「順位をつけない徒競走」に意味はあるのか…少年野球の名指導者が実践する「子どものやる気」を引き出す方法

2025年4月6日(日)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fsstock

子どもたちの能力を伸ばすために、大人は何ができるのか。日本一に3度輝いた滋賀の学童野球チーム「多賀少年野球クラブ」の辻正人監督は「今の時代、子どもを傷つけないためにあえて順位をつけないという考え方もあるが、私は早いうちから順位づけに慣れさせることが大切だと思う」という——。

※本稿は、辻正人『任せることで子どもは伸びる スポーツで「自分で考える子」に育つ9の導き方』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。


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■球の速さを具体的に見せる効果


子どものやる気を促すためには、具体的な数字を見せるということも効果的です。


「はい、集合〜! 今からスピードガンで球速を測るからな。あのネットに向かって走って、思い切り投げる! スピードは読み上げるから、自分の記録を覚えておいてな」


私がそう言うと、子どもたちは必ず盛り上がります。


このようにスピードを測って具体的な数字を見せることで、子どもたちはより速いボールを投げようとします。速いボールを投げるためには助走の力を利用することと、両肩を入れ替えるように体をしっかり回していくことが大切だと伝えており、子どもたちは1球ずつ球速の上下動を気にしながら、「次は1キロでも伸ばそう」と技術的なポイントを意識するようになっていきます。


■傷つけないために順位をつけない風潮


そしてもうひとつ、具体的な数字を見せる目的があります。それは、「序列をつける」ことです。


私はこのとき、順番待ちの列に並ぶ子どもたちにスピードが何キロだったかと訊いて、速い順番に並べ替えていきます。自分が全体の何番目くらいの位置にいるのかをあえて認識させ、練習を見守っている保護者にも「ウチの子の力はこれくらいか」と分かってもらえるようにしているのです。


今の時代はかけっこで全員が手をつないでゴールするとか、演劇では全員が主役の桃太郎を演じるとか、子どものうちは心を傷つけないためにあまり順位をつけない、という考え方も広まっています。しかし私は、早いうちから順位づけに慣れさせることも大切だと思っています。


■社会に出れば序列から逃れられない


そもそも、社会に出れば間違いなく序列というのはつけられるもの。それがないうちは仲間同士でも「自分のほうが上や」とぶつかったりして、いろいろなトラブルが起こります。


そこから序列がハッキリしてくると、「あぁ、あの子はあれが得意なんだ。でもこの部分では自分のほうが上だな」などと、そうやって現状を冷静に受け入れ、お互いを認め合えるようになるのです。


みんなで一緒にゴールテープを切ったところで、ただ傷つくことを避けているだけ。子どもたちは何も認め合えず、しかも最初からルールのように決まっているわけですから、それによって人を思いやる優しさが芽生えるとも思えません。


それならば、むしろ「アイツに負けた」という劣等感を抱くほうがいいでしょう。そういう経験を早いうちにしておくと、失敗や挫折に対しても打たれ強くなります。


写真=iStock.com/taka4332
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■「負けたくない」という気持ちが重要


また、決して序列の上のほうにいる子だけが立派に育つわけではありません。下のほうになったことで逆に「負けたくない」と感じ、その気持ちが原動力となってどんどん成長していったケースもたくさん見てきました。


ただ、子どもたちに対して、大人が無理やり「悔しがれ」と感情を押しつけるような指導は上手くいきません。「悔しかったら、これをやれ。もっと練習しろ」と煽るようなやり方では、今の子どもたちには伝わらないと思います。「なにくそ」と思わせようとすることは逆効果です。


それよりも重要なのは「序列をつけられた後にどう考えるか」です。


たとえばピアノの発表会などにしても、ただみんなの前で全員が演奏して終わるだけでなく、審査があったほうがレベルは上がると思います。そして金賞を獲った人などを目の当たりにしたら、周りは刺激を受けてレベルがもっと引き上げられていくでしょう。


そういうことが大事だと思うからこそ、私はあえて序列をつけるのです。


■プロ野球選手になるハードルは高いが…


昨年、子どもたちの前でこんな話をしたことがあります。


「プロ野球選手になりたい人、手を挙げて。多賀に自分より上手い選手がいたら、もうなれないで。分かる? なぜなら毎年、滋賀からプロに行くのって1〜2人くらいだから。なりたいんだったら、その選手らを全員抜いていかなアカンねん。練習試合でも『上手い選手はどこだ』って探して、その選手を見てマネをする。それで、『滋賀県ではもう俺より上手い選手はいないな』ってなった人が唯一、滋賀からプロ野球選手になる。


もう一度言うよ。滋賀県の中で自分より上手い選手がいたら、プロには行けない。自分のチームで自分より上手い選手がおったら行けないよ。じゃあ、そのためにはどうするんやということや。みんなプロ野球選手になりたいんやったら、頑張ってなれ! 本気でなりたいんなら、それくらいの気持ちでやらないといけないんだよ」


現実をハッキリと伝えたので、子どもたちにとってはかなりキツかったかもしれません。ただ、「だから絶対になれない」とは言っていない。大切なのは、それでも「プロ野球選手になりたい」と思って頑張れるかどうか。


もう一度同じ質問をしても多くの子が手を挙げたので、序列をつけるという訓練は生きているのだと思います。


■言葉だけでなくジェスチャーでも褒める


子どもたちを育てていくときに「褒めて伸ばす」という手法はとても大事になってきます。


相手が幼児や初心者の場合は、成功体験が大事。成功したことを理解させて「楽しい」「嬉しい」と思わせるためにも、声に強弱をつけながら一気に褒めていくことが重要です。私は特に「おぉ〜!」「すご〜い!」「上手〜い!」「天才や〜!」といったワードをさまざまなトーンで頻繁に使っています。


2年生以上になると、今度は実戦形式の練習や実際の試合も入ってきます。座学で伝えたことをその場で教え込んでいったりするので、とにかく褒めるというよりは、指摘やアドバイスなどの声などが増えていきます。


そして、良いプレーが出たとき、良い考え方で臨んでいるときなどには「ナイスプレー!」「オッケー、今のはいいぞ!」といった褒め方も出てくる。さらに言葉だけでなく、ハイタッチやサムズアップ、両手で大きく丸を描いたりとジェスチャーだけで示すときもあります。


■「みんなの前」で褒めることの注意点とは


また、子どもたちを集めてミーティングをするときにはよく「こういうときはどうする?」と質問をするようにしています。パッと答えが出たりすると「そう、その通りや!」「今誰か言うたな? 誰や? ○○かぁ、すごいやん」としっかりと伝えます。


そうやって褒めることでモチベーションを上げているので、子どもたちは私の話に対して聞き耳を立て、わりと積極的に言葉を返してくれます。


ただし、実はこのやり方だけを続けていても歪みが生まれます。


というのも、みんなの前で褒められるというのはすごく気持ちが良いもので、それに慣れてくると、子どもたちも賢いのでだんだんこちらの意図を汲んで、答えを寄せるようになってくるのです。


「理解できているから答える」というわけではなく、目的が「褒められたいから答える」に変わってきてしまいます。一方で「答えは分かっているけど、わざわざ言わなくてもいいや。別に褒められたいわけじゃないし」と、その場ではスッと引いていく子も出てきます。


私はいつも純粋な気持ちで褒めているのですが、子どもたちにとっては、褒められたい人のアピールの場になってしまうこともあるわけです。


■「こっそり褒める」という新手法


したがって今は、みんなの前ではあえて何も言わずにあとで本人にだけこっそり褒める、という方法も使っています。


最近のことですが、ある練習試合で大きな成長を見せた子がいました。


私たちが攻撃をしているとき、打席に入った投手の子が死球を受けてしまい、チェンジになっても脇腹を押さえていました。そしてマウンドへ向かいながらも、少し渋る様子を見せていたのですが、するとその姿を見て、サードを守っていた子が言いました。


「とりあえず俺がキャッチャー行くから、○○(捕手の子)はピッチャー行って。△△(投手の子)はサードについて、痛くなくなってまたピッチャーができるようになったら言ってきてな」


そうやってパパパッと判断して指示を出し、審判にメンバー交代を告げに行ったのです。


■その後のプレーが明らかに良くなった


これは完全に、普段の私が口にするような言葉。その日は子どもたちに試合を任せるというテーマのもと、私はベンチに入らなかったのですが、その子は「おそらく監督だったらこう考えるだろうな」と私になり切って自分で判断したのです。私は思わず「すごいなぁ」と呟いてしまいました。


試合後、私は個別にその子のところへ行って、一連の行動を褒めました。


続いて2試合目。その彼は投手を務めたのですが、初めて見るような良い表情で思い切り投げていました。



辻正人『任せることで子どもは伸びる スポーツで「自分で考える子」に育つ9の導き方』(ポプラ社)

実は普段、上手くいかないと拗ねたりして、チームの雰囲気に悪影響を及ぼすような態度を取ることもある子だったのです。しかし、その試合では自分が「ストライクだ」と思ったものをボール球と判定されても、まったく気持ちを切らさずに集中。確実に心が充実していました。


子どもを褒めるということは、「ちゃんと自分を見てくれている」と感じさせてあげることです。


一対一で褒められると「自分にだけ褒めてくれた」「ちゃんと見てくれているんだ」という嬉しさも感じるようになります。みんなの前で褒められるのも嬉しいとは思いますが、それ以上に効果があるのだと実感しました。


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辻 正人(つじ・まさと)
多賀少年野球クラブ監督
1968年滋賀県多賀町生まれ。少年野球指導者。中学から本格的に野球を始め、近江高校では野球部に所属し三塁手として活躍。20歳のとき、現在も監督を務める「多賀少年野球クラブ」を創設。以来、37年にわたり少年野球の指導に携わる。学童野球の2大大会である「高円宮賜杯 全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)」と「全国スポーツ少年団軟式野球交流大会」で計3度の日本一。「世界一楽しく! 世界一強く!」「勝利と育成の両立」を掲げ、子どもが自ら意欲的に主体的に練習に取り組んで上達していく指導法は、全国の野球指導者の枠を超えて、広く注目を集めている。チームOBには、則本昂大選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)をはじめ、29名の甲子園球児がいる。著書に『多賀少年野球クラブの「勝手にうまくなる」仕組みづくり』(ベースボール・マガジン社)など。
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(多賀少年野球クラブ監督 辻 正人)

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