青学も駒澤も蹴散らし15年ぶり快挙の予感…名門・早稲田が復活で2026年箱根駅伝を制覇すると言える4つの理由

2025年4月4日(金)10時15分 プレジデント社

往路3位でゴールする早大5区の工藤慎作=2025年1月2日、神奈川県箱根町 - 写真=時事通信フォト

早稲田大学競走部の株がここへきてうなぎ上りだ。なぜなのか。フリーランスライターの清水岳志さんは「花田勝彦監督(53歳)は昔かたぎの雰囲気を醸しながらも陸上界や体育会といった組織のイノベーター的存在だ。不合理なしきたりをぶち破り、新たな道を切り開く。学生に対しては管理的指導ではなく自律を促し将来の生きる術をも授けている。そうした指導が名門ワセダを復活へと着実に導いている」という——。
写真=時事通信フォト
往路3位でゴールする早大5区の工藤慎作=2025年1月2日、神奈川県箱根町 - 写真=時事通信フォト

今年の箱根駅伝は青山学院大学が2連覇で幕を閉じた。駒澤大学や國學院大学などのライバルを振り切って地力を見せつけた形だったが、2026年正月は早稲田大学が15年ぶり14回目の優勝争いをするのではないか、といった声が駅伝ファンから聞こえてくる。


2022年の箱根駅伝では13位でシード権(10位以内)を逃したが、その後は23年6位、24年7位、25年4位と順位を上げて上り調子であることに加え、この1年でさらにパワーアップするとの見方が強いのだ。


背景にあるのが、同大OBで競走部駅伝監督の花田勝彦(53歳)のチーム改革だ。大学4年間はエース選手のひとりとして活躍し、大卒後は実業団のエスビー食品を経て、上武大学駅伝部監督(同大ビジネス情報学部准教授)、GMOインターネットグループ監督を歴任し、2022年に母校の監督に就任したのだが、いったいどんなテコ入れをしてきたのか。


■先立つ「お金」を準備


強化策①は資金集めだった。チーム力を底上げするには、何より選手育成と環境整備が必須であり、一定のコストがかかる。海外遠征、国内合宿、施設整備、ジムをかりての強化、トレーナーの治療費など強化には財源が必要だ。


早大には44もの運動部(体育会)があり、単独の部、1競技に偏った強化費投入は難しい。それでも花田は自身が大学4年生の時、約1カ月半の海外遠征を経験して選手として強くなった経験を踏まえ、「海外武者修行は今の時代はなおさら欠かせない」との思いがある。


当時はOBの瀬古利彦がコーチだったこともあり、監督を兼任していたエスビー食品からのバックアップがあった。だが、今はそういう後ろ盾がない。ならばと思いついたのがクラウドファンディングだ。「駅伝強化プロジェクト」と銘打ち、賛同を得られやすい工夫もした。


大学側は各部を統括する競技スポーツセンター経由で「READYFOR」と包括的な契約をして、クラファンを運営してもらうことになった。そこに花田は一案を加える。


「単純に寄付してもらうだけでは申し訳ないので税の控除にプラスしたメリットがあったほうがいいと、ワセダのロゴ入りのスマホのストラップ、Tシャツ、ウィンドブレーカーなど返礼品を送らせてもらうことにしました」


撮影=清水岳志
花田勝彦監督 - 撮影=清水岳志

最初にクラファンをした2023年は計2025万円が集まり、海外遠征することができた。その時に最も成長著しかったのはプラハ遠征をした2025年度の駅伝主将を務める4年の山口智規だ。箱根では昨年・今年と同じ「花の2区」を走り、特に昨年は8人抜きの快走で1時間6分31秒の好タイムをマーク。OBの渡辺康幸が持つ大学記録を29年ぶりに塗り替えた。


花田はこう話す。


「国内ではいい記録が出ると(自分は)すごいと感じてしまう。でも、海外にはもっといい記録なのに代表になれない選手がいる。海外遠征するとそれを肌で感じられるんです。それに海外の道路は石畳で走路に向かなかったり食事も合わなかったり、日本にいるときとは環境が全然違う。トラブルやハプニングを含めた経験が血肉になって選手としての厚みを増してくれるんです」


今年に入り、花田は第2弾のクラファンを実施。3月末までに前回と同規模の2238万円の寄付を集めることに成功し、選手がオーストラリア・メルボルンに遠征し現地での大会に出場した。


“お金”のことでいうと、自身の給料の改善もそうだ。早大の各部の指導者のそれは高くないと言われている。勤務先企業からの出向という形であればいいが、そうでないと厳しいものがあるという。花田は大学に掛け合った。


「ウチは妻も働いているのでいいのですが、『現状の(報酬の)ままだと次の人がやれなくなるから、増やさないとダメですよ』と率直に申し上げました。また、もし今後、若い指導者が会社を辞めて就任してくれる場合でも、、家族も賛成してくれる雇用条件に、私がいるうちに改善したいと考えています」


この申し出に説得力があったのか、大学は一考し待遇面は改善されたという。花田の投げかけが大学を動かしたのだ。「言いたいことは言ってしまう性格」と自らを語る花田は腑に落ちないままモヤモヤのままにしておくことができない。箱根駅伝の監督会議での席上でも意見をすることがしばしばあるという。例えば、こうした内容だ。


「レース中のランナーの給水も以前は水だけでした。脱水症状ならミネラルなども補給しなければいけない。質問したら、水だけに限られたのは『スポンサー企業の関係』という理由でした。箱根駅伝を主催する関東学連のほうで交渉してくれて、翌年からはスポーツドリンクもOKになりました。


また、ユニフォームのパンツとタイツの色はそろったものじゃなきゃダメでした。早稲田のパンツは白。最近の選手はタイツをはくんですが、白だと透けるんですよ。黒もOKにならないですかと希望を伝えたらよくなりました」


選手ファーストで改善できるものは具体的に示して指摘する。


■強化策2つ目は「読書感想文」


強化マネジメントの2つ目は、自己表現の上達だ。これは選手が社会に出たときのための備えでもある。花田は現役時代から練習日誌をつけてきた。書き記すことがもともと好きで、練習やレースのタイムなどを継続して記録。「それは自己表現のひとつともなり、今の指導に役立っている」という。


学生は競技を終えたあとの人生のほうが長い。競技をやめても、文章を書いたり人前で話をしたりして意見を伝えるスキルは社会人として一生の財産だ。そのため、上武大監督の時、合宿時には学生に読書をすすめ感想文を書かせていた。早稲田でもそれを続けていて、長期の合宿中もただ走りこむだけではない。空いた時間はゲームではなくて、本を読むようにすすめる。


テーマを決めて学生が互いにスピーチをする機会も設けるそうだ。


「スピーチは限られた時間の中で自分を表現する作業。競技も同じ。限られた距離の中で自分の力をどう示すか、というアウトプットの質を高めるということなので」


合宿の終わりには、本の感想文と練習の振り返りを手書きで書かせる。スピーチも誰がよかったか投票して、上位者には図書券やギフト券の「監督賞」も出す。チーム全体のイベントとして盛り上がり、互いの人間性の理解を深めることにもつながる。


■「あえて特別なことはしていない」という普段の指導


3つ目の強化ポイントに挙げたいのが、「あえて特別なことはしていない」という普段の指導だ。選手育成に自信があるかと直球の質問をした時だった。花田はこう即答した。


「僕は当たり前のことを当たり前にやっているだけなんです。選手本人がどうしたいかを尊重してコミュニケーションを取りながら、練習したら栄養を摂ってしっかり休養しなさい、としか言ってない」


もともと能力が高い選手たちだから、いい練習ができれば勝手に強くなる、と信頼している。


撮影=清水岳志
箱根の山のぼり5区で快走した“山の名探偵”こと工藤慎作選手と - 撮影=清水岳志

花田は今、群馬県・高崎に自宅があるが、埼玉県・所沢の競走部の寮で週の半分は学生と寝食をともにしている。


「監督になったときに学生たちに言ったのは、毎日は来ないよと。監督がいないから練習の手を抜くようでは強くならない。それなら陸上をやめたほうがいいと。学生たちも理解してくれて、自分がやりたい指導はできていると思います」


もっと指導してほしい選手はいるかもしれないが、社会に出て自分なりの生き抜くすべを持つことが指導の本質だ。監督に寄りかかろうとする選手が伸び悩むことは明白なのだ。


「僕は、練習しないと強くならないよ、という『根本』は繰り返し話をします。あと、各選手に『この練習をやったらどうか』といった提案もします。でも、それを実際にやるかどうかは選手たちに任せています」


監督に“各自でやって”と言われたら、帰る選手もいるかもしれない。厳しく管理したほうがもっと早く強くなるかもしれないが、そうはしないのは強い信念があるからだ。


「早稲田の使命は、自律する人、リーダーシップをとれる人を育てることです」


誰が主将になるかも学生たちの話し合いで決め、寮の運営も学生が行う。「早稲田(競走部)というのは学生たちで話し合ってできるので、(自分が何か)言いたい時も我慢してます」。


■有望な新1年生2人が入部


そして強化ポイント4つ目。それは早大が次回箱根駅伝などでの優勝を期待され、注目されるもっとも大きな要因、今春、有望新人が入部したことだ。八千代松陰高(千葉)の鈴木琉胤と、佐久長聖高(長野)の佐々木哲の2人。24年度の高校生の駅伝ランナーの最上位と高く評するメディアもある。花田は彼らをこう見ている。


「2人とも実力、将来性があります。高校時代にいい記録を出しているので、この春のトラックシーズンを経て、夏以降に箱根に向けた練習もしていくことになります。まずは、ベース作りをしっかりさせたい。ケガなく順調にいけば、今年の3区の1年生山口峻平のように区間3位レベルの走りはするのではないかと。将来のエース候補なので往路を走ってほしいですが、往路はどの区間もレベルが高い。各大学のエースと戦って勝っていくタフさも育てたいです」


2年生以降の先輩も、この入りたての2人の新人に負けまいと努力するに違いない。そうやって切磋琢磨することで全体のレベルアップにつながると、いよいよ、2011年以来15年ぶりの箱根優勝も見えてくるかもしれない。


「いつ優勝できるかは相手があることなので、わかりませんが、チャンスがあるのは26年、27年。今年から4学年、僕の指導がいきわたって、学生が力を出し切れば可能性は高まるでしょうね」


聞けば、今年の箱根での選手のパフォーマンスは監督が設定したタイムの下限のちょっと上ぐらいの結果だったという。「上限を出せれば3番以内に入れるよ」と言っていたが、わずかに及ばなかった(結果は4位)。


「26年は大会新記録を出さないと優勝できないでしょう。今の選手はその可能性があると思っていますし、彼らにもそう伝えています。設定の上限を出せれば勝てる。青学、駒澤などがそれ以上を出してくる可能性もありますが……」


箱根の上位校はどこも夏の合宿中に各自が計1000キロ走るという。早稲田の場合、それができるのは1人いるかいないか。それでも、「昨年は平均で100キロぐらい上乗せして、650〜700キロは走れた。質も保ちながら量も増えてきたので順位も比例して上がってきました」。今夏、質・量をさらに上げられれば、上位常連校に追いつき追い越せも十分に可能との見立てだ。


花田には理想の箱根制覇の形がある。


「他の大学には、入試で推薦枠が多かったり、学費免除があったりと、陸上の有望選手が入学しやすいケースもあり、正直うらやましいと思うこともあります。早稲田にはそうした枠は限られている。でも、それが早稲田の良さです。自分も必至で勉強しましたし、親も学費を捻出してくれた。困っている人を助ける仕組みは必要ですが、他大学と同じようなことをやらなくてもいい」


早稲田大学中央キャンパスに立つ大隈重信の像と大隈講堂(写真=小諸の風/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■OB瀬古も「花田は近いうちに箱根で優勝しますよ」


筆者は先日、OBの瀬古に取材する機会があって、その時にこう言われた。


「花田は近いうちに箱根で優勝しますよ」



花田監督が上梓した『学んで伝える ランナーとして指導者として僕が大切にしてきたメソッド』(徳間書店)の帯に瀬古利彦は〈こんなにも 憎たらしくて こんなにも放っておけない 愛弟子は ほかにはいない〉という言葉を寄せた。

花田は瀬古が早大で長距離コーチをしていた1993年、箱根で優勝した時の主力選手だった。そして瀬古が監督をしていたヱスビー食品に入社してオリンピックにも出場した。2022年春、瀬古の引き合わせで早大の監督に就任して、順調に強化が進んでいる。


花田にとって早大の復活プロジェクトは恩師・瀬古への恩返しでもある。箱根だけでなく、「世界へ羽ばたく日本代表選手を育成したい」という思いを花田は瀬古とも共有している。


「大学はいわば導入部分です。彼らが日本代表になって海外で活躍できるようになるのは社会人になってから。力のある子は先を目指してやろう、と話しています」


2025年、箱根を含む大学3大駅伝などでワセダの活躍を目にする機会が増えそうだ。(文中一部敬称略)


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清水 岳志(しみず・たけし)
フリーランスライター
ベースボールマガジン社を経て独立。総合週刊誌、野球専門誌などでスポーツ取材に携わる。
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(フリーランスライター 清水 岳志)

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