心霊現象でも悪魔の仕業でもない…"正体"が分かれば怖くなくなる「金縛り」と「悪夢」のメカニズム

2025年3月5日(水)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pocketlight

なぜ人間は夢を見るのか。筑波大学の櫻井武教授は「とくにレム睡眠中、脳は活発に活動しており、記憶として蓄積されている情報を視覚イメージとして再構成している。そのため、脳の処理能力が落ちるノンレム睡眠中とは、夢の内容が大きく異なる」という——。

※本稿は、櫻井武『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。(第2回/全2回)


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■夢は脳が勝手につくりだした「幻覚」


江戸時代、「一富士二鷹三茄子」を初夢に見ると縁起がいいといわれた。また、悪い夢を見たときに、「夢は逆夢(さかゆめ)」と縁起直しをしたという。いにしえから人は、夢に何かしらの意味を見い出そうとしてきた。


しかし、それこそ夢を壊して申し訳ないが、夢は脳が勝手につくりだしている幻覚の一種だ。多くの研究者は「夢に意味や目的はない」と考えている。


私たちは寝ている間、深いノンレム睡眠のとき以外には、夢を見ていることが多い。よく、夢を見るのはレム睡眠のとき、というが、じつは浅いノンレム睡眠のときにも夢を見る。ただ、ノンレム睡眠時の夢はごくごく単純な視覚的イメージであることが多い。


それは、はしごから落ちるとか、寝る前にやったゲームの映像などで、複雑なストーリーや感情をともなうことはない。


■幸せな夢や悪夢はレム睡眠中に見る


一方、レム睡眠中に見る夢はドラマチックだ。登場人物も時系列もめちゃくちゃで奇妙な夢が多く、感情をともなうストーリーがある。不安や心配、恐怖に襲われる悪夢を見ることもあれば、ものすごくハッピーな夢を見ることもある。


出所=『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜

レム睡眠中の脳は覚醒のときと同じ、もしくはそれ以上、活発に活動中だ。とくに前頭前野以外の大脳皮質の活動が盛んで、情動をつかさどる大脳辺縁系に属する海馬や扁桃体も動いている。


レム睡眠時の夢が感情をともなうのは、扁桃体を含めた大脳辺縁系の活動と関係していると考えられる。ときに、恐怖や不安をともなう悪夢を見るのは、扁桃体が情動の中でもとくにネガティブな感情の処理に関係しているからだ。


レム睡眠中は呼吸や心拍が変動する。夢の中のストーリーに感情が動くことにともない、自律神経系が働いて呼吸や心拍に影響を与えるのだと考えられる。


■「過去に見たもの」が材料になっている


一般的にヒトの夢は視覚的で、ほかの感覚を認知することは少ない。「いや、触覚やにおいなど感覚のある夢を見る」という人もいるだろう。それは、それらをつかさどる各中枢の活動が意識にあがってきていたと考えられる。


また、鮮やかで色彩豊かな夢を見るのは、視覚情報を脳内で構築する視野連合野(高次視覚野)が活動していることに関係する可能性がある。


私たちは目から入ってきた視覚情報を脳で処理して、映像のイメージを描いている。一次視覚野は左右の眼球から入ってきた、色や明るさ、コントラスト、傾きなどの情報をバラバラに分解している。一次視覚野がそうしてデジタル処理した情報は視覚連合野で再構成され、像として認識される。


写真=iStock.com/Dragon Claws
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レム睡眠時、一次視覚野の活動が停止している一方で、視覚連合野の活動は盛んだ。つまり、リアルな世界から供給された視覚情報の材料ではなく、脳内に記憶として蓄積されている情報を視覚イメージとして構成していると考えられる。


■「脳の司令塔」を通さないので破茶滅茶


また、レム睡眠時の夢は奇想天外で荒唐無稽なストーリーが多い。歴史上の人物や会ったこともない著名人が登場したり、幼少期の設定なのに会社の同僚が出てきたり。そんな破茶滅茶な夢を見るのは、覚醒時に比べ、前頭前野の活動が低下しているからだと考えられる。


「前頭前野」はありとあらゆる情報の統合・整理を担っている。その働きが落ちているため、論理的におかしな物語だとしてもチェックされず、夢として出現するのだ。


レム睡眠時、脳は活動しているので、ノイズ的なビジュアルイメージが立ち上がり不可思議な物語を見る。ランダムにさまざまなイメージが出てきているだけで、ストーリーにも、一個一個のイメージにもたいした意味はない。


そして、たまたまレム睡眠中に目が覚めてしまったり、レム睡眠直後に起きてしまったりすると、おぼろげながらその記憶が残っていて「夢」として認知される。夢はあくまで幻覚であって、「リアル」ではないから、本来なら覚えておく必要がない。


むしろ、夢を鮮明に覚えていたら現実と区別ができなくなり、リアルな社会で問題を生じる危険性もある。そのため、記憶システムをオフにすることで、覚えていられないようにしている。


■動きたくても動けない「金縛り」の正体


たまに、「一度目覚めても、夢の続きを見ることができる」という人がいる。それは、レム睡眠のときに前頭前野や海馬の機能が覚醒とまではいかないものの、多少は活動しているからだ。そういうときの夢は、自分で「これは夢だ」と理解していることが多い。


また、「まったく夢を見ない」という人がいるが、それは記憶に残っていないということ。残念がることはない。むしろそのほうが自然だ。そもそも、夢は覚えておくべきものではないのだから。


「金縛り」もレム睡眠中に起こる身近な現象の一つだ。金縛りは霊現象ではない。悪魔の仕業でもUFOの策略でもない。


レム睡眠中、脳から筋肉への指令はストップしていて、全身の筋肉は弛緩している。加えて、延髄から運動神経を抑制、麻痺させる信号が伝わっている。


そのため、レム睡眠中は体が動かない。たまたまレム睡眠中に目覚めてしまうと、「体を動かそうと思っても動かない自分」を認知することになる。それが「金縛り」の正体だ。


■夢のとおりに体が動いたら危ない


金縛りに恐怖がともなうのは、レム睡眠中と同様に大脳辺縁系が活動しており、また、思うように体を動かすことができないことに対する強烈な不安があるから。加えて、霊や超常現象的なものとのつながりが「知識」として刷り込まれているからだろう。


レム睡眠中は海馬や扁桃体が活発に動いている。扁桃体は感情の中でも恐怖や不安といったネガティブな感情にかかわる。レム睡眠中、恐怖をともなうような悪夢を見るのはそのためだし、金縛りに恐怖心がともなうのもおかしな話ではない。


では、なぜレム睡眠中に運動神経への出力が切れているのかというと、それは夢のストーリーに体が反応しないようにするためである。レム睡眠時、脳の命令が筋肉に伝わらないので夢の中での行動は現実に反映されない。けれど、もし、夢のとおりに体が動いていたら大変なことになる。


■夢と現実が区別できないのは病気


実際、夢に従って体が動いてしまう「レム睡眠行動障害」という病気がある。この病気はレム睡眠中にもかかわらず筋肉が脱力しない。先ほど、「ノンレム睡眠中は延髄から運動神経を抑制、麻痺させる信号が出ている」と説明したが、そのシステムが働かなくなってしまう病気だ。



櫻井武『睡眠と覚醒をあやつる脳のメカニズム〜快眠のためのヒント20〜』(扶桑社新書)

夢の中でのストーリーや行動に体が反応して動いてしまうのだが、それは、「ちょっと動く」というレベルでないことも多い。隣に寝ている人を殴ったり、立ち上がって歌ったり、たんすに向かってタックルしたり、ベッドを蹴り上げて足を骨折したりすることもある。


極端な例になるが、イギリスでは2008年に、レム睡眠行動障害が殺人事件につながった事例が報告されている。


50代の男性が若者と乱闘してヘッドロックをかける夢を見たそのとき……リアルの世界で隣に眠っていた妻に技をかけていたのだ。この男性は目覚めたときに、「どうやら、妻を殺してしまった」と自首をしたという。


レム睡眠行動障害の人がその症状を起こした直後に覚醒すると、行動と関連する夢を見ていることが多い。


夢と現実は明確に区別されるべきなのだ。


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櫻井 武(さくらい・たけし)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長
国際統合睡眠医科学研究機構副機構長。医学博士。研究テーマは「神経ペプチドの生理的役割」、とくに「覚醒や情動に関わる機能の解明」「新規生理活性ペプチドの検索」「睡眠・覚醒制御システムの機能的・構造的解明」。筑波大学大学院在学中に、血管収縮因子エンドセリンの受容体を単離。テキサス大学サウスウエスタンメディカルセンターに移り、柳沢正史教授とともに、ナルコレプシーの発症にかかわるオレキシンを発見。冬眠様状態を誘導するQニューロンを発見、マウスやラットに人工冬眠様状態を惹起することに成功。睡眠研究の第一人者。著書に『「こころ」はいかにして生まれるのか 最新脳科学で解き明かす「情動」』『睡眠の科学 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか 改訂新版』『SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか』(すべてブルーバックス)など。
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(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長 櫻井 武)

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