新NISAよりもiDeCoよりも効果的…氷河期世代の「国民年金しかもらえない問題」に備えられる有望な制度
2025年2月28日(金)8時15分 プレジデント社
出典=内閣府男女共同参画局「年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移」
■日本が「一億総非正規雇用社会」になる日
前回は、年金制度改正法で懸念される、非正規雇用の増加について述べました。高所得者の厚生年金保険料の引き上げやパート社員の厚生年金拡大によって、将来的に日本は「一億総非正規雇用社会」になってしまうのではないか、という懸念です。
総務省の「労働力調査」によると、2023年の非正規雇用者数は2124万人で、全雇用者に占める割合は37.0%にのぼります。このうち、男性の非正規雇用者数は680万人前後、女性の非正規雇用者数は1440万人前後と推定されます。(*1)。
出典=内閣府男女共同参画局「年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移」
非正規雇用者とは、企業の直接雇用である契約社員、パートタイマー、アルバイトと、間接雇用である派遣社員です。他方で、企業が業務の一部を外部の個人(フリーランス)に委託する業務委託契約がありますが、雇用契約ではないので、企業に社会保険料の負担は生じません。ちなみに2021年時点で、日本のフリーランス人口は約1577万人で、全労働者の約22.8%を占めています(*2)。こうした労働形態の多様化は、「同一労働同一賃金」の理念からは残念ながら程遠く、いわゆる「氷河期世代」はこの流れの最大の被害者でもあります。
厚生労働省の調査によれば、2019年時点で35〜44歳の約1637万人の氷河期世代において、正規雇用者は約5割強しか見受けられませんでした(*3)。
*1 第1節 就業をめぐる状況 内閣府男女共同参画局
*2 フリーランス人口の割合は? 増加理由や今後の展望・日本の状況を解説
*3 図表1-3-27 就職氷河期世代の中心層となる35〜44歳(1,637万人)の雇用形態等の内訳(2019年)|令和2年版厚生労働白書−令和時代の社会保障と働き方を考える−|厚生労働省
■氷河期世代の年金2040年問題
氷河期世代とは、1990年代半ばから2000年代前半の就職氷河期に社会人になった人たちです。主に1970年から1985年頃に生まれた男女が該当し、不況の影響で正社員としての就職が難しく、非正規雇用や不安定な職に就かざるを得なかった人が多くいます。正社員に比べて給与が低く、昇給や退職金も十分ではありません。
しかも現役時代ばかりでなく、年金生活においても“被害”は続きます。氷河期世代の多くは非正規雇用で働いているため、厚生年金の加入期間が短いか、国民年金のみの加入となっています。要するに、老後を国民年金のみに頼る生活になるということです。
現在、国民年金の満額受給額は約6万5000円(掛金の上限は月額6万8000円)ですが、これは生活保護の最低生活費(約13万円/ただし地域や世帯人員などによって異なる)を大きく下回ります。そのため、生活費を賄うことがかなり難しくなる可能性があります。たとえ厚生年金に加入していても、現役時代の平均給与が高くないため、結果的に年金額が少なくなり、生活が厳しくなる可能性は否めません。
■老後破産を社会保障で防ぐには
よって、この世代が高齢化する2040〜2050年頃には、生活保護受給者がさらに増加すると考えられています。シニアの再就職は厳しくますます非正規雇用が中心となるうえ、医療費や介護費、さらには親世代の他界による住居費や生活費の負担がこの世代にのしかかるからです。
いうまでもなく、こうした生活保護費の増加は、国にとってさらなる財政負担となります。「老後破産」といった問題が一般化し深刻化するのは、こうした現状からも明らかなのです。
そこで前回に続き、海外の政策を参考の一つとして挙げたいと思います。フランスの「積極的連帯収入(Revenu de Solidarité Active, RSA)」制度です。
このRSAは、フランスで低所得者や無収入の人々を支援するための社会保障制度として2009年に導入され、以前の「最低所得補償(Revenu Minimum d'Insertion, RMI)」に代わる形で実施されています。
■日本にも循環型のセーフティネットを
RSAをひと言で言えば、「最低限の保障を受けながら働く」仕組みです。
25歳以上(一定の就労実績がある場合は18歳以上)の低所得者に月額約10万円(約607.75ユーロ/単身者の基準額)が支給され、受給者に収入がある場合はそれに応じて給付額が調整される。そして収入が一定額を超えるとRSAの受給資格を失う仕組みになっています。
しかも近年では、一部のRSA受給者に毎週15〜20時間の活動(職業訓練・ボランティア・求職活動など)を行うことが義務化されました。調査によれば、受給者の42%の人がその後仕事に復帰したそうです(*4)。つまり、「保障を受けながら働ける」循環型の仕組みであるからこそ、真のセーフティネットだといえるのです。
こうした循環型セーフティネットを日本につくること。それが、非正規雇用者やフリーランスの人々が年金生活を迎える2040年問題への一手にもなるのではないでしょうか。
*4 フランス生活保護(RSA)の改革 2025年から週15時間の労働義務化へ 各国の制度比較
写真=時事通信フォト
就職氷河期世代を対象にした国家公務員の中途採用試験会場で、受付開始を待つ受験生ら=2020年11月29日、東京都武蔵野市 - 写真=時事通信フォト
■副業で中小企業向けの共済制度を利用
雇用保険制度においても、非正規雇用者が利用できる保障があります。雇用保険に加入していれば、失業時には「失業手当(基本手当)」を一定期間受け取れるほか、資格取得や教育訓練を受ける際に「教育訓練給付制度」により費用の一部を受給できます。これはおおいに活用したい制度の一つです。
中小企業向けの共済制度も、非正規労働者やフリーランスにとって利用可能な選択肢です。とくに「小規模企業共済」は、個人事業主や小規模企業の経営者に限らず、副業として事業を行う非正規雇用者も対象になる場合があり、退職時や事業を廃止する際に共済金を受け取れます。
簡単に説明しますと、小規模企業共済とは、中小機構が運営する「積み立てによる退職金制度」です。中小機構とは、国が全額出資している独立行政法人「中小企業基盤整備機構」のこと。掛金は全額「小規模企業共済等掛金控除」として所得控除されるため、課税所得を減らし、所得税や住民税の負担を軽減できます。
写真=iStock.com/Seiya Tabuchi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Seiya Tabuchi
■「小規模企業共済」や「中退共」を活用する
そのうえ受け取り時に「退職所得控除」(一括受取の場合)、または「公的年金等控除」(分割受取の場合)が適用されるため、節税効果が高い。しかも、低金利の貸付制度も利用できます。解約せずに、掛金の範囲内で共済貸付制度を受けられるのです。
国が用意しているNISAやiDeCo(イデコ)もよいですが、お金に働いてもらうには限界があります。元本割れリスクもある。そういう意味で、元本割れリスクの極めて少ない小規模企業共済の恩恵を受けることを選択肢の一つにするのは良策でしょう。
また、「中小企業退職金共済(中退共)」は、一定の条件を満たせば非正規労働者でも加入でき、退職時に退職金を受け取れる制度です(*5)。これにより、正規雇用者と同様に退職後の生活を支える資金を確保できます。「小規模企業共済」や「中退共」は、事業や副業を行う非正規雇用者にとっては大きなメリットになりますので、ぜひ念頭においてください。
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崔 真淑(さい・ますみ)
エコノミスト
2008年に神戸大学経済学部(計量経済学専攻)を卒業。2016年に一橋大学大学院にてMBA in Financeを取得。一橋大学大学院博士後期課程在籍中。研究分野はコーポレートファイナンス。新卒後は、大和証券SMBC金融証券研究所(現:大和証券)でアナリストとして資本市場分析に携わる。債券トレーダーを経験したのち、2012年に独立。著書に『投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本』(大和書房)などがある。
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(エコノミスト 崔 真淑 構成=池田純子)