「味付けが気に入らない」だけで3、4時間説教のうえ"仲直りセックス"という拷問…妻の「離婚したい」に夫は

2025年2月22日(土)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RyanKing999

精神的なDVであるモラハラは、どのような行為なのか。自身もDV家庭で育ったというジャーナリストの林美保子さんは「モラハラを訴える人に『被害妄想では?』『される側にも原因があるのでは』『まずは双方で話し合いを』という人もいる。しかしモラハラが存在すると、そもそも対等な関係性が結べず、まともな話し合いをすることができない」という——。(第1回/全3回)
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■誤解が多い「モラハラ」


2001年に施行されたDV防止法(配偶者暴力防止法)によって、家庭の中に埋もれていた暴力が認知されるようになった。しかし、DVというと殴る、蹴るという身体的暴力の認識にとどまりがちで、パートナー間におけるモラハラ(精神的DV)がどういうものなのかを理解している人は決して多いとは言えないだろう。


ややもするとDVの深刻さを理解せずに軽視したり、逆に、本当はモラハラに該当しないような場合でも、気軽に「モラハラ」という言葉が使われたりして、誤解も多い。それは筆者自身、DV家庭で育った経験者として、痛切に感じているところである。


■「心配」を口実にした束縛


それでは、どんなケースがモラハラだと言えるのだろうか。(※年齢は結婚当時)


図版1:ねこ★はちさん「シングルマザーあるある〜元夫が怖すぎます」より

【図版1】の4コマ漫画は、「ねこ★はち」さんのブログ「シングルマザーあるある〜元夫が怖すぎます」のひとコマだ。


結婚当時、ねこ★はちさん(30代)が「友達と会う」と伝えると、夫には「心配だから」と、15分毎に連絡をするように要求されたという。


夫は返信がないと、20分の間にすさまじい勢いで30件超のメールやLINEを送ってくる。しまいには女子会が開かれている店に押しかけ、「心配」という便利な言葉で、ねこ★はちさんの自由を奪っていった。


こうして徐々に妻の交友関係を絶っていき、実家に帰ることも許可制にし、家で過ごしている間の行動も定時連絡を要求した。しかし、自分の行動については、細かく聞かれることを嫌がった。


「他の“モラハラ夫”も、なぜか同様らしいです」と、ねこ★はちさんは語る。


私はねこ★はちさん以外の女性たちからも、自分が在宅のときに妻が留守をすることを嫌がり、夜に開催される会合への参加を許さなかったり、買い物から帰るのがいつもよりも5分遅くなっただけで、「だれと会っていたんだ!」と疑ったり、新幹線で2時間かかる実家に帰るときでさえ、日帰りが条件という夫の話を聞いたこともある。


パートナーが他人とコミュニケーションを取ることを嫌がるモラハラ配偶者は、独占欲が強く、パートナーを別人格の人間として見ることができない。自分の所有物と考えているからだ。


自分と他者との間に線引きができていない状態を表す「境界線の侵害」という心理学用語がある。「あなたのため」と言って自分の考えを押しつけたり、「自分名義なのだから私には家族の携帯メールを見る権利がある」と考えたりするような親やパートナーもその一例だ。


■長時間の説教からの“仲直り”のセックス


A子さん(20代)は夫からの長時間の説教に悩まされてきた。それはいつも、食事の味つけが気に入らない、家事育児をしていて夫からの着信に気づかなかった、A子さんのちょっとした言葉や態度が気に入らない、などのささいなことがきっかけで始まる。正座をさせ、ミスや欠点を執拗に責めながら、「おまえは妻失格だ!」「そんなことで泣くなんて、人として未熟だ!」などと罵倒するのだ。


A子さんが意見を言うと、非難されたと受け取り、過剰反応して激高、説教がさらに長くなる。理論武装された屁理屈が3時間も4時間も続き、深夜まで寝かせてもらえない。


そして、A子さんが疲れ果てたところで、「許してやる」と、“仲直りのセックス”にもつれ込まれる。A子さんにとって、それは拷問にも思えたが、気分を損ねてまた説教が始まるかもしれないと思うと、断る気力はもう残されていなかった。


■「話し合い」「夫婦げんか」という名の説教・罵倒


A子さんは意を決し、弁護士を通して、「モラハラが原因で離婚したい」旨を伝えると、「単なる夫婦げんかではないか!」と、夫は反論した。


しかし、加害者が言う「話し合い」や「夫婦げんか」は、世間一般的な意味合いとは違う。お互い、譲れるところ、譲れないところを出しあって歩み寄ろうとするものではなく、「あなたの意見でいいです」と相手が折れるまで強硬姿勢が続く。言ってみれば、自白を強要する違法な取り調べのように、自分は絶対正しいという思い込みから、自分が描いた「理想的な結論」に当てはまる言葉を強引に言わせるためのものなのだ。


A子さんは渦中にあるときには無自覚だったが、やり場のない苦しみや悲しみや怒りが蓄積されていったのだろう。ストレス性の微熱が続いたり、動悸や呼吸困難の症状が出たりするようになっていったという。


■恐怖で黙らざるを得なくなる


B子さん(30代)の夫は、怒りの火がつくと荒れ狂って、物に当たるタイプだった。家の中にある物を拳で殴打したり、蹴ったりする。ゴミ箱は何個も壊され、壁には穴が開いた。「直接暴力を受けるわけではないから、DVとは言えないだろう」と思う人はいるのかもしれない。しかし、物の破壊はB子さんにとっては威嚇となり、「逆らったら何をされるかわからない」という恐怖に支配されてしまう。


「やっぱり、言いたいことがあっても、物の破壊が始まると、萎縮してしまいます。『お金のことで相談したいんだけれど』と言った途端、ガン! と大きな音を立てられると、黙るしかありません」


■妊婦の妻を車で置き去りに


C子さん(20代)はある夜、夫の運転で車に乗っているとき、突然気分を害した夫に力づくで車から引きずり降ろされてしまう。そして、夫はあろうことか、妊婦だったC子さんを真っ暗で建物もひとけもない場所に置き去りにして、去って行ったのだった。


見知らぬ土地にひとり残され、スマホもお金も持っていない。心細さに打ちひしがれながらも、だれかに助けを求めなければと思い、真っ暗な道をトボトボと歩いた。


10分くらい経った頃、1台の車がやってきたと思ったら、それは夫だった。


「怖かっただろう? おまえにはこのくらいのことをしなければ俺の気持ちはわからないからな」


そう言いながら、夫は愉快そうにゲラゲラ笑った。


■モラハラがあると対等な関係性が結べない


モラハラは、殴る、蹴るとは違う種類の暴力だ。高圧的な態度や暴言、人格否定、過度な詮索や監視、威嚇、侮辱、脅迫、無視など、恐怖で相手を支配し、追い詰めていくのが特徴だ。


ここでは、私が被害者から聞いた比較的わかりやすい事例を挙げているが、モラハラ被害の多くは、一見取るに足らないように見える小さな攻撃の積み重ねにより、少しずつ相手に支配されていく。そのため、被害者自身が苦しんでいることは確かなのだが、自分が置かれた状況をどのように言葉にしてよいのかわからず、うまく表現することができない。そのため、自分が暴力を受けているという認識がなかったり、周囲に訴えても理解されなかったりしているうちに、やがて蜘蛛の巣に捕らえられた獲物のように衰弱していく。


モラハラを訴える人に対して、「被害妄想では?」とか「ひどいことをされるのは、必ずされる側にも原因がある。結局、夫婦の問題はどっちもどっち」などという人もいる。しかし、それは、あくまでも対等なパートナー関係にあって、話し合いやけんかができる状態にあるからこそ言えることだ。一方が相手を支配して、自分の思い通りにしようとするモラハラがあると、対等な関係性は結べない。「モラハラを訴える前に、双方で話し合いをすべき」という声を耳にすることもあるが、そもそも話し合いができないからモラハラなのだ。


■精神的な暴力で相手を心理的に破壊する


「モラル・ハラスメント」の提唱者として知られる精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌは、著書『モラル・ハラスメント』(紀伊國屋書店)の中で、「人間関係のなかにはお互いに刺激を与える良い関係もあれば、モラル・ハラスメント(精神的な暴力)を通じて、ある人間が別の人間を深く傷つけ、心理的に破壊してしまうような恐ろしい関係もある。精神的に痛めつけることによって、相手を精神病に導いたり、自殺に追いこんだりすることは決して難しいことではない」と説いている。


「モラハラ」という言葉は、夫婦げんかの場面などで「その言葉はモラハラよ!」と、気軽に使われることもあるようだ。確かに、人を傷つけるような言葉を発するのも問題ではあるが、DVの一種であるモラハラの本質的な意味は、ピンポイントの言動を指すのではなく、支配的なパートナーの態度に恐怖を感じ、萎縮して言い返せない状態に追い込まれていく状態、関係性のことなのだ。


夫をワインボトルで殴る妻などもいるが、女性が加害者の場合、暴力の種類で言えば、圧倒的にモラハラが多い。なかには妻からの度重なるモラハラに耐えられなくなった被害男性が、身体的暴力の加害者に転じるケースもある。


■外では常識ある人物が家庭では豹変


DVが顕在化されにくい理由の一つに、家庭という密室で行われるということがある。扉の向こうが無法地帯になっていても、他人には知る由もない。


もうひとつは、加害者は往々にして、家庭の外では常識のある人物と見られていることが多いことがある。気さくにジョークを飛ばすような魅力的な人であったり、リーダーシップがあって人格者として慕われたりすることもあり、社会に適応した生活をしている。暴力が向かうのはほとんどパートナー(場合によっては子どもも)で、家族だけがおかしいと感じている。


イルゴイエンヌによれば、モラハラ加害者とは、「きわめて自己愛的な人々」だという。


「自己愛的な人間にとって、自分に力があることを確認するには何も言わずにそれを認めてくれる人間が必要なのだ。そのためにも相手を自分に隷属させ、さらに言えば相手を〈所有〉する関係をつくろうとする。そのやり方は巧妙で、特に最初のうちは言葉以外の態度や行動で相手の言動をそれとなく非難し、自分の思いどおりに操ろうとする」と、著書の中で書いている。


■精神的暴力は後遺症を引きずる


「私から見れば、身体的暴力の被害はまだわかりやすくて、予後がいい」と、DV被害者支援団体「Saya-Saya」共同代表理事の松本和子さんは語る。


DV被害者支援団体「Saya-Saya」共同代表理事の松本和子さん(撮影=林美保子)

「でも、いろいろなことをコントロールされていた人は自分に何が起きているのかがわからないから、頭の中が混乱して予後が悪いのです。自尊心を取り戻して、自分の人生を生き直すまでに相当時間がかかる人もいます」


長期間のモラハラによる心の傷は、加害者から離れた後も、複雑性PTSD(複雑性心的外傷後ストレス障害。慢性的に繰り返されるトラウマ体験によって引き起こされる症状)などの深刻な後遺症を引き起こす。対人恐怖症になったり、加害者に似た背格好の人を見たり大声や怒鳴り声を聞いたりしただけでフラッシュバックを起こしたり、加害者に追いかけられる悪夢を見たりして、なかなか過去を断ち切ることができない。


前述のA子さんは離婚後、複雑性PTSDを患い、説教されたことを思い出すだけでも過呼吸になったり、吐き気をもよおしたりすることがあるという。


私の母も20年間のDV生活の爪痕は深く、うつ病や被害妄想、身体化障害(体の異常が認められないのに、痛みや不調などの自覚症状がある)など、晩年まで心も体も不安定な状態が続いた。


こうして、加害者が放った毒は被害者の心に浸潤していくのだ。


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林 美保子(はやし・みほこ)
ジャーナリスト
北海道出身。青山学院大学卒。DV・高齢者などの社会問題に取り組む。2013年より日刊ゲンダイ「語り部の経営者たち」を随時執筆。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト新書)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)などがある。
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(ジャーナリスト 林 美保子)

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