「Apple 2030」実現へ アップルが実践し、イノベーションを連続して生み出す「集合天才」という組織作りとは?

2025年3月5日(水)4時0分 JBpress

 世界で初めて時価総額3兆ドルを超えたアップル。iPhone、iPad、Apple Watchなど革新的な製品を世に送り出し、次々に人々の生活を変えてきた。また、常にイノベーションを起こしながら、高成長・高収益を維持している点で投資家の関心も集める。本連載では『最強Appleフレームワーク ジョブズを失っても、成長し続ける 最高・堅実モデル!』(松村太郎、德本昌大著/時事通信社)から、内容の一部を抜粋・再編集。GAFAMの一角を占めるビッグテックは、ビジネスをどのように考え、実行し、成果を上げているのか。ビジネスフレームワークからその要因を読み解いていく。

 今回は、アップルが取り組む環境対策プロジェクト「Apple 2030」から、企業が繰り返しイノベーションを起こすために必要なビジネスフレームワーク「集合天才」の組織作りについて掘り下げていく。


秘密主義のアップルで唯一未来を語るプロジェクト

 アップルは、かつて、テクノロジー企業として、秘密主義を掲げていることで有名でした。

 新製品については、社内であっても、別の部署の人たちは、公式に発表されるまで、その内容について知らされず、徹底的な情報管理が行われていたのです。

 役員へのインタビューでも、公式にコメントを求めても、お決まりの文句である「アップルは未来の製品に関してのコメントはしない」が繰り返されるだけなのです。

 このことは、アップルが世界中のユーザやファンを惹(ひ)きつけ、「いったい次に何をするんだろう?」とワクワクさせる演出を盛り上げるには十分でした。

 そして、新製品に関しては、現在もなお、そうしたコミュニケーションが続けられています。

 しかしネガティブな影響もあります。取り組みについての連続性を感じにくくなってしまったり、より長期的なビジョンを共有して行動する、という組織内のモチベーション作りが難しくなる側面があるからです。

 そうした中で、アップルとしては数少ない、未来の目標を示している取り組みこそ、「Apple 2030」というKGIが掲げられた環境対策、特に地球の気候変動に対する取り組みでした。

 また、リサ・ジャクソンはことあるごとに、「世界中の企業にアップルの取り組みを知ってもらいたいし、できることなら真似してほしい」と喧伝(けんでん)しています。

 アップルは「Apple 2030」に至るまでに、いくつもの果実とイノベーションを手にしてきました。

  • 高い性能と省電力性を両立する「アップルシリコン」を搭載するマック(Mac)製品
  • 100%リサイクルアルミニウムを採用しながら、美しく加工されたマックやアイパッド(iPad)の発売
  • 二酸化炭素の代わりに酸素を排出するアルミニウム製造方法の実用化
  • レアアース・レアメタルのリサイクル化
  • できる限り再生可能エネルギーでのアイフォーン充電をする仕組みの実現
  • アップルウオッチ(Apple Watch)における、製造、輸送、ユーザの電力使用まで含めた100%カーボンニュートラル製品の実現
  • 「長持ち」を製品価値に加え、ユーザ数の拡大と新製品の販売の相関関係を壊す

 アップルの組織はどのようにして、困難を乗り越えているのでしょうか。


「私のところに、世界中からアイデアが集まってくる」

 アップルで環境対策を推進するバイスプレジデント、リサ・ジャクソンに話を聞くと、「現在のアップルにおける気候変動対策のプロジェクトは、最高におもしろい場所だ」と話します。

 その理由は、世界中の社員から、地球環境がより良くなるようなアイデアが書かれたメールが届くそうです。

 例えば、アップルストアの店員から、より環境負荷が少ない包材や、環境と顧客体験を両立する紙袋に関するアイデア。アップルは長らく、口が紐(ひも)ですぼまるビニールのショップバッグを用いていましたが、ビニール削減のため、これを紙袋に変更しました。

 その紙袋に用いられている素材はリサイクルペーパーですが、持ち手の紐も、紙を加工して編んだものを用いており、アップルはこの新しい紙袋のデザインで特許を申請しています。

 またシリコンチップの開発者から、製品のデザイナーから、資源の調達担当から、と、アップルのさまざまな部門で働く人々が、「Apple 2030」に向けて、アイデアを発見し、ジャクソンに伝えているのです。

 そこには、まだ世の中にはない技術や、妄想のようなアイデアも含まれています。しかしそれを実現させることができるか、一つひとつが検討に値するアイデアでもありました。

 地球の気候変動対策における、まだ世の中にないアイデアが集まるポジションに身を置くことになったジャクソンは、アップルでの仕事を「ドリームジョブ(Dream Job)」と表現していたのが印象的でした。

 この現象が起きている理由は、現在のアップルが「Apple 2030の実現」というビジョンに向けて、強い共同体意識を作り出すことに成功しているからだ、と見ています。

 この共同体意識の醸成には、三つの要素があります。

ゴール
 アップルが「自分たちが生まれたときより、良い環境を子孫に残す」という目的のために存在しているという目的を共有している

ルール
 アイデアを躊躇(ちゅうちょ)なくシェアし、対立する問題やジレンマを解決することによって、ゴールに近づくというルールの設定

シェア
 ゴールとルールについて、アップルの誰もが共感し、そうあるべきだと納得している価値観

 ジャクソンの「私のもとにアイデアが集まってくる」という現象は、アップルという組織が現在、彼女のリーダーシップのもと、この三つを備える共同体になっているからである、と見ることができます。


イノベーションを繰り返し起こす、「集合天才」とは?

 実はここにも、組織を飛躍的に成長させるビジネスフレームワークが隠れていました。それは「集合天才(Collective Genius)」と呼ばれる組織、もしくは組織作りです。

 集合天才は、もともと、ゼネラル・エレクトリック(GE)の組織運営に起源があります。

 同社の創始者、トーマス・エジソンは、自身が発明の栄誉を一人で受け取ることを極力避けていました。

 その理由として、「一人の天才ではなく、一人ひとりの才能を集めることでより良い結果が出せる」という考え方があったからです。

 単に優秀な人を集めるだけではなく、個々の才能と蓄積された情報が有機的に結びつくことによって、集合天才としてイノベーションを起こす組織へと進化する。しかも、イノベーションを繰り返し起こすことができる組織になっていく。集合天才とは、そのような考え方です。

 CEOのティム・クックは、オバマ政権の環境保護庁長官として働いていたリサ・ジャクソンをアップルに誘うとき、こんな言葉をかけたそうです。

「人々が暮らすことと、環境を守ることは同義だと考えている。デザインや品質を犠牲にしない。地球上に存在させる製品として、環境も犠牲にするつもりはありません」

 実はこの言葉は、ジャクソンがアップルにおける環境対策の「集合天才のリーダー」になり得ることをあらかじめ予期していたことになります。

 集合天才の組織におけるイノベーションには、「創造的対立」が不可欠です。ティム・クックの言葉からだけでも、「デザインと環境」「品質と環境」という二つの対立、実現するために相対する対立軸を見出すことができます。

 これらはアップルだけでなく、産業全体における常識と、環境対策の間に生じている対立と読み替えることもできます。

 より良いデザインにするためには、美しい素材を地球から掘り出してきて用いなければならない。

 例えばそれは、アルミニウムやガラスといった素材です。同時に、耐久性や質感といった、製品のモノとしての価値で、競争優位性を高めていかなければなりません。

 しかし、環境への配慮も行わなければなりません。環境負荷を下げ、極力新しい素材を使わずリサイクルができるようにし、また資源の加工においても、二酸化炭素排出も最小限に抑えていく必要があります。

 こうした対立を調整して乗り越えていくことこそ、イノベーションを繰り返すことができる集合天才の組織の日常であり、これを舵取りしていくことが、集合天才組織におけるリーダーシップの姿なのです。

 ただ単に対立しているだけでは、問題の解決やイノベーションに結びつきません。異なるアイデア同士を結びつける意思決定や、スピーディに取り組んだり、実現に向けて行動することもまた、重要な要素といえます。

<連載ラインアップ>
■第1回ジョブズがマックワールドで使った1枚のスライド、初代iPhoneの革新性を一発で伝えるために何が語られたか?
■第2回なぜアップルは、初代iPhoneの目標シェアを携帯電話市場の“1%”に? 低く見えても、実は高い目標だった理由
■第3回6カ月分の流通在庫をわずか2日分に圧縮 アップルが利益を生み出すために作り上げた驚異のバリューチェーンとは?
■第4回 なぜアップルは「顧客満足度」に徹底的にこだわるのか? ティム・クックCEOが決算発表で披露する数字の意味とは
■第5回 2030年までに全ての製品をカーボンニュートラルに 壮大なパーパス実現に向けたアップルの本気度とは?
■第6回 「Apple 2030」実現へ アップルが実践し、イノベーションを連続して生み出す「集合天才」という組織作りとは?(本稿)

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筆者:松村 太郎,德本 昌大

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