2020年代終盤には「死んだ人が生きているようなAIアバター」がつくれる…AI研究の世界的権威が明かす未来予測
2025年3月21日(金)16時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imaginima
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■イントロダクション
AIをはじめとするテクノロジーの進化が語られる際に「シンギュラリティ」が言及されることが多い。未来学者レイ・カーツワイル氏が約20年前の著書で2045年頃に訪れると予測した、人間が生物学的限界を超える、これまでのルールが適用できない世界への転換点を指す言葉だ。
その到来がいよいよ現実味を帯びている。
本書では、2005年刊行の『シンギュラリティは近い』(NHK出版、紙版書籍邦題は『ポスト・ヒューマン誕生』)の著者が、シンギュラリティ到来の兆しともいえる技術進歩の現状と可能性を、汎用人工知能(AGI)、脳とAIの融合、ナノロボットの活用、寿命延長技術などのテーマで、最新の研究成果や理論を踏まえて論じている。
著者の考えるシンギュラリティの中核にあるのは、ナノスケールのデバイスを使って脳とAIをつなぎ、人間の知能を指数関数的に拡張することだという。
著者はAI研究開発の世界的権威。Googleで機械学習と自然言語処理の研究を率い、現在は同社の主任研究員兼AIビジョナリー。MIT在学中に起業して以来、音楽シンセサイザー「Kurzweil K250」など数々の発明品を世に送り出してきた。
1.人類は六つのステージのどこにいるのか?
2.知能をつくり直す
3.私は誰?
4.生活は指数関数的に向上する
5.仕事の未来:良くなるか悪くなるか?
6.今後30年の健康と幸福
7.危険
8.カサンドラとの対話
■今はシンギュラリティに向けた「変化のピーク」
「シンギュラリティ(特異点)」は、数学と物理学で使われる言葉で、他と同じようなルールが適用できなくなる点を意味する。私がシンギュラリティの隠喩を使ったのは、現在の人間の知能ではこの急激な変化を理解できないことを示すためだ。だが、変化が進むにつれ人間の認知能力は増強されるので、対応できるようになる。
前著の『シンギュラリティは近い』のなかで私は、長期トレンドからシンギュラリティは2045年頃に起こると予測した。当時の日常生活とかけ離れたこの予測は、楽観的すぎるとの批判も受けた。だが、それから注目すべきことが起きている。進歩は加速しつづけたのだ。アルゴリズムに関するイノベーションとビッグデータの登場により、AIは専門家の予想すら超える速さで驚くべきブレイクスルーをなし遂げた。
これまでシンギュラリティは約20年前に私が予想したとおりに進んでいる。『シンギュラリティは近い』の序文で、私たちは「この変化の初期ステージにいる」と書いたが、今は変化のピークにさしかかっている。
これからの10年で人々は、まるで人間のように思えるAIとかかわるようになり、今のスマートフォンが日常生活に与えるのと同じくらいの影響を単純なブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI=脳とコンピュータを接続すること)が与えることになるだろう。
■極小の「ナノロボット」を血流を通じて脳に入れる
最終的にBCIは、ナノスケールの電極を、血流を通じて脳に入れるなどの非侵襲的な方法が基本となるだろう。人間の脳をシミュレートするのに実用的なインターフェースは数百万から数千万の同時接続があればいいと見積もっている。
2030年代のどこかで、私たちは「ナノロボット」と呼ばれる極小の装置を使って、この目標を達成するだろう。この小さな電子装置は、私たちの大脳新皮質の上の層とクラウドコンピュータとを接続させることで、私たちのニューロンとオンライン上にあるシミュレートされたニューロンとを直接に結ぶ。
バーチャルの脳は無制限に拡張することができる。(計算論的には)層を積みあげて、それまで以上に洗練された認知能力を得ることができるのだ。
私たちの脳は頭蓋骨という筐体から解放され、回路基板によって生物学的組織よりも数百万倍も速く情報を処理できるようになるので、知能は指数関数的に成長し、今の数百万倍にまで拡張する。これが私の定義するシンギュラリティの中核なのだ。
写真=iStock.com/CoreDesignKEY
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■脳のデジタルコピーにより「あなた2号」が誕生する
AIが独立した多くのアルゴリズムで構成されているように、人間の脳も別個の意志決定ユニットを複数もつことを示唆する医学的証拠は増えている。私の師であるマーヴィン・ミンスキーは先見の明にすぐれていて、脳はひとつのまとまった意志決定機械ではなく、神経組織の複雑なネットワークであり、決断しようと思うときに各部分が異なる選択肢を推薦しているかもしれないと考えていた。
ここから刺激的なひとつの問いが出てくる。もしも意識とアイデンティティが、頭蓋骨の中にある多くの明確な情報処理構造に広がっている(たとえ物理的に接続されていない構造でも)のならば、それらの構造が頭蓋骨の中と外に離れているときには、どうなるのだろうか?
先進テクノロジーを利用して、あなたの脳のある部分を調べて、その小さな部分の正確なデジタルコピーをつくるとしよう。それに追加して、あなたの脳の別の部分をコピーしてみる。さらに別の部分のコピーと続けていく。このプロセスの最後には、あなたの脳全部をコンピュータで表した完全な複製ができる。それはあなたの脳とまったく同じ情報をもち、同じように機能する。
ではこの「あなた2号」は意識をもつのだろうか? あなた2号はあなたとまったく同じ経験をもっているし(あなたの記憶を共有しているから)、あなたと同じようにふるまう。意識をもった存在の電子的なバージョンを完全に禁止しないかぎり、答えはイエスになる。
■「あなた2号」は「あなた」なのか?
では、あなた2号はあなたなのか? 実験が成功すると、あなた2号は単独で行動できるので、それは「あなた」から離れて異なる方向に進み、みずからの記憶をつくり、異なる経験に反応する。だから、あなたのアイデンティティが、あなたの脳内における特定の情報の配列にあるかぎり、あなた2号がたとえ意識をもったとしても、それはあなたではないのだ。
では次の思考実験に入ろう。あなたの脳を一区画ずつデジタルのコピーに置きかえていく。残っている脳とデジタルコピーは、BCIで接続する。そこにいるのは、あなたとあなた2号ではなく、あなただけだ。そのように置きかえられた新しいあなたはまだあなたなのか?
写真=iStock.com/gremlin
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このシナリオでは、あなたの主観的意識が維持されると信ずる強い理由がある。実際のところ、現在きわめて限られた方法ながら、一定条件の脳でこれを実行している。2000年代以降、科学者は、脳に構造的な損傷や機能不全がある人を助けるための脳の人工装具を開発してきた。たとえば、現在では記憶力に問題がある患者の脳に入れて、一定程度海馬の役割をする装具がある。
脳は驚くべき適応力をもっている。ハイブリッドになったあなたの脳は、あなたを定義する情報のパターンをまったく変えることなく維持する。
■故人をリアルに再現する「レプリカント」がつくれる
私たちはすでにデジタルの活動を通して、自分がどのように考え、何を感じているか膨大な記録をつくっている。そして、これからの10年で情報を記録し、保存し、整理するテクノロジーは急速に進歩するだろう。2020年代が終わりに近づくときに、このデータを利用して、具体的なパーソナリティをもつ人間をリアルに再現する非生物的シミュレーションをつくれるようになるはずだ。
2023年時点でもAIは人間をまねることがどんどんうまくなっている。AIはすでに特定の個人の文章をまね、声を再現し、動画の中にその人の顔を移植することもできる。
私たちがつくることのできるAIアバターのひとつのタイプは、〈レプリカント〉と呼ぶもので、見た目、言動、記憶、スキルは故人のもので、私が「アフターライフ」と呼ぶ状況下で生きている。
2020年代の終わりには先進AIが、生きているようなレプリカントを生成できるようになるだろう。ソースとするのは、故人に関する数千枚の写真や数百時間の動画、数百万語に及ぶテキストチャットの単語、興味や習慣などのくわしいデータ、故人を覚えている人々へのインタビューだ。
■2030年代後半にはリアルな肉体を持つことも可能に
ほとんどの場合、レプリカントの体は仮想現実(VR)か拡張現実(AR)上に存在することになるが、2030年代後半にはナノテクノロジーを利用して、実際にリアルな肉体をもつことも可能になるだろう。2023年時点で、この方向の進歩はごく初期にすぎないが、すでに注目すべき研究は進んでいて、それが基礎となり次の10年に大きなブレイクスルーが起きるだろう。
レイ・カーツワイル著、高橋則明訳『シンギュラリティはより近く』(NHK出版)
最終的なレプリカントは、元の人間のDNAから培養した生物学的肉体に、人工頭脳学で強化した脳を収納したものになるかもしれない。そしてナノテクノロジーが分子スケールのエンジニアリングを可能にしたときには、生物学が許す以上の進んだ人工的な肉体をつくれるようになる。
2040年代はじめには、ナノロボットが生きている人間の脳の中に入って、その人の記憶やパーソナリティを形成するデータすべてをコピーできるようになるだろう。「あなた2号」の登場だ。
ここから先の実際的なゴールは、コンピュータと脳を効果的に結合させる方法を見つけ、脳がどのように情報を表しているのかそのコードを解読することだ。これは大いなる挑戦だが、2030年代の超知能AIツールが、今は手が届かないように見える多くのことを達成可能にしてくれるだろう。
■コメントby SERENDIP
カーツワイル氏は本書で、驚くべき最新技術とその可能性を紹介しつつ、それらが実現する時の社会の混乱やリスクについても、「危険」と題する一章を割いて論じている。悪意を持った者がナノロボットを使って、誰かの脳に侵入しコントロールする危険性などは、当然考えられる。カーツワイル氏は「これらの進歩がもたらす科学的、倫理的、社会的、政治的課題に対処することができれば、2045年までに地球上の生命はよい方向に大きく変容するだろう」と述べている。例えば、死亡事故の可能性がある自動車を使わないという方向で、これまでの文明社会は進んでこなかった。リスクと利便性のトレードオフについて、われわれ一人ひとりが考えていかなければならないのではないか。
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