「毎日安売り」の西友がトライアルの手に落ちるのは必然だった…「小が大を食う買収劇」が起きた本当の理由

2025年3月17日(月)9時15分 プレジデント社

写真撮影に応じるトライアルホールディングス(HD)の亀田晃一社長(左から2人目)と西友の野村優執行役員(右から2人目)ら=2025年3月5日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■買収したのは福岡の地方スーパー


わが国の人口減少・少子高齢化の加速で、小売業界を取り巻く環境は大きく変化している。モノを買う人が減っていることに加えて、高齢化の進展で年金生活者の割合が増えているため、どうしても売り上げが増えにくくなっている。小売業界とすると、このままでは生き残っていくのが難しい状況だ。


そうした環境変化に対応して、わが国の小売業界で再編の動きが顕在化している。それを象徴するのが、セブン&アイ・ホールディングスや西友をめぐる案件といえるだろう。特に、米国のウォルマート傘下で、エブリデイ・ロープライス(毎日安売り)を掲げて顧客をつかんできた西友の買収案件は注目される。


3月5日、福岡市東区に本社を構える流通小売企業、“トライアルホールディングス(トライアル)”は西友を買収すると発表した。トライアルはリサイクルショップとして創業した。現在の同社トップは、かなり早い段階からデジタル化の加速を見込み、IT先端技術の開発に取り組んだ。同社は先端分野のソフトウェアを流通小売ビジネスと結合した。そうすることでトライアルは、より多くの消費者の欲求を探求し、小売りビジネスの成長を実現したと考えられる。


写真=時事通信フォト
写真撮影に応じるトライアルホールディングス(HD)の亀田晃一社長(左から2人目)と西友の野村優執行役員(右から2人目)ら=2025年3月5日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■スーパーでさえモノが売れない


規模の大小を問わず、買収戦略を重視する小売企業は増加傾向にある。その中でのトライアルによる西友買収は、わが国流通小売業界の再編を加速させるきっかけになるかもしれない。それは、私たち消費者にも大きな影響があるはずだ。


近年、西友にとどまらず、セブン&アイ傘下のイトーヨーカドーをはじめ、小売業界の収益状況は厳しい。その背景には、何といっても、わが国の人口減少と少子高齢化の加速がある。モノを買う人が減るため、売る側が苦しくなるのは当然かもしれない。それに加えて、資産バブル崩壊で、わが国の経済が長期の停滞に陥ったことが加わった。


1997年には金融システム不安による不良債権問題の深刻化で、経済全体でリストラを実行する企業は増えた。雇用が不安定化するとの懸念は高まった。それをきっかけに、わが国でデフレ経済(物価が持続的に下落する経済環境)が深刻化した。


人々はモノやサービスの値段はさらに下落すると思い、消費や投資を先送りした。その結果、小売業界の業績は悪化した。バブル期の急速な店舗増加といった過剰投資も裏目に出て、ダイエー、マイカル、長崎屋といった総合スーパー、百貨店大手のそごうは破綻した。


■「失われた30年」と人口減少が追い打ちに


2002年、西友は米ウォルマートと提携し、ディスカウントストアのビジネスモデルに参入した。エブリデイ・ロープライスの低価格戦略を重視した企業は多い。イオンや現セブン&アイをはじめとする大手小売企業は、自社で食品やアパレルのブランド(プライベート・ブランド)を開発した。ユニクロやニトリのように、海外で製品を生産してコストを抑え、デフレマインドにマッチした価格帯の商品を国内で供給する企業も増えた。


それに追い打ちをかけたのが、わが国の人口減少・少子高齢化の加速だ。わが国の流通小売業界で価格競争は激化した。“失われた30年”と呼ばれる景気停滞の中、消費者は1円でも安いものを買いもとめ“コスパ”に敏感になった。リーマンショック後、西友の親会社だったウォルマートは消費者の欲求の深掘りよりもコストカットを優先した。西友が生鮮食品や総菜物の品ぞろえを拡張して消費者の支持を増やすことは難しくなった。


■西友を救う「トライアル」はどんな会社?


2021年、ウォルマートは保有していた西友株の大半を楽天や投資ファンドに売却した。さらに2023年、楽天も西友株を手放した。西友の組織内部では、過去の業績低迷という負の記憶、経営トップの交代などで士気が停滞したかもしれない。現在、自力での経営再建はかなり難しいとの見方は多い。


そうした状況下、福岡に本社を構えるトライアルは西友を買収すると発表した。トライアルはかなり早い段階から、デジタル技術を用いたデータ収集・分析を重視しマーケティング戦略に力を入れたことがわかる。その根底には同社トップの発想があっただろう。トライアル代表取締役会長の永田久男氏は、コンピュータエンジニアとしてキャリアをスタートした。


撮影=プレジデントオンライン編集部
トライアル門司片上海岸店(北九州市) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

同氏は、ソフトウェア関連の知見を活かすことで、ビジネス成長は可能であると確信したようだ。1980年代、永田氏は父親から継いだリサイクルショップのあさひ屋を“トライアルカンパニー”に商号変更した。それと同時に、販売時点情報管理(POS)システムをはじめとする小売関連のソフトウェア開発に参入した。1990年代以降、大型ディスカウントストアを手始めに総合スーパー事業にも進出し、同社の小売事業は拡大した。


■全国規模に成長させた「2つの戦略」


トライアルの成長戦略は、大きく2つの要素から構成されているといえる。まず、デジタル技術の開発と実用化がある。物流や在庫管理、さらにはデータを用いて一人一人の店舗利用客の心に刺さる広告やクーポンをリアルタイムで提供する。


そのために同社は、大手通信企業と連携してタブレット端末を搭載したカートを開発し、消費者が欲しいと思う可能性の高い商品をコーナーごとにお勧めする機能を実装した。トライアルはこのカートを外販している。


撮影=プレジデントオンライン編集部
「なんだこれ?」タブレット端末がくっついた超ハイテクなショッピングカート - 撮影=プレジデントオンライン編集部

2つ目は買収戦略だ。自社で開発した小売関連のソフトウェアを実装し、収益につなげるためアプリの外販に加え、ハコ=店舗の拡大も必要になるだろう。そのため、同社は買収戦略を重視し、その一環として西友を買収する決断を下したと考えられる。


■小売業界の再編は加速する


トライアルは、AIやセンサーなどを駆使することで、消費者の声により丁寧に耳を傾け、付加価値を増やそうとしている。ただ、西友の組織全体がトライアルの経営風土に順応できるか不透明な部分は残るだろう。デジタル技術の積極活用は小売業の成長の必要ではあるが、それだけで今回の買収がうまくいくとは言い切れない。


その懸念はあるものの、トライアルによる西友買収は、わが国の流通小売業界再編が加速するきっかけになる可能性がある。経済産業省の“商業動態統計”で過去4年間ほどの国内の小売業界の販売実績を見ると、総合スーパーの販売実績は、物価上昇率を上回るペースで増加した。それは、小売業界をはじめわが国の企業に重要な示唆を持つ。


足許、わが国の名目賃金は増えているものの、物価上昇ペースを継続的に上回る状態には至っていない。それでも、トライアルのように先端技術を積極的に活用して、消費者の目線にあった価格帯のモノを生み出し、物流や在庫管理、人件費を徹底して削減する(より大きな満足感を消費者に与える)ことができれば成長可能性はありそうだ。


■大手が買収されるケースは増えるか


今回の買収は、小売や物流をはじめとする業界で、AIやデジタル化の導入を急ぐきっかけになるはずだ。デジタル技術の実装のため、経営体力の引き上げは避けて通れない。その手段の一つとして、競合相手やIT関連企業の買収を実行する小売企業は増加するだろう。自力での事業運営が難しくなれば、大手企業でも先行きは楽観できないはずだ。


また、トライアルの西友買収は、地方の企業にある種のアニマルスピリットを与える可能性もある。目先の事業継承、中長期的な成長領域の拡大をめざし、地方の中堅スーパーが首都圏の小売企業を買収し、業界の勢力図が変化する展開も予想される。トライアルによる西友買収をきっかけに、わが国の小売業界で合従連衡は増加し、かなりダイナミックに業界が変化する可能性は高まったといえるだろう。それは、私たちの日常生活にも大きな影響を与えることになる。


----------
真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
----------


(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

プレジデント社

「買収」をもっと詳しく

「買収」のニュース

「買収」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ