「ピロリ菌除菌」「塩分を控える」あと一つは…北里大教授が指摘「胃がんの発症を予防できる」意外な生活習慣

2025年3月7日(金)17時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kazuhiko Gushiken

胃がんはかつて、男女共に死亡率が最も高い主要がんだった。しかし近年では死亡率が下がり、男性は3位、女性は5位まで下がっている。北里大学医学部の比企直樹教授は「ピロリ菌の除菌や正確ながん検診によって、胃がんでは死なない時代が近づいている。さらに生活習慣を改めることで予防も可能だ」という——。

※本稿は、比企直樹『100年食べられる胃』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。


写真=iStock.com/Kazuhiko Gushiken
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■かつての国民病「胃がん」は予防時代へ


胃がんはかつて、罹患数、死亡率とも男女で第1位の主要がんの代表でした。しかし近年はだいぶ状況が変わってきています。


罹患数では、男性は前立腺がん、大腸がん、肺がんに次ぐ第4位。女性においても乳がん、大腸がん、肺がんに次ぐ第4位に後退しています。また死亡率についても、男性が肺がん、大腸がんに次いで第3位、女性は大腸がん、肺がん、膵臓がん、乳がんに次ぐ第5位にまで下がりました。


背景には、日本の胃がんの大半はピロリ菌感染が主要因だということがあります。そのため、現在では、胃カメラ(上部内視鏡検査)で慢性胃炎が見つかった胃がん予備軍の患者さんに対しては、ピロリ菌の除菌が保険でできるようになり、国民総除菌時代がはじまっています。


とはいえ、胃がんと新たに診断される人の数は、2019年の1年間で12万4319例(男性8万5325例、女性3万8994例)。2020年に胃がんで死亡した人の数は4万2319人(男性2万7771人、女性1万4548人)にものぼり、依然として大勢の人を苦しめている病気であることに変わりはありません。


■死なない時代へと向かう胃がん医療


ただ、それでも今後は、「胃がんは、除菌治療によって予防可能な時代になってきている」という事実を踏まえて、ピロリ菌の除菌や塩漬け及び塩蔵食品摂取を控える等の予防が進むことで、日本における5大がんに位置付けられている胃がんも、長期的に著しく減少していくものと思われます。


環境整備の向上によって、若年者のピロリ菌感染率も急激に低下しているので、それは決して遠い将来の話ではなくなってきています。さらに、がん検診では胃カメラの普及によって早期発見率が高まり、治療法もどんどん進化しています。これからは死亡率もどんどん低下し、胃がんでは死なない時代がやって来るのではないでしょうか。


がんの中には、予防可能なものがあり、その代表が胃がんです。


予防可能ながんの主なリスク要因には、能動喫煙、飲酒、感染、過体重、運動不足があるのですが、胃がんは、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ菌)の感染を防いだり、除菌したりすることで、発症をほぼ予防できることがわかっています。実際、衛生環境が改善されたことで、近年感染は劇的に減っています。


■胃がん予防は「たった3つ」で十分


同様に、感染を防ぐことで予防できるがんには、ヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんがあります。こちらは、10代でのワクチン接種によって予防できることから、ワクチン接種が普及している日本以外の先進国では劇的に減少しています。


胃がん予防で最も重要なのは、「ピロリ菌感染を防ぐ・除菌する」ことです。さらにあげるなら「タバコを吸わない」と「塩辛い食べ物を食べない」の2点があります。


2000年代に実施された調査によると、タバコを吸っている人の胃がんのなりやすさは、吸ったことがない人に比べて男性で1.8倍、女性で1.2倍、全体では1.6倍にも達しています。


ではなぜ、喫煙によって胃がんになりやすくなるのかというと、タバコに含まれる有害物質が胃の粘膜を傷つけ、がん化を促進するからだと考えられています。


塩辛い食べ物を食べないほうがいいというのは、塩気は胃の粘膜を萎縮と呼ばれるがんになりやすい状態にする要因になるからです。胃粘膜を刺激し、荒らしてしまうのです。塩分の摂り過ぎは、高血圧の元凶と言われていますが、胃にとっても決していいことではありません。


■「特効食品」より確実な3つの方法


患者さんから、「これを食べればがんを予防できる食べ物はありますか」と聞かれることがありますが、テレビの医療バラエティー番組やインターネット、それから医療関係の本で時折紹介されているような、がんを予防できる食べ物はありません。


予防は、「ピロリ菌除菌」「禁煙」「塩分を摂り過ぎない」の3点につきます。まずはこの3点から実行してほしいと思います。


また、十二指腸は胃と小腸をつなぐ消化管ですが、近年、この十二指腸にできるがんが増えているようです。


といっても、もともと胃がんや大腸がんと比べると十二指腸がんの発生頻度はかなり低く、希少がんと言われています。発見頻度は0.01〜0.02%とされ、1万人に1〜2人程度です。


十二指腸は、約25センチの臓器です。胃と同様に、十二指腸の異変は胃カメラでチェックしますが、胃の幽門から十二指腸への入り口は、1分間に4回ぐらい、小さなカメラがちょうど通るぐらいの大きさまでしか開きません。その上、被検者が緊張していたりするとなおさら開かず、ぎゅっと閉じているので、以前は、それをゆっくりとカメラを押し当てたまま待って、開いた瞬間にすっと入れるようなテクニックが必要でした。


■カメラ技術の向上で見えてきた新たな事実


それが近年、胃カメラの性能と技術が向上して、短時間でもがんを発見できるようになり、また、苦痛を感じないように麻酔を施して、十二指腸を落ち着いてくまなく見られる検査が普及しました。これにより、以前なら見逃されていたようながんも、見つかるようになったのが、十二指腸がんが増えている理由なのではないかと思っています。


写真=iStock.com/Inside Creative House
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Inside Creative House

十二指腸がんが発生する詳しい原因はわかっていません。


早期の十二指腸がんには、自覚症状がほとんどありません。進行した場合には、消化管からの出血によって大便に血液が混じったり貧血の症状がでたりするほか、腸が狭くなることで、吐き気、腹痛や腸閉塞(ちょうへいそく)などの症状があらわれます。また、胆汁の流れが止まってしまうことで、黄疸(おうだん)がみられる場合もあります。


■「放置でも良い」から「速やかに切除」へ


GIST(ジスト)も増えているようです。GISTとは、消化管の粘膜の下にある「筋肉の層」から発生する腫瘍で、いわゆる粘膜下腫瘍に分類されます。


発生頻度は10万人に1〜2人と稀な病気で、発生部位としては胃が約70%、次いで小腸が約20%、大腸と食道が約5%となっています。発症には男女差がなく、ほとんどの年齢層に見られますが、患者さんは50代から60代が多いです。


十二指腸がん同様、GISTが増えているのも、第一には、検査の技術やカメラの精度等が向上したおかげで、従来よりも発見されるようになったということだと思います。


ただ、GISTの場合は、それだけではありません。


昔は、2センチ以下のGISTなら放置しても構わないという先生がいました。希少がんということで研究が進んでおらず、悪性度がほとんど認識されていなかったのです。


しかし、実はこれが、放っておくと、ごく稀にではありますが、命を落とすことがあるとわかったいまは、GISTが見つかったらまずは細胞を採取し、悪性か良性かを診断し、悪性であることが証明されたら切除する、という方向に変わってきました。20年くらい前までは、ただのホクロみたいなものとして無視されていたのですから、隔世の感があります。


■「見逃し許容度」に現れる国民性の差


病気に対する概念は、国によっても違います。欧米では、たとえば1000人に1人死ぬとなると、「そんなのは誤差の範囲内だから手術も検査もしなくていい」となることがあります。


100人に1人とか1人以下の死亡率の疾患ならば、見つけても治療しない。そのまま様子を見たり、検査もしないで放置する。医師側も、内視鏡検査をしてがん化しそうな異変を見つけても、5年間は検査もしないで様子を見るという方針が普通です。


一方、日本人は違います。100人に1人の確率でも死なせたくないと医師たちは思っていて、患者のほうも、こまめに検査を受け、治療もしっかり取り組みます。そのあたりの感覚は、国民性でだいぶ違う気がします。


話をGISTに戻すと、私が医師になった30年ほど前には、検査で偶然GISTを見つけても、先輩から「これは放っておいていい」と教えられていました。内心、本当に切除しなくていいのかなと疑問に思ったものです。


でも、2センチ以下のGISTでも、放置すると悪性化して命を奪うことがあるという報告がどんどんなされるようになって状況は変わりました。現在、日本では安全に切除できる手術が普及してきているので、GISTが見つかったら早期に切除するのがあたりまえになってきています。


写真=iStock.com/b-bee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/b-bee

その手術法が、私が2006年に開発したLECS(レックス:Laparoscopic and Endoscopic Cooperative Surgery)という手術方法です。GISTを安全に切除できて、術後の障害も残さない手術です。


■「内側」と「外側」から同時に攻める手術


私はこれまでライフワークとして、からだに極力負担をかけない(低侵襲(ていしんしゅう))手術や術後の管理法、栄養療法など、さまざまな治療法を開発しました。ご参考までに、ここでは、そのごく一例をご紹介します。


【LECS:腹腔鏡医と内視鏡医が合同で行う手術】

この手術は、腹腔鏡医と内視鏡医とが一緒に行う手術です。この術式を開発して10年以上になりますが、いまだに、腹腔鏡(外科)と内視鏡(内科)という異なる「科」の医師が、胃の外側と内側から力をあわせて行う手術はめずらしいと驚かれます。


二人の医師の高度な技術が必要なだけでなく、両者の良好なコミュニケーションが不可欠だからです。


私が以前勤務していた病院では、幸いにも腹腔鏡と内視鏡(外科と内科)の医師間に良好なコミュニケーションがあり、だからこそ実現した手術とも言えます。


■胃を「必要最小限」だけ切除する技術


LECS(腹腔鏡・内視鏡合同手術)は、胃がんやGISTなどの胃の腫瘍に対して適切で最小限な範囲を切除するために、腹腔鏡手術と内視鏡治療を組み合わせて行う手術です。余分な胃を切らずに、患部だけを正確に切り取ることをめざして開発しました。


GISTとは、消化管間質腫瘍のことで、胃の粘膜の下の層に出来る「粘膜下腫瘍」のうち、悪性の腫瘍の代表例がGISTです。 GISTの治療は手術が基本で、一般的には、腫瘍のみを切除する胃局所切除という手術が行われています。


例えるなら、胃は風船のようなイメージです。その、風船である胃を外側から局所的にくりぬくためには、風船の中にあるボールを、外側から包み込むようにして切り取る要領で胃の壁を大きく切り取らなくてはならず、難度の高い手術です。結果、実際の腫瘍よりもずっと広い範囲を切除せざるを得ず、胃の機能を著しく損なってしまいます。


そこで私が2006年に開発したのが、切り取る範囲を限りなく小さくし、胃のはたらきをできるだけ温存する新しい手術方法LECSです。


■体力がない高齢患者にも勧められる


腹腔鏡と内視鏡の合同手術であるこの手術は、内視鏡を使って胃の内側から、腫瘍に沿って目印になるように点線の切込みを入れて、次に腹腔鏡を使って胃の外側から目印に沿って腫瘍を切り取ることで、がんの範囲を正確に見定めて切除する方法です。



比企直樹『100年食べられる胃』(サンマーク出版)

切除する範囲が最小限で済み、手術後の胃の変形も最低限で済む上に、胃の機能をほとんど損なうことなく手術できるようになりました。しかも手術時間は通常の腹腔鏡手術に比べて「30分ほど長くなるだけ」でした。


手術によるからだへのダメージは最小限で済むため、術後早くから食事ができ、5〜7日で退院が可能というメリットもあります。


現在、LECSで手術できるのは、胃の粘膜下腫瘍だけでなく、十二指腸や大腸の粘膜下腫瘍、さらには胃がんにまで広がりつつあります。体力のない高齢の胃がん患者さんに対する手術の選択肢としても自信をもって推奨できます。


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比企 直樹(ひき・なおき)
北里大学医学部上部消化管外科学主任教授
北里大学医学部を卒業後、東京大学大学院医学系研究科修了。その間、ドイツ・ウルム大学や青梅市立総合病院外科などでも医師としての経験を積む。がん研究会有明病院に14年勤務、胃外科部長として日本トップクラスの手術症例数を執刀。「胃がん」における治療法の考案・手術方式の開発は数知れず、世界のスタンダードになっているものも多数。手術だけでなく、治療を支える「栄養」の重要性からがん研有明病院時代には「栄養管理部」を立ち上げ運営。2019年に北里大学医学部上部消化管外科学主任教授に就任後は上部消化管がんの手術に加え、医学部・栄養部合同の「栄養部」を開設、部長も兼任する。次世代ドクターと管理栄養士の指導に携わり、後進の育成に力を入れる。一般社団法人日本栄養治療学会の理事長や日本消化器外科学会の理事などを務める。
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(北里大学医学部上部消化管外科学主任教授 比企 直樹)

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