カリスマ性がなくてもマネジメントはできる…知らないと損する「システム開発の世界で有名な手法」の名前
2025年2月27日(木)17時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VioletaStoimenova
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■気合いと根性の「昭和マネジメント」は通用しない
もはや、昭和の時代の気合いと根性と飲みニケーションによるマネジメントを実践している人は絶滅危惧種だと思われるが、それに代わるマネジメント手法が社会に定着しているとも思えない。
もっとも、昭和の時代でさえ、気合いと根性と飲みニケーションによるマネジメントは、営業部門を中心に人事や労務などでは見られたが、製造や製品開発などいわゆる技術系職種では、それほど見られたわけではなかった。
それは、昭和の時代では、営業などの事務系職種の多くが、時間さえかければ一定の成果を上げられた、という時代背景がある。一方、技術職などでは一定の知識スキルや資格が必要であり、時間をかければ誰でも一定の成果を上げられるというわけではなかった。
現在では、営業といっても市場分析や顧客提案など、知識やスキル、経験が必要なことも多く、気合いと根性と飲みニケーションで成果を上げられるとは限らなくなっている。
では、気合いと根性と飲みニケーションに変わるマネジメント手法の一般解が定着したかというとそうでもないようだ。
■システム開発の領域で確立されている「マネジメント手法」
一般的には、ほとんど知られていないと思われるが、システム開発の領域では、プロジェクトマネジメントが体系的に整理されている。
それは、PMBOK(Project Management Body of Knowledge、「ピンボック」と読む)と言われるもので、米国プロジェクトマネジメント学会のホワイトペーパーとして1987年に発表され、書籍としては1996年に出版された。
その後、2017年の第6版まで改訂が進められ、2021年には第7版が発表された。
プロジェクトマネジメントの資格には、情報処理推進機構(IPA)が実施している情報処理技術者のなかにプロジェクトマネージャ試験があり、合格率は累計で12%程度と難易度が高いが、累計受験者数は40万人以上、累計の合格者数は約3万人となっている。
大手のSIerでは、プロジェクトマネージャのようなIPAの高度資格を保有していることは当たり前になっており、例えば少し古いが野村総合研究所(NRI)の統合レポート2016では、NRI単体従業員5979名の約12%にあたる743名がプロジェクトマネージャの資格を保有している。
また、米国のProject Management Institute, Inc(PMI)という団体が運営しているPMP(Project Management Professional)資格は、全世界で約150万人、日本でも約4.6万人が保有しており、システム開発の分野では資格として確立している。
■日常の仕事にも適用できるPMBOK
システム開発におけるPMBOKには2017年に発表された第6版と2021年に発表された第7版があり、その内容は大きく違うが、システム開発以外にも適用できるような汎用性がある。
PMBOK第6版は、5つのプロセス群と10の知識エリアで整理されている。
■5つのプロセス群
①立ち上げ
②計画
③実行
④監視・コントロール
⑤終結
プロジェクトは、立ち上げられて、計画され、実行される。計画や実行段階では一定の監視やコントロールが行われて、所定の成果が得られればプロジェクトは終結する。
システム開発のようなプロジェクトでなくても、日常の仕事にもPMBOKは適用できる。
例えば、経理のようなルーチン業務の多い仕事であっても、仕事がずっと継続しているため「立ち上げ」と「終結」がないだけで、日々、「計画」「実行」「監視・コントロール」のプロセスが動いている。
■10の知識エリア
①統合管理
②スコープ(作業範囲)管理
③スケジュール管理
④コスト管理
⑤品質管理
⑥資源(ヒト・モノ・設備)管理
⑦コミュニケーション(会議や連絡方法など)管理
⑧リスク管理
⑨調達管理
⑩ステークホルダー管理
10の知識エリアの項目を見ると、一見普通の項目が並んでいるように見える。それはその通りで、仕事のマネジメントに関する共通項をまとめたものがPMBOKだからだ。
しかし、こうした項目を意識しながら仕事を進めていることは意外と少ない。
これらの5つのプロセスと10の知識エリアをマトリックスにすると図表1のようになる。
図表=筆者作成
本項では、PMBOK第6版の詳細はこれ以上説明しないが、仕事を立ち上げ→計画→実行→監視・コントロール→終結というプロセスで捉え、スコープ管理、スケジュール管理、コスト管理、品質管理、コミュニケーション管理、リスク管理などプロセスごとにやるべきことが明確になっている枠組みは、非常に良く整理されているので、是非勉強して、出来るところから実践してみてほしい。
■人材のギャップを埋めるために生まれた「日本独自の知識体系」
PMBOK第6版はシステム開発だけではなく、一般的なプロジェクトマネジメントにも十分適用可能だが、システム開発に関しては、日本独自の知識体系として「共通フレーム2013」というものがある。
日本ではシステムを発注するユーザー企業にはIT技術者があまりおらず、システム開発を受注するSIerに技術者が偏在している。
この人材のギャップはそのままコミュニケーションのギャップとなって、システム開発の阻害要因となっているため、「関係する人々が『同じ言葉で話す』ことができるようにするため」に、IPAが日本独自の作法としてとりまとめたものだ。
■システム開発以外の場面でも応用できる
詳細は割愛するが、共通フレームで最も大切なのは、以下の3点だろう。
1点目は「多段階の見積もり方式」という部分だ。一定規模以上のシステム開発では、計画時点で1回だけ見積もりを取って発注することは、発注側・受注側双方にリスクがある。
そのため、計画段階で1回目の見積もりを行い、それは概算見積もりまたは仮試算として、計画、要件定義とプロセスが進んでいくなかで、複数回の見積もりを行い、設計に入る段階で金額を確定させる、というやり方だ。
こうしたやり方は、システム開発だけではなく、計画時点では全体像がはっきりしていないことが多い広告宣伝やマーケティング、製品開発といった様々な場面にも応用できる。
2点目は、「超上流工程での準委任契約の採用を」という部分だ。ユーザー企業は既にシステムの仕様検討すらできない状況が多いので、受注企業にとっては何をどう見積もればいいかがわからない場合がある。こうした不明確さは発注側、受注側双方にとって、本当に実現できるかどうか分からない、コストが当初見積もりよりも大きく上回るといったリスクに繋がるため、その超上流工程については、システム開発本体とは別に準委任契約で発注しましょう、ということだ。
こうした専門性の高い業務を、準委任契約で外部委託することは、システム開発の分野以外でももっと広がっても良いはずだ。
3点目は、「要件の合意及び変更ルールの事前確立」だ。もめているシステム開発では、そもそものシステム開発の要件で合意していたかどうか、変更した部分をどう扱うかが争われることが多く、それをあらかじめルールにしておきましょう、ということだ。
契約内容でもめるのはシステム開発だけではないため、一般的な仕事でも記録を残しておくメリットは大きい。
このように、システム開発以外にも応用できることは多い。
写真=iStock.com/SARINYAPINNGAM
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■システム開発ではプロフェッショナルの集団を前提としている
マネジメント経験の長い人はもう気づいていると思うが、ここまで説明してきたPMBOK第6版も共通フレーム2013も、実は人に対する視点があまりない。
システム開発の世界では、一定の知識・スキルを持っている人がプロジェクトに参加していることが前提となっており、それぞれの仕事は指示をすれば必ずできるし、何のためにその仕事をやるのかという説明も基本的にはいらない。
システム開発の領域でのプロジェクトは、プロフェッショナルの集団を前提としているわけだ。
■人に視点を当てたPMBOK第7版
しかし、一般の組織は、プロフェッショナルなメンバーだけで構成されているとは限らない。また、スタートアップ企業やイノベーションを追求する組織の場合には、決められた手順でプロジェクトを進めていくことが適切とは限らない場合も多い。
そうした背景もあり、PMBOKの第7版では人に対する視点が組み込まれている。
PMBOK第6版では、5つのプロセス群と10の知識エリアで構成されていたものが、第7版では、12の原理・原則と8つのパフォーマンス領域で構成されている(※用語については、鈴木安而(2018)『図解入門よくわかる最新PMBOK第6版の基本』から引用している)。
本稿では第7版の詳細については割愛するが、12の原理・原則とは、
①勤勉で敬意を払い面倒見のよいスチュワードであること
②協働的なプロジェクトチーム環境を構築すること
③ステークホルダーと効果的に関わること
④価値に焦点を当てること
⑤システムの相互作用を認識し、評価し、対応すること
⑥リーダーシップを示すこと
⑦状況にもとづいてテーラシングすること
⑧プロセスと成果物に品質を組み込むこと
⑨複雑さに対処すること
⑩リスク対応を最適化すること
⑪適応力と回復力を持つこと
⑫想定した将来の状態を達成するために返還できるようにすること
8つのパフォーマンス領域とは、
①ステークホルダー
②チーム
③開発アプローチとライフサイクル
④計画
⑤プロジェクト作業
⑥デリバリー
⑦測定
⑧不確かさ
である。
■マネジメントは「学べる」
しかし、第7版では、12の原則をどうやれば実現できるかについて明確な説明はない。
例えば、「原則⑥リーダーシップを示すこと」についても、「権威や階級による指揮命令型」ではなく、「適応型、支援型、影響力を与えるリーダーシップ」と書かれているものの、どうすればそうしたリーダーシップが発揮できるようになるかは書かれていない。
こうした人に関するマネジメントにも、古典的なテイラーの科学的管理法や、人的資源管理、タレントマネジメント論など、一定の理論がある。それは本稿では割愛するが、マネジメントは学べる、という点は強調しておきたい。
生得的に足が速い人や、生得的に数学が好きな人がいるように、生得的にカリスマ的なリーダーシップを持っている人もいる。
それでも、マネジメントは一般的なものであり、世界を変えるようなリーダーシップがなくても、いくつになっても学び実践することができるのだ。
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宗 健(そう・たけし)
麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
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(麗澤大学工学部教授 宗 健)