なぜ新入社員は「自分は仕事がデキる」と勘違いするのか…「経験が浅い人」ほど過大評価してしまう心理的な理由
2025年3月28日(金)10時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yue_
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■「自分に自信がある人」ほど騙されやすい
「まさか私が引っかかるはずがない」
「自分は大丈夫」
これは、詐欺被害にあった人がよく口にするフレーズだそうです。みなさんも聞いたことがあるかもしれませんが、詐欺師に一番引っかかりやすいのは、「自分に自信がある人」です。
災害や事件、事故が起きたときなども、「こんなことが起きるなんて怖いね」「なんだか物騒な世の中になったね」などと言いながら、なぜか自分がその当事者になる可能性については考えません。「自分はそんな大変な目にはあわないだろう」「自分には関係ない」と思い込んでしまうのです。
こうしたときは、自分の立ち位置を正しく認識できず、「自分から見えている自分」と「他人から見えている自分」にズレが生まれています。自分では「私はそれなりに賢いし他人の甘い言葉には耳を貸さないぞ」と思っていても、詐欺師からすると「チョロいカモだな」と思われていたりするわけです。
このようなときには「自分に対する認知のあり方」に関係する、「ダニング=クルーガー効果」が影響しているかもしれません。
■過大評価は「ダニング=クルーガー効果」が働いている
「ダニング=クルーガー効果」とは、能力や知識が低い人ほど、自分の能力不足や他者のレベルの高さに気づかず(気づけず)、自分自身を高く評価してしまう傾向のことです。
この影響を受けることで人は、少し知識を得ただけで、その知識は全体のほんの一部でしかないのに、まるですべてを知っているかのように過信してしまいます。自分自身を過大評価してしまうのです。その結果、断片的で浅い知識に基づいた短絡的な決断を下してしまいます。
これと反対に、成果や結果があるにもかかわらず、自信や自尊心を持てないのも、やはり「ダニング=クルーガー効果」の影響です。能力が高く経験が豊富だと、自分以外の人のレベルの高さについてもしっかり把握できます。その結果、自分自身の能力を過小評価してしまうのです。
「ダニング=クルーガー効果」のもとになった実験を紹介しましょう。コーネル大学のデイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガー(この2人の名前を取って「ダニング=クルーガー効果」と名づけられた)は、45人の大学生を対象に、論理的思考に関する20項目のテストを行いました。
■成績が悪い人ほど「自分はできる」と思いこんでいる
終了直後、試験を受けた大学生全員に、自分がどれだけ点数が取れたかを予想してもらい、実際の点数との差を見ます。全体を「実際の得点」順に、上位から4グループに分け、各グループにおける「予想得点」と「実際の得点」のギャップを集計しました。
すると、最もギャップが大きかったのは、実際の得点が「最下位グループ」。つまり点数の低い学生ほど、自分を過大評価していたのです。反対に、「最上位グループ」、つまり点数の高い学生は、自分たちを過小評価していました。
出所=『世界は行動経済学でできている』
次の図表2は、「ダニング=クルーガー効果」における、「知識・経験」(横軸)と「自信」(縦軸)の関係を表しています。
出所=『世界は行動経済学でできている』
1「バカの山」……思い込みの段階
一部の知識を得ただけで、すべてを理解したと思い込み、知識や経験がほとんどないのに自信が急激に高まる。
2「絶望の谷」……思い込みだと知る段階
「バカの山」をすぎると、自分が理解している知識はほんの一部にすぎず、学ぶことはたくさんあると知り、すっかり自信を失う。
3「啓蒙の坂」……自信を持ち始める段階
改めて学ぶことで成長を実感し、少し進歩できたことで自信を徐々に取り戻し始める。
4「継続の大地」……正しく自己評価できる段階(最終地点)
さらに学びを進めることで成熟。自分の得意や不得意も理解して正しく自己を評価し、安定的に自信を持てるようになる。
■自己判断の誤りはひとの性
入社したばかりでまだあまり仕事ができないのに、「自分はできる」と思い込んでいる自信満々の社員も見かけます。もしかしたら彼ら・彼女らは、「バカの山」の頂上で天狗になってしまっているのかもしれません。
投資初心者が、たまたま短期間で利益を得られたりすると、それがビギナーズラックにすぎないのに「自分には能力がある」と勘違いすることがあります。調子に乗って難易度が高い商品に手を出して、大損をすることもあります。
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo
また最初だけ配当を支給するなどして、ニセの成功体験をさせる投資詐欺があります。これもまた「やはり、この投資を選んだ自分の目は確かだった」という勘違いをさせることで、さらに多くのお金を投資するよう促していると考えられます。
自分を過大評価するなど、自分の能力に対する誤解を戒める言葉は歴史の中でも数多く生まれています。主なものを挙げてみましょう。
・「真の知識は、自分の無知さを知ることである」孔子
・「無知の知」ソクラテス
・「愚か者は自身を賢者だと思い込むが、賢者は自身が愚か者であることを知っている」ウィリアム・シェイクスピア
こうした自己判断の誤りは古くから問題になっています。
■少し前に『バカの壁』が話題になった
一方、日本では2000年代にも、似た問題が大きな話題となりました。450万部を超える大ベストセラーとなった書籍『バカの壁』(新潮社)です。著者の養老孟司さんは、バカの壁とは「自分が知りたくないことや考えたくないことについて情報を遮断しようとして自主的に張りめぐらせている壁のこと」と述べています。
このような壁を自らつくってしまうと、本人だけでなく周囲に迷惑を及ぼしかねません。仕事で「能力が低いのに自己評価が高い」という勘違いをする人間も、その一種と言えるかもしれません。
『バカの壁』では、価値観そのものを一元論(正しいことは1つしかない、という思い込み)から多元論(正しいことはいくつもありうる)に変えなくてはいけないと結論づけられています。
とはいえ人間の価値観の問題となると、難しい点もあります。誰かの価値観を変えることは簡単ではないからです。ただしこれが「ダニング=クルーガー効果」によるものであれば、変えられるかもしれません。「バカの山」に登っている人は自分で気づいていませんが、時間が経つことで理解できる可能性があるからです。
■“人間のバイアス”を知ると成長につながる
こうした心理を理解して、相手の自己判断が変わるのを待つことは有効です。
橋本之克『世界は行動経済学でできている』(アスコム)
もちろん、そこにかかる時間は人によって異なりますから、ある程度、忍耐も必要でしょう。重要なのは「根本的な価値観の問題」なのか、それとも「一時的な自己判断の誤り」なのかを見抜くことです。自分と他者との位置関係を客観的な視点で見極めるのは難しいものです。私たちがしばしば「バカの山」に登ってしまうのも仕方がないのでしょう。
しかし、そこで自らが「ダニング=クルーガー効果」に影響されている可能性をふまえて、できる限り冷静に自己を見つめることは重要です。そこから真の自分の強みを見つけることもできるはずです。
また誰もが、うまくいかなくて自信をなくしたり、自分を見失ってしまったりすることもあります。そんなときは、先ほどの「曲線」で自分が今どの段階にいるのかを分析するのもいいでしょう。
「絶望の谷」にいると思うなら、もう「バカの山」はクリアしているのですから、あとは「啓蒙の坂」を少しずつ確実に登って行けば、いずれ「継続の大地」にたどり着けると思えれば、自信につながります。人間の心理的バイアスを知ることは、他人を理解することはもちろん、自省や自己のさらなる成長にもつながるのです。
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橋本 之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディングディレクター
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年、日本総合研究所入社。1998年、アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年、独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである 非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる 非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令出版)、『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)などがある。
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(マーケティング&ブランディングディレクター 橋本 之克)