もどき」にモヤモヤする理由

2025年2月21日(金)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/koumaru

社員一人ひとりが働きやすい環境づくりに取り組む企業が増えている。社員教育コンサルタントの朝倉千重子さんは「社員の個性を尊重することはとても重要だが、『多様性を受容する』ことと『ルールやマナーをなくす』ことはまったくの別物だ」という——。
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■「ダイバーシティ」が独り歩きしている


「多様性(ダイバーシティ)」という言葉を、ここ数年で急に耳にするようになりました。性別や年齢、国籍、文化的背景、信条、障がいの有無といったさまざまな違いを受け入れる姿勢です。


日本のみならず世界中の企業のビジョンや広告でも盛んに掲げられ、多様性こそがすべてであるかのように扱われるケースも見受けられます。もちろん、多様性という概念自体は素晴らしいものであり、価値観や背景が異なる人たちがお互いを認め合うことで、新たなアイデアやビジネスチャンスが生まれ、社会や組織が活性化することは間違いありません。


しかし、表面的な理解で流行りに乗っかっているだけで、「多様性」「ダイバーシティ」という言葉だけが独り歩きしている場面も増えてきたのではないかと感じます。


「受け入れる・許容する」ことがすべて多様性であるように聞こえますが、本質を見失うと単なる「何でもアリ」や「甘やかし」で終わってしまいかねません。


この記事では、「多様性」と「ばらつき」の違いを改めて整理し、企業や組織、そして教育の現場において、本当に「多様性」を活かすために必要な視点とは何かを探っていきたいと思います。


■従業員の身だしなみに「ご理解を…」


先日、ある大手スーパーで「当社は多様性を大切にするため、従業員の髪色・ピアスなどを許可します。お客様のご理解をお願いします」という掲示を目にしました。


もちろん、髪を染めたりピアスをつけたりすること自体は個人の自由であり、自分らしさを表現する方法のひとつとして尊重されるべきです。ただ、企業側が「多様性=見た目の自由」と捉え、身だしなみ規定を緩和することは、本当に問題ないのでしょうか。


■多様性ならなんでもOKなのか?


たとえば接客業の場合、髪色やピアスが与える顧客への印象や、衛生・安全面での配慮は欠かせません。とくに飲食店の場合は、従業員の服装や髪型などに関して独自の規定を設けているケースが多いでしょう。


こうした身だしなみの規定は「ルールだから守る」のが目的ではなく、サービスを受ける顧客への安心感や企業ブランドの維持、従業員の働きやすさなど、多角的に検討される必要があるものです。


そうした前提をすべて飛ばして「多様性なのでOKです」という姿勢を示すことは、かえって社内外の混乱を招いてしまいます。


この、身だしなみの問題はあくまでも氷山の一角。最近はあらゆる場面で「多様性」「個性を尊重」「自分らしさ」という言葉だけが先走り、教育体制やルールづくりが不十分になっているケースが非常に増えています。


写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

■「ばらつき」のある組織の末路


パワハラなどの問題に配慮するあまり、企業や管理者が強い姿勢を取りにくい背景も相まって、スタッフ同士や店舗ごとで仕事の進め方や意識レベルがバラバラになり、パフォーマンスやモチベーションに大きなばらつきが生まれてしまっているのです。


一人ひとりが自由に振る舞うだけで、組織としての調和がとれていない状態です。その結果、仕事はどんどん属人的になり、成功事例の再現性を高めることも難しくなってきています。


こうした状況を放置すると、中途半端な教育体制のまま新人が増えて、「当たり前」のラインが下がり続けたり、逆に優秀な人材ほど短期間で離脱したりと、組織力は弱まる一方です。


そもそも多様性の取り組みとは、個々の違いを認め合いながら、最大限の力を発揮できるように組織や社会の仕組みを整えていくことです。決して「放任」や「何でもアリ」を推奨しているわけではありません。あくまでも共通の目標やルールを共有したうえで、協力し合うことが重要であるはずです。


このことを忘れると、違いを前提にした上で調和・協働を目指す多様性ではなく、方向性が定まらず、ただ雑然としている「見せかけの多様性」になってしまいます。


つまり、「多様性を受容する」ことと「ルールやマナーをなくす」ことはまったくの別物ということです。


■企業の「芯」がブレないことが重要


多様な価値観の人が集まっているからこそ、共通の目的や軸となる「芯」の部分をしっかりと設定し、その上でそれぞれの個性をどう活かすかを考えることが欠かせません。そのためには、違いを理由に排除しない一方で、同じ方向を向くための“まとめる力”も必須です。


チームワークをより強固にするためにも、「自由だからこそ守るべきルールがある」という姿勢を忘れずに、ばらつきではなく真の多様性を実現していくことを目指すべきでしょう。


ただ、先ほど紹介したスーパーの事例のように、企業がルールを緩めるという決断に至る背景は理解できなくもありません。少子高齢化が進み、若年層の人口が減少する中、企業は深刻な人材不足に直面しています。


特にスーパーや飲食店など、比較的賃金水準が低い業種は応募者を集めるのが難しく、「とにかく間口を広げたい」という切実な思いがあるのも事実です。結果として、従業員の茶髪やピアスを認めるなど、いわゆる、採用ハードルを下げる施策を取る企業も少なくありません。


■単なる「甘やかし」になってはいけない


しかし、ここで改めて考えたいのは「ルールを緩和したり、採用のハードルを下げたりすることは、本当に会社にとって良い結果をもたらすのか?」という点です。


身だしなみの規定を緩めたことで確かに応募者が増えるかもしれませんが、その動機は「髪色を自由にできる」「ピアスを外さなくてもいい」という理由に偏っているかもしれません。


多様な価値観や働き方を受け入れる姿勢自体は素晴らしいですが、それらをまとめ上げ、同じ方向性を共有できるだけの“軸”や“芯”を企業が持ち合わせていなければ、結果として「何でもアリ」になってしまい、現場は混乱するばかりです。


もし「多様性だから仕方がない」と言い訳しながら、ルールや基準を曖昧にしてしまうだけなら、それは単なる甘やかしに近く、企業ブランドの弱体化にもつながります。


たとえば、なぜ多くの若い世代が「スターバックスで働きたい」と憧れるのでしょうか。あるインタビューでは、「スタバの世界観が好きだから」「あのブランドの一員になりたいから」という声が挙がっていました。


■スタバがブランドイメージを保てている理由


ここで言う“世界観”とは、制服や接客マナーの統一感、顧客へのおもてなしといった一貫した価値観のことを指しているのだと思われます。もし身だしなみや言動の自由をすべて認め、店舗ごと・人ごとにバラバラの対応をしていたら、スターバックスの魅力であるブランドイメージは一気に崩れてしまうでしょう。


写真=iStock.com/jack-sooksan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jack-sooksan

「見せかけの多様性」でブランドを強くすることはできません。採用活動で間口を広げることは企業存続のために必要な手段ですが、それがゴールになってしまえば、本来のサービス品質やブランド価値が損なわれ、本末転倒となってしまいます。


だからこそ、「多様性=何でもアリ」ではなく、企業が大切にする方向性や理念を明確に打ち出しつつ、個々の能力や働き方をどう活かすかを丁寧に考えなくてはならないのです。


身だしなみなどのルールだけではなく、教育・評価の仕組みやチームビルディングの方法を整備し、従業員同士が同じ方向を目指せる状態をつくることが、真の“多様性経営”への近道ではないでしょうか。


■「何でもアリ」で育った子どもはどうなるのか


多様性の問題は、職場だけに留まりません。今や「個性を尊重する」という考え方が、子どもの教育現場にも広まっています。


もちろん、「その子どもなりのペースに合わせる」「得意分野を伸ばす」といった姿勢は大切ですが、自由を最優先させるあまりルールや協調性を学ぶ機会を失ってしまうと、大人になってから苦労することになってしまいます。


とはいえ、行動を厳しく管理・束縛しすぎれば、子どもの個性は伸ばしにくくなるため、このバランス感が大切です。叱られる経験が少ないまま育った子どもは、他者への配慮や協力を「面倒」と感じるかもしれません。逆に、まったく自由を与えられなかった子どもは、自分の考えを発揮できず萎縮してしまうかもしれません。


学校では「個性を大事に」という方針を掲げる一方で、学習目標や授業の進め方に一定のルールがなければ、クラス全体がまとまらず、結局は学習効果も下がってしまいます。


家庭でも、子どもに「やりたいことをやりなさい」と無制限に言うだけでは、社会の中で最低限必要なマナーや配慮を学ぶ機会を奪うことになるでしょう。自由には責任や配慮が伴うことを教えるのも、大人の役割です。


だからこそ、私たち大人が意識すべきなのは「本当の意味での多様性を育む環境づくり」です。違いを認めて伸ばす技術を学びつつ、社会や組織で求められる基礎的なルールやマナーをしっかり教えること。自由と秩序がバランスよく組み合わさってこそ、未来の世代は本当の意味で「自分らしさ」を発揮できるのではないでしょうか。


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朝倉 千重子(あさくら・ちえこ)
新規開拓会長/「トップセールスレディ育成塾」主宰
1962年大阪生まれ。小学校教師、税理士事務所、証券ファイナンス会社などの勤務を経て、人材育成の企業に営業職として入社。営業未経験ながら、礼儀礼節を徹底した営業スタイルを確立し、3年で売上NO1、トップセールス賞を受賞。その後、自身の営業ノウハウを広く伝えるべく独立。2004年6月、株式会社新規開拓設立、同代表取締役に就任。女性の真の自立支援、社会的地位の向上を目指した、「トップセールスレディ育成塾」を主宰。開講から20年経ち、卒業生は延べ3800名を超える。これまでに著作は41冊(累計約48万部)刊行され、近著に『運を整える。』(内外出版社)がある。
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(新規開拓会長/「トップセールスレディ育成塾」主宰 朝倉 千重子)

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