なぜ「ぼったくりバー」は歌舞伎町に点在するのか…「客からカネを巻き上げる」だけでない、経営者の本当の目的
2025年4月3日(木)18時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fotoVoyager
※本稿は、櫻井裕一・高野聖玄『匿名犯罪者 闇バイト、トクリュウ、サイバー攻撃』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
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■トー横キッズに近づくトクリュウ
歌舞伎町における「トー横キッズ」と呼ばれる若者たちの存在もまた、現代社会が抱える複雑な問題を浮き彫りにしている。トー横キッズは、新宿区歌舞伎町の新宿東宝ビル周辺に集まり、路上にたむろする若者たちを指す言葉として広まった。「新宿東宝ビルの横」を略して「トー横」となったそうだ。
歌舞伎町にトー横キッズが集まる理由の一つとしてよく指摘されるのが、家庭環境の不安定さだ。家庭内暴力や経済的困窮、家族との不和などが原因で、家庭が安らぎの場ではないと感じる若者たちが、逃げ場を求めて集まってきているとされる。
特に、歌舞伎町は眠らない街と形容されるほど、夜間でも通りには多くの人たちが行き交う。街の性質上、匿名性が確保されやすいこともあって、そんな若者にとっては「隠れ家」のような役割を果たしているのだろう。
こうした若者たちのネットワーク形成にも、SNSは大きな影響を及ぼしている。家出や路上生活をテーマにした投稿やハッシュタグが拡散されることで、同じような境遇にいる若者たちがさらに集まってくることに繋がっているからだ。
トー横キッズの問題に対応する警察関係者の一人は、「大げさでなく全国から同じ境遇の未成年が集まってきているという感じだ。たとえ補導して自宅に返したとしても、すぐに戻ってきてしまうので、そういった若者に対する生活や更生の支援を厚くするなど、もっと根本的な解決策が必要だ」と指摘する。
■「シャワーを浴びたい」で売春に手を染める少女たち
だが、そういった境遇の若者たちが集まっている状況は、悪意のある大人や犯罪グループにとっては、まさに付け入りやすい絶好の環境だとも言える。
事実、トー横キッズを食い物にしている代表的な存在が、トクリュウなのである。先の警察関係者が言う。
「トー横キッズたちに対して、トクリュウとみられる連中が頻繁に接触していることは警察としても把握しています。そのため、トー横キッズたちに対して怪しい連中が声を掛けている場面などが確認されれば、すぐに職務質問に動きます。
ただ、連中もそれはよく分かっているので、自分たちで直接接触するようなことは、ほとんどありません。トー横キッズたちのリーダー格になっているような若い男や、ホストやスカウトを通じて接触を図っているようです。
トー横キッズとして集まっている若者たちは経済的に困窮している場合がほとんどなので、連中はそれを利用して闇バイトに関与させようとします。男であれば、薬物や違法品の運び屋、特殊詐欺の出し子など。女であれば売春です。
残念ながら、シャワーを浴びたいからという理由だけで、売春に行く子もいるのが、彼ら彼女らを取り巻く実情ですから、犯罪グループにとっては男女問わず都合のいい調達先となってしまっています」
■「トー横キッズ」を早い者勝ちで集めるトクリュウ
また、歌舞伎町の事情に詳しい暴力団関係者が明かす。
「トー横エリアの路上については、現状どこか特定の組のシマにはなっていません。そこにいる若者たちも流動的なので、仕切ることもなかなか難しい。
なので、いろんな組が若い半グレやスカウトなんかを使って、個別にキッズたちに声を掛けていて、どの子を掴まえられるかは早いもの勝ちになっています。
クスリや売春だけでなく、闇バイトに手を出している子たちも多く、ヤクザや半グレが主導するトクリュウの末端として使われている面は多分にあります」
トー横キッズに限らず、こういった若者たちの抱える問題を解決するためには、まずは若者たちが安全に過ごせる環境を整備することが不可欠だ。ありきたりだが、特に未成年においては、家庭内での問題を早期に発見するための仕組み作りと、児童相談所などの福祉機関を通じた支援の強化を地道に続けていくしかない。
路上生活を選ぶ成年者に対しては、職業訓練などの社会復帰プログラムをどう届けるかが課題だ。こうした世代に向けては、SNSを活用した啓発活動や、安全な居場所への誘導が効果的だと考えられるので、行政における広報活動の強化が重要だろう。
パパ活にしてもトー横キッズにしても、そのような状況を生み出している根底には、今の日本が抱える経済格差の広がりや、社会的孤立者が増加しているという問題がある。こうした若者たちが未来に希望を持てる環境を作り出すためには、政治や行政だけでなく、家庭、学校、地域社会が一体となって問題に取り組んでいくほかない。
■歌舞伎町ではびこる「マネロン」
繁華街は組織犯罪における資金獲得の場である一方、得られた犯罪収益をマネーロンダリング(資金洗浄)する場として使われるケースもある。
マネーロンダリングとは、犯罪収益の出所を隠して、それを合法的なものに見せかける一連のプロセスのことを指す。日本においては犯罪収益移転防止法(犯罪による収益の移転防止に関する法律)で規定されており、不法収益を隠すために資金を移動させる行為、犯罪による収益を合法的な資金であると偽る行為、不法収益の所在を隠す行為などが禁止されている。
当然ながら、マネーロンダリングが広がれば、国の金融システムや経済の透明性が損なわれるうえ、組織犯罪やテロ活動の資金源ともなるので、国際的にも厳しい取り締まりの対象となっている。
■現金が飛び交う歌舞伎町はマネロンに好都合
では、繁華街におけるマネーロンダリングとは、一体どういうものか。
最も分かりやすい事例としては、キャバクラやホストクラブなど接客を伴う飲食店を通じたものが挙げられる。犯罪収益をキャバクラやホストクラブの売り上げとして計上し、その後、合法的な事業収益のように見せかけるやり方である。
具体的には、架空の顧客を作って、実際には利用されていない高額なサービス料金を売り上げとして計上したり、より直接的には、組織のメンバー自身が「顧客」として店で大金を使ったりすることで、犯罪収益を店の正規の売り上げとする方法である。
写真=iStock.com/AH86
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こういったやり方が可能なのは、キャバクラやホストクラブなどの水商売業界においては、今でも現金取引が多いためである。顧客側の支払いだけではなく、従業員への給与、酒屋からの仕入れなども、現金で直接やり取りするケースは多い。
また、キャバクラやホストクラブは、普段から高額なシャンパンやボトルが飛び交っている場だ。特に歌舞伎町は、一人の顧客が一度に1000万円を支払ったとしても、それほど違和感を覚えられることがないような、およそ一般的な感覚とは異なる世界でもある。そこに特殊詐欺や強盗によって得た大量の現金を持ち込んだとしても、たしかに目立つことはない。
そこで、組織犯罪グループの一部は、キャバクラやホストクラブの実質的なオーナーとして店を運営したり、関係性の深い店を介させたりすることで、犯罪収益をマネーロンダリングする流れを作る。
■「ぼったくりバー」の真の目的
かつて、実際に歌舞伎町でぼったくりキャバクラを運営する半グレ集団に関わっていた男が明かす。
「我々がやっていたキャバクラ店には二つの目的がありました。一つは、簡単に売り上げを作るためのぼったくりです。メニュー表に小さな文字で高いサービス料を記載したり、女の子に高額なドリンクを勝手にどんどん頼ませたりして、一人あたり30〜50万円の請求をするやり方です。
客の半分くらいは警察に行くと言いだすので、一緒に歌舞伎町の交番まで歩いて行くわけですが、当時は警察も民事不介入ということで、交番の前で話し合って半額だけ払うことで合意するケースが多かったです。当然、こっちは半額になることを見越してぼったくってるわけなので、半分取れたらオッケーって感じでした」
歌舞伎町においては2015年頃から、キャバクラやガールズバーなどにおけるぼったくり被害が急増。歌舞伎町交番の前には、ぼったくられた客と店側の従業員が何組も並んでいる光景が見られるようになった。
■犯罪収益が「キャバクラの売り上げ」に変身
事態を問題視した警察は、ぼったくり店への家宅捜索をたびたび実施。現在においては、ぼったくり被害の被害件数も減少傾向にあるようだ。
元半グレの男が続ける。
「店のもう一つの目的は、グループが特殊詐欺などで得た違法なカネを資金洗浄することにありました。やり方は単純で、毎日架空の売り上げを作って、そのカネを店の銀行口座に現金で入れるだけです。
やっぱり大量の現金を保管するのは怖いので、税金払ってでも銀行に入れておきたいってのが我々のグループの考え方でした。悪いことしていて何ですけど、資金洗浄したカネで合法的なビジネスに移行したかったので」
櫻井裕一・高野聖玄『匿名犯罪者 闇バイト、トクリュウ、サイバー攻撃』(中公新書ラクレ)
その後、このグループは警察に摘発され、男も有罪判決を受けたという。
この男が歌舞伎町で活動していた時期に、警視庁で組織犯罪対策に従事していた警察OBの一人が危惧する。
「ぼったくりのキャバクラや風俗店などが広まった時期と、繁華街で活動する組織犯罪グループが、暴力団から半グレに移り変わったタイミングは重なっている。その流れの中で、より組織実態が不透明なトクリュウが繁華街の主役となってきたのが現在だ。テクノロジーだけでなく、様々な知識に長けた者たちが台頭してきたことで、組織の実態もカネの流れもますます見えにくくなっている」
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櫻井 裕一(さくらい・ゆういち)
元警視庁警視・危機管理専門家
1977年に警視庁入庁後、一貫して組織犯罪対策に従事。反社会的勢力、外国人犯罪集団、違法薬物犯罪集団等、組織的に行われる数々の犯罪現場で捜査の指揮を執る。新宿署、渋谷署で組織犯罪対策課の課長も経験。2018年、警視庁組織犯罪対策部第四課にて警視をもって退官。2020年にサイバーセキュリティ会社Steam Research&Consultingを設立、代表取締役CEOに。
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高野 聖玄(たかの・せいげん)
サイバーセキュリティ専門家
1980年生まれ。ITエンジニア、編集記者等を経て、2016年から2021年までサイバーセキュリティ企業スプラウトの代表取締役。2022年よりリスクコントロール会社、STeam Research & Consulting(https://www.steamrc.jp/)の取締役COO。著書に『匿名犯罪者 闇バイト、トクリュウ、サイバー攻撃』(2025年、中公新書ラクレ)、『闇(ダーク)ウェブ』(共著、2016年、文藝春秋)、『フェイクウェブ』(2019年、文藝春秋)。
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(元警視庁警視・危機管理専門家 櫻井 裕一、サイバーセキュリティ専門家 高野 聖玄)