なぜ詐欺ではなく万引きなのか…コンビニで110円コーヒーを買って190円カフェラテを注ぐことの犯罪要件

2024年3月6日(水)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

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コンビニのセルフコーヒーで値段以上の商品を注ぐとどんな犯罪になるのか。『おとな六法』(クロスメディア・パブリッシング)の著書がある岡野武志弁護士は「相手はコーヒーマシンなので詐欺罪にはならない。この場合は窃盗罪、つまり万引きになる」という——。
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■コーヒーを量増しする行為は「万引き」になる


昨年12月、福岡県飯塚市のコンビニでレギュラーコーヒー(110円)を購入し、カフェラテ(190円)を注いだ50代女性が万引きした疑いで逮捕されたニュースが話題になりました。


また、今年1月には、兵庫県高砂市の市立中学の男性校長がコンビニのセルフコーヒーでレギュラーサイズ(110円)のカップにラージサイズ(180円)の分量を注ぎ入れる「量増し」による万引きを繰り返し、書類送検されて懲戒免職になったニュースも報じられました。


これらのニュースを耳にした方の中には


「なぜ、詐欺ではなく万引きになるのか?」
「ボタンを押し間違えてしまった場合も罪に問われてしまうのか?」
「数十円や数百円分の万引きで逮捕や免職されるのは行き過ぎではないか?」


といった疑問を持たれる方もおられるのではないでしょうか。


本記事では、上記のような疑問について、法的な観点から解説します。


■コーヒーマシンはコンビニが占有する財物


万引きというのは一般用語であり、法律上は窃盗罪の一種です。窃盗罪は刑法第235条で「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」と規定されています。


窃盗罪が成立するためには以下の4つの要件を満たす必要があります。


① 他人の占有する財物であること
② ①を窃取すること
③ 故意があること
④ 不法領得の意思があること


一つ一つの要件について詳しく解説していきましょう。


① 他人の占有する財物であること

「占有」とは、お金や品物を管理・支配している状態のことです。直接手に持っていたり身に着けたりしていなくても、お金や品物をコントロールできる状態ならば「占有している」とみなされます。


冒頭のニュースで検討すると、コンビニに設置されているコーヒーマシン内のコーヒーやカフェラテはコンビニが管理・支配しているので、①の要件を満たします。


■「レギュラーサイズ分を渡す意思」に反してはいけない


② ①を窃取すること

「窃取」とは、お金や品物を占有している人の意思に反して、その人が管理・支配することが難しい状態にし、かつ自分や第三者が占有する状態にすることをいいます。


冒頭のニュースで検討すると、コーヒーの占有者であるコンビニは、レギュラーサイズの分量のコーヒーを購入した人に渡す意思しか持っていません。


そのため、購入客がカフェラテやラージサイズの分量のコーヒーを注ぎ入れることは、コンビニ側の意思に反して(意思を超えて)コーヒーの管理・支配をすることが難しい状態にし、自分が占有する状態にしているといえるので、②の要件を満たします。


写真=iStock.com/gbrundin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gbrundin

■ボタンの押し間違いでは窃盗罪は成立しない


③ 故意があること

「故意」とは、犯罪行為であることを認識・認容しながら行為に及ぶことをいいます。


窃盗罪では、先述した「お金や品物を占有している人の意思に反して、その人が管理・支配することが難しい状態にし、かつ自分や第三者が占有する状態にすること」についての認識・認容が必要となります。


レギュラーコーヒーを購入したのに、ボタンを押し間違えてカフェラテやラージサイズの分量のコーヒーを注ぎ入れてしまった場合、その時点では故意がなく、窃盗罪は成立しません。


ただ、ボタンを押し間違えたあとの行動によっては、故意が生じたと判断される可能性があります。たとえば、ボタンを押し間違えてしまったことにすぐ気づいたものの、それでも構わないとそのまま持ち帰ってしまったような場合には、故意が生じたと判断されて窃盗罪になる可能性が高いでしょう。


また、店外に持ち出した後にボタンを押し間違えたことに気づいたものの、コンビニに報告しなかった場合には、窃盗罪ではなく刑法第254条の占有離脱物横領罪(罰則は1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料)が成立する可能性があります。


■自分が利用・処分する意思があるかどうかが重要


④ 不法領得の意思があること

「不法領得の意思」とは、権利者(今回のケースではコーヒーの占有の権利を持っているコンビニ)を排除し、他人の物を自分の所有物として、そのものの本来の使い方に従って利用又は処分する意思(最判昭和26年7月13日)のことをいいます。


判例では、窃盗罪の成立要件として、窃盗をした人が故意と不法領得の意思の両方を持っていることが必要とされています。これは、窃盗罪とお金や品物の一時使用や、窃盗罪よりも軽い毀棄・隠匿罪とを区別するためです。


冒頭のニュースで検討すると、カフェラテやラージサイズの分量のコーヒーを注ぎ入れる行為は、コンビニに返さずそのまま自分で飲んでしまおうと考えているのが通常と思われますので、その場合は④の要件を満たします。


■相手がコーヒーマシンなので詐欺罪は成立しない


冒頭のニュースを耳にした方の中には、コーヒーの「量増し」は窃盗罪(万引き)ではなく詐欺罪が成立するのではないかと思った方もいるかもしれません。


詐欺罪は刑法第246条で「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する」と規定されています。コーヒーマシンのような機械に対する詐欺的行為は、「人を欺く」行為ではないため、詐欺罪とはならないのです。


しかし、カフェラテやラージサイズの分量のコーヒーを注ぐ意図を隠してレギュラーサイズのカップを購入した場合は、店員さんを騙したことになるので、詐欺罪が成立する余地が出てきます。ただし、詐欺罪が成立するにも故意が必要なので、カップを購入する時点で騙す意図があったことをしっかりと立証する必要があるのです。


上記のような背景を踏まえると、冒頭のニュースでは詐欺罪ではなく窃盗罪(万引き)で逮捕・書類送検となったと考えられます。


■万引きで摘発される「ボーダーライン」


法律上は、たとえはじめての万引きや少額の万引きであっても摘発される可能性はあり、明確なボーダーラインというものは存在しません。


それを踏まえたうえで、これまでセルフコーヒー万引きで摘発された報道から摘発される傾向を検討すると、繰り返し犯行に及んでおり、コンビニ側や警察側からマークされていた場合が多いようです。


これは、単純にボタンを押し間違えてしまった人を誤って摘発しないようにすると同時に、常習犯が「ボタンを押し間違えてしまった」と弁解しても裁判などで認められにくくするためだと思われます。


写真=iStock.com/Andrey Rykov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrey Rykov

■少額の万引きでも重い処罰を受ける可能性がある


冒頭のニュースを耳にした方の中には、逮捕や免職処分は行き過ぎと感じた方もいるかもしれません。


たしかに、逮捕するには逃亡や罪証隠滅のおそれなどの「逮捕の必要性」が要件になります。また、公務員の懲戒処分については、主に免職、停職、減給、戒告の4種類があり、処分は行為の重さに見合ったものでなければなりません。その点からすれば、逮捕や免職処分は行き過ぎであるといえるケースもあるかとは思います。



岡野武志『おとな六法』(クロスメディア・パブリッシング)

それでも、たとえ少額の万引きであっても重い処罰を受ける可能性があるということは、しっかりと認識しておいた方がよいでしょう。


実際に、前科があったケースではありますが、10円硬貨1枚を盗んださい銭盗の事案で懲役1年の実刑判決が言い渡されている裁判例も存在します(大阪高判平成24年12月20日)。また、セルフコーヒーの量増しを指摘されて車で逃げた犯人が、追いかけてきたコンビニの店長にケガをさせたとして強盗殺人未遂で逮捕された事件もありました。


つい出来心を抱きそうになることがあるかもしれませんが、その出来心がその後の人生を大きく変えてしまうかもしれないということをしっかりと覚えておきましょう。


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岡野 武志(おかの・たけし)
弁護士、YouTuber
アトム法律事務所 代表弁護士。第二東京弁護士会所属。高卒フリーター生活10年を経て、司法試験に合格。アトム法律事務所を創業し、グループ全国12拠点の法律事務所に成長させる。その後、2019年から法律をテーマにした動画配信を開始し、YouTube国内ショート動画クリエイターランキング1位(2021年)、TikTok Creator Award教育部門最優秀賞を2年連続で受賞(2021年、2022年)。現在のYouTubeチャンネル登録者数は150万人(2023年9月時点)。著書に『人生逆転最強メソッド』(KADOKAWA)、『おとな六法』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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(弁護士、YouTuber 岡野 武志)

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