「ふーん」の生返事は脳がサボっている証拠…認知症を遠ざけられる人が「興味のない話」を聴いたときにすること
2025年3月5日(水)7時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo
※本稿は、大武美保子『脳が長持ちする会話』(ウェッジ)の一部を再編集したものです。
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■認知機能が低下すると「聴く」力が弱くなる
脳が長持ちする会話とは、相手から見える世界を想像する会話です。同じものを見ていても、見え方は人によって異なります。一人ひとりのものの見方というメガネを交換し合うことで、一人ひとり見えているものが違うことに気づけます。そのときに欠かせないのが「聴く」ことです。聴くことを通じて、自分とは異なるものの見方や考え方を、自分自身の新しい視点として取り入れることができます。
そもそも人の話を「聴く」には、脳の複雑な処理が必要になります。人の話は、自分の思考回路とは違う、相手の思考回路が生み出したものです。自分になじみのない言葉、よく知らないできごとや状況を想像しながら、自分の思考回路とは違う文脈で語られる情報を耳から聴いた順番に処理していかなくてはいけません。
自分の話をするのであれば、自分が知っていることを自分の思考回路に任せて話せば良いのですが、人の話を聴く場合は、むしろ自分が話すよりも自分の頭を使います。好きなようにしゃべるのに比べると、脳の負担には雲泥の差があるのです。
認知機能が落ちてくると、人の話を聴いて処理する能力も低下します。ですから、「聴いていない」「聴いていたようだけど、きちんとわかっていなかった」ということが起こりやすくなります。
■本当に聴けていれば脳波が動く
聴く力に関する一般的な研究手法に、聴かせる音源に関係ない音を混ぜるという方法が知られています。たとえば、有名な昔話の朗読を聞いてもらい、脳波を調べるのですが、昔話の中にそのお話ではありえないことがらをしのばせておきます。そのありえない箇所を聴いたとき、おかしいと感じたときに出る脳波が出れば、その人はきちんと聴いているということになります。「ふむふむ」と聴いているそぶりを見せていても、脳波に変化が見られなかったら、その人は聴いていないということがあぶり出せます。
ただ、このように実験で脳波を計測しなくても、しっかり聴けているかどうかを調べることはできます。相手がおそらく聴いたことがないと思われる単語や知らないであろう事象を話の中に混ぜておき、相手が「ふむふむ」というそぶりを見せるだけで何も反応を示さなかった場合、あまり聴いていないか、聴いているけれど質問を躊躇しているかのどちらかだろうと推測できます。
■相手が「聴いていないな」と感じたら…
こちらが話し手で「聴いていないな」と感じたときは、相手が質問しやすい空気を作って促したり、本当は聴き取ってほしかった言葉や事象についての補足をしたりすれば、しっかり聴いてもらうことができます。そんなふうに会話の相手が気遣ってくれているから、自分も「聴けている」可能性があるかもしれないことを知っておくと、聴き方が変わるでしょう。
特に家族との日常会話でありがちなのが、どちらかが話しかけても、もう一方は話を聴くモードになっておらず、聴いていないというシチュエーションです。特に家事や食事など、会話以外のことをしながら会話をするときに、話す側は相手が聴けているか確かめながら話し、聴く側も、いったん手を止めるなどして聴く構えを作る工夫が有効です。
■人の話をよく聴ける人は「吸収する姿勢」が強い
共想法を通して高齢者と接していると、人の話をよく聴ける方には、何かを吸収しようという姿勢が強いように感じます。仕事の話だから重要で、日常会話だから神経を使わなくても良いということではなく、場面によらずどんなときでも、人との交流やその場の空気を楽しみ、自分に取り込んでいくことが、人として成長し続けていくことにつながるのだと思います。
聴く力を養うには、「聴く6」:「話す4」の割合を意識してみることをおすすめします。
誰かと話しているとき、頭の中で考えていることの多くは「次は何を話そう」であることがほとんどです。相手の話に反応する形で、自分が話せることを探しているのです(図表1)。
図表=『脳が長持ちする会話』
自分が意識的に「聴こう」と思わなければ、脳は聴こうとしません。脳が「これは見ない」と決めたら、その情報は全く入ってこないようにできているのですから、聴くか聴かないかも同じです。物理的に音が耳に届いていても、聴けてはいないのです。
どのようにして6:4にするかですが、そこで大活躍するのが質問です。頭の中で次に自分が話すことを考える割合を、相手への質問を練る割合に変えていくことで、「聴く」ことに集中できるようになります。次に自分が話すターンが来たときも、自分が投げかけた質問によって、さらに話を「聴ける」という好循環が生まれます。
・他人の思考回路や文脈で語られる話を「聴く」には、認知機能が必要
・「聴いている」ようだけど、本当は「聴けていない」ことを、周囲はわかっている可能性が高い
・「聴く6」:「話す4」の割合にするカギは質問
■「ふーん」は脳がシャットアウトしている
日常会話はいつも共通の関心事や話題で成り立つわけではなく、自分が全く関心のないテーマや好まないことがらが話題になることもあります。
興味がない分野の話題になったとき、「ふーん」と相槌を打てば相手の話を聴いているように見えますが、脳はほとんど活動していません。これは、無反応というよりも「跳ね返し」の作用で、脳が「NO!」とシャットアウトしている状態です。
脳が跳ね返してしまうと、話を聴き続けることは難しくなります。その状態で会話を続けようとすると、脳はラクなほうへ働こうとします。相手が提案している話題に関係なく、自分が好きな別の話題や得意ネタへスイッチしようとするのです。エネルギーの谷に引き込まれていくわけですね。
共想法の場合は、人の話を聴く時間がプログラムされていますから話をさえぎることはできないのですが、観察していると、話題に関心がない人は傍目にもすぐにわかります。
話し手を見ていないことが多く、うなずきなど共感の仕草も少なめです。実際、共想法実践後のアンケートには「関心がない話題だと聴く気が起こらない」という声がよくあり、本音をうかがい知ることできます。
興味がない話題をシャットアウトせず、嫌々聴き続けなければ脳の機能を保てないのかといえば、そんなことはありません。しかし、脳にストレスがかかるこういうシチュエーションでのひと工夫が、後々良い効果をもたらします。
■先入観からゴルフの話を「跳ね返して」いた
私の例で言えば、以前はゴルフに対してアレルギーがありました。
バブル期に日本中で山が切り拓かれて次々とゴルフ場が作られ、森林で覆われていた山がまだらにはげてしまいました。その後使われなくなっても、一度切り拓いた山は元には戻りません。自然破壊もはなはだしい。そんなゴルフ場は、おじさんたちが日曜日に家族を置き去りにして、接待してきた場所、といった非常に悪いイメージしか持っていませんでした。
ところが、ある男性から「接待ゴルフだとしても、ゴルフという競技自体が面白いんです」という話を聴いて、はっとしました。
その人曰く、「まず、インチキができません」と。芝にボールがあり、自分がいて、風が吹くタイミングもある。うまくいくもいかないも自分次第で、真剣勝負をする限りにおいては、ゴルフは自分との勝負。「そういうところが面白くて、もはや接待する必要もないのだけれど、今でも続けています」と話してくださいました。
写真=iStock.com/BrankoBG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrankoBG
その話を聴いて、ゴルフの社会的背景は気にくわないけれども、競技として面白いものであるということはよくわかりました。要するに、私が苦手だったのはゴルフという競技そのものではなかったのに、先入観からゴルフの話をされると「跳ね返して」いました。それは私の思考回路がそうなっていたからです。
■興味がない話でも思考のレパートリーを増やすチャンスに
しかし、興味がない話でも耳を傾けてみると、他人の思考回路を少なくともシミュレーションレベルで一回は体感できます。それは、自分の思考回路とは違う回路を使えるということです。
大武美保子『脳が長持ちする会話』(ウェッジ)
私が自分からゴルフに行くことはないかもしれませんが、誘われて参加できる機会があれば、「挑戦してみてもいいかも」という程度には興味を持つことができました。
思考回路が変われば、ものごとの面白がり方の引き出しが増えます。苦手な話や興味のない話を振られたときは、「自分は興味がないけど、興味がある人はどんな点を魅力に感じるのだろう?」「自分が好きでないことを好きな人は、どんなふうにそれを楽しんでいるのだろう?」と、相手の思考回路をシミュレーションするつもりで聴くと思考のレパートリーが増えます。
冷静にコミュニケーションを取ろうとしても、のっけからケンカ腰だったり、アグレッシブでかみついたりすることが多い人は、自分の苦手や嫌いなものを最初から切り捨てていることになります。それが習慣になると、思考のレパートリーが増えないだけでなく、結局、語彙も増えません。語彙が豊かな人は、話の内容に関する食わず嫌いをしないことが大きく貢献しているのかもしれません。
会話中に「今跳ね返したかもしれない」と気づけたら、脳を活用する習慣を身につけるチャンスです。
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大武 美保子(おおたけ・みほこ)
理化学研究所ロボット工学博士、認知症予防研究者
理化学研究所 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ 認知行動支援技術チーム チームリーダー。東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院特任助手、助教授、准教授などを経て現職。祖母の認知症をきっかけに、会話支援AIによる認知行動支援技術の開発に従事。会話訓練法として編み出した「共想法」と会話支援ロボット「ぼのちゃん」を活用した認知症予防支援にも取り組む。
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(理化学研究所ロボット工学博士、認知症予防研究者 大武 美保子)