「高齢者の花粉症」は最悪の場合死を招く…体に異常な負荷がかかる、絶対にしてはいけない「くしゃみの止め方」
2025年3月28日(金)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sergii Gnatiuk
※本稿は、高木徹也『こんなことで、死にたくなかった 法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■高齢者、バイアグラ服用で目立つ「腹上死」
「腹上死」という言葉をご存じでしょうか。これは性交渉中に死亡することの俗語ですが、法医学の分野を世に広めた功労者でもある、大先輩の上野正彦先生も研究していたテーマです。
写真=iStock.com/Sergii Gnatiuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sergii Gnatiuk
腹上死は突然死全体の0.6〜1.7%を占めるという報告もあるようですが、日本国内の割合は正確には把握されていません。一部の論文では、腹上死の75%が不倫関係にあったと報告されていますが、これまでの私の解剖経験では、高齢者による非常に若いお相手との性交渉時、そして、近年認可された勃起不全治療薬「バイアグラ」の服用時が目立つ印象があります。
腹上死が「腹の上で死ぬ」ことを指すため、男性が「正常位」での性交渉時に死ぬことだと思っている方も多いようですが、正常位以外でも、また、男性でなく女性が死亡する場合も「腹上死」と表現します。
さらに、今回は高齢者に焦点を当てて解説しますが、若年者でも発生する可能性があることを理解していただきたいと思います。
■腹上死は射精後に起こることが多い
性交渉は、男性の場合、肉体的に陰茎の勃起と射精という一連の流れで行なわれます。
勃起から射精までの過程は、自律神経の副交感神経から交感神経への切り替わりが俊敏に起こる反射によって行なわれるため、全身にも負荷がかかる行為です。そのため、射精の際に心筋梗塞などの虚血性心疾患、くも膜下出血や脳内出血などによって死亡することがあります。
経験上、腹上死の多くは射精後に起きていることが多いことからも、自律神経の過剰な反射が大きく関与していると考えています。
また、これは性交渉だけでなく自慰行為でも発生します。アダルトビデオを流したまま下半身だけ裸の状態で死亡しているケースを解剖することも、多々あります。
■バイアグラで血圧が下がり、急性脳梗塞を発症
「えっと……旦那さんは性行為中に亡くなりました」
ちなみに、高齢者が性交渉中に死亡した際、私たち法医学者にとって最も厄介なのは、ご家族への説明です。パートナー同士での性交渉中の死亡であれば近親者の方々の悲しみに配慮するのみなのですが、内密のお相手との性交渉中に死亡した場合は、ご家族への説明に苦慮します。保険金や遺産相続が絡んだ裁判に巻きこまれることもありました。
歳を重ねると、勃起力は低下します。それでも性的活力の高い人は、バイアグラに代表される勃起不全治療薬を服用して性交渉を行ないます。
高齢者がバイアグラを服用して、性交渉中に死亡するケースは増えています。このような場合では、もともと高血圧や心疾患を有していて、降圧薬を服用している人が多く、バイアグラを併用することで急激に血圧が低下し、急性脳梗塞などで死亡していることが多いようです。
バイアグラによる腹上死は、用法・用量を守って服用することで防ぐことが可能です。お医者さんや薬剤師さんの指導には、必ず従うようにしましょう。
△このような危険を避けるには……
・過剰な性的興奮を伴う性交渉は避ける。
・異常を感じたらすぐに連絡が取れる環境で性交渉を行なう。
・勃起不全治療薬と降圧薬を併用しない。
■トイレは「高齢者の病死」が起こりやすい危険な場所
「高齢者が、自宅のトイレから出たところの廊下に、下半身裸の状態で死んでいるのを家族が発見しました」
警察からこうした検案依頼の連絡を受けて、現場へ行く機会は少なくありません。
「うつ伏せの体勢で、手に携帯電話を握りしめていました」といった現場の状況もよく報告されます。またこのような状況のとき、便器内に用を足した痕跡がない、もしくは用を足していても少量だけ、という点で共通していることが多いです。
ところで、人は死亡すると心臓の停止に伴って血液の循環が停止し、重力に従って体内の低い位置に血液が移動します。仰向けに亡くなった方であれば背中に、うつ伏せで亡くなった方であれば胸や腹部あたりに体内の血液が溜まるわけです。
溜まった血液は外表から観察することができますが、これを「死斑」といいます。死斑が出ている部位や色調、発現の強さを観察することで、死後の経過時間だけでなく、死亡状況や死因を判断することができます。特に、死斑の色調が赤黒く、濃く発現している場合、病死であれば脳血管系疾患、いわゆる「脳卒中」が強く疑われます。
先ほどのようなトイレから出た状態で亡くなっている人は、死斑が顔面や身体の前面に赤黒い色で濃く発現していることが多いのです。また、ご遺体をつぶさに観察すると、膝に擦りむいたような痕が確認できることがあります。
現場検証をした警察からすると、助けを求めているように見えるので事件性を疑いたくなるようですが、私たち法医学者は「脳血管系疾患による病死ですね」とアッサリ判断することになります。
■きばりすぎで血圧が上昇し、脳の血管が…
歳を重ねると副交感神経の反射が弱くなり、腸の動きが悪くなります。そのため、便が腸に留まる時間が長くなって便が硬くなり、出にくくなります。
さらに本来であれば、便が直腸という器官に到達すると、直腸の神経が反応して大脳を刺激し便意を感じますが、これも感じにくくなります。加えて、排便するときに必要な腹筋や肛門の筋肉の働きが弱くなるため、便を押し出しにくくなります。
また生活習慣病によって、腸に向かう血管に動脈硬化症が生じると、余計に腸の動きが悪くなり、便秘になってしまいます。
このような理由から、高齢者はトイレで長い時間「きばる」のです。きばれば血圧は上昇し、脳血流が増加。これにより、動脈硬化の進行によって脳に形成されていた動脈瘤が破裂して、脳血管系疾患を起こすことがあります。
写真=iStock.com/AtlasStudio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AtlasStudio
なお、脳血管系疾患を発症すると激しい頭痛に襲われますが、すぐに心臓停止や意識消失には至りません。頭痛に耐えながらトイレから這いずり出て、携帯電話で助けを呼ぼうとして倒れこむので、ご遺体の膝に擦りむき傷ができるわけです。
日常的に使用するトイレも、高齢者にとっては突然死しかねない場所であることを理解して、用を足すときには気をつけてほしいですね。
△このような危険を避けるには……
・食物繊維が含まれる食事など、便通がよくなる食生活を心がける。
・家族は高齢者が便秘になりやすいことを理解する。
・便通が悪い場合には医師に相談し、適切な処方を受ける。
■「高齢者の花粉症」は命に係わる
花粉の季節、花粉症の方はくしゃみが止まらなくなってしまいますね。
海外でくしゃみをすると「God bless you.(神のご加護を)」と声をかけられます。これは、くしゃみで「身体から魂が飛び出る」と信じられていたことや、過去に流行した「ペスト(黒死病)」の初期症状がくしゃみだったことに由来するそうです。
本来、くしゃみは気管や肺などの気道内に、微生物や細菌、ウイルスなど外部からの異物が侵入するのを防ぐ機能です。また、花粉やハウスダストによるアレルギー、鼻粘膜の血管運動、自律神経の反射、刺激物による反射など、さまざまな原因でも生じます。
くしゃみをすると、唾液は2〜3メートル、噴霧したガス状であれば7〜8メートルほどの距離まで飛ぶと言われています。そのスピードは時速50キロメートル以上。さらに、くしゃみ一回で消費するエネルギー量は、約4キロカロリーだそうです。
数値で見るとたいしたことはないと思われるかもしれませんが、瞬時にこのような症状を引き起こせば、人体には相当な負荷がかかるものです。くしゃみは多くの筋肉を使うため、連発すれば体力を消耗し、通常の呼吸がしにくくなることもあります。
さらに、前触れがないため自分でコントロールすることができず、ほかの行動ができなくなったり、目をつぶったりしてしまいます。飲み物を持っているときにくしゃみをして、勢いでこぼしてしまった経験はないでしょうか? 飲み物をこぼす程度で済めばいいのですが、高齢者の場合、予期せず生じるくしゃみによって、なんと生命の危険にさらされることがあります。
写真=iStock.com/TommL
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TommL
■くしゃみの止め方が悪いと失神、骨折を招く
一つは、くしゃみによる失神です。
くしゃみの仕方や体勢によっては、首に負担がかかり意識を失うことがあります。これは、首と顎の境目に位置する「頸動脈洞」という部位に、刺激が及ぶためです。「頸動脈洞」には、脳への血流を監視する機能があり、刺激が加わると脳の血流を下げようとして脈を遅くさせます。この反射によって脳血流が低下し、失神してしまうのです。
高木徹也『こんなことで、死にたくなかった 法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)
これが死に直結することはなくとも、失神が原因で転倒や転落、溺水、交通事故などの重大な二次被害につながることがあります。実際に、「運転中のくしゃみによる失神が原因である」と裁判で認定された交通死亡事故もありました。
もう一つの危険性は、肋骨骨折。くしゃみの負担は、呼吸運動を司る肋骨にかかりやすいので、骨が弱くなっている高齢者は危険です。肋骨は呼吸で大きく動かす骨なので、骨折すると痛みで呼吸が浅くなり、二次的に肺炎や呼吸不全など重篤な合併症を併発する可能性があります。
このように、くしゃみは身体に相当な負荷がかかるのですが、だからといって、くしゃみを無理に止めようとするのはやめましょう。たとえば、口や鼻を手で強く圧迫するようにして覆うなどすると、さらに負荷がかかって、気道の損傷やぎっくり腰などほかの傷病を併発することもあるので、絶対にやってはいけません。
△このような危険を避けるには……
・くしゃみが続くようなら、耳鼻咽喉科系の病院を受診する。
・くしゃみの後に身体の痛みを感じたら、整形外科系の病院を受診する。
・口や鼻を無理やり押さえてくしゃみをしない。
----------
高木 徹也(たかぎ・てつや)
法医学者、東北医科薬科大学教授
1967年東京都生まれ。杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。高齢者の異状死の特徴、浴槽内死亡事例の病態解明などを研究している。東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、不審遺体の解剖数は日本で一、二を争う。大人気ドラマ『ガリレオ』シリーズなど、法医学・医療監修を行っているドラマや映画は多数。著書に『なぜ人は砂漠で溺死するのか?』(メディアファクトリー)などがある。
----------
(法医学者、東北医科薬科大学教授 高木 徹也)