ロイヤルホストにはこれが欠けていた…コロナで人流が途絶えても一度も赤字にならなかった大阪王将の強み
2025年4月7日(月)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/NicolasMcComber
※本稿は、矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■アフターコロナの外食業界を決算書で分析
2023年5月に新型コロナウイルス感染症の取り扱いが季節性インフルエンザなどと同じ5類感染症に移行して以来、外食の需要は回復基調にあります。そんな中、ここでは2023年度に過去最高益を更新した外食大手、トリドールホールディングス(以下、トリドールHD)、ロイヤルホールディングス(以下、ロイヤルHD)、イートアンドホールディングス(以下、イートアンドHD)のP/L(損益計算書)を取り上げて解説します。
トリドールHDは、うどん店「丸亀製麺」を主力業態とし、カフェやラーメン店、焼鳥店などを展開しています。最近では、香港のTam Jai International(以下、タムジャイ)を2018年1月に買収し、丸亀製麺の海外業態である「MARUGAME UDON」を米国、台湾、英国などで展開するなど、海外事業を積極的に拡大しています。
トリドールHD(国際会計基準〔IFRS〕を採用)における2024年3月期の売上収益(売上高に相当)は2319億5200万円、事業利益(トリドールHDにおける事業利益=売上収益−売上原価−販売費及び一般管理費〔販管費〕、日本の会計基準での営業利益に相当するため、以下では営業利益と呼びます)は145億3600万円とそれぞれ過去最高を記録。2023年3月期の売上収益1883億2000万円、営業利益69億8400万円からの大幅な増収増益となりました。
■「ロイヤルホスト」や「てんや」を展開するロイヤルHD
ロイヤルHDは、レストラン「ロイヤルホスト」や天丼・天ぷら店「てんや」などを展開しており、外食事業以外にも空港や高速道路のサービスエリア・パーキングエリアなどで飲食業態を展開するコントラクト事業や、「リッチモンドホテル」などを手掛けるホテル事業を運営しています。2021年2月には、財務基盤の改善やポストコロナへの対応などを目的に、総合商社の双日との資本業務提携を発表したことでも話題となりました。
ロイヤルHDの最新決算である2023年12月期の売上高は1389億4000万円、営業利益は60億7400万円でした。2022年12月期の売上高が1040億1500万円、営業利益が21億9200万円であったことから、前期比増収増益です。売上高は2019年12月期の1405億7800万円には及ばなかったものの、営業利益は17年12月期以来の過去最高更新となりました。
写真=iStock.com/NicolasMcComber
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■「大阪王将」や「よってこや」を展開するイートアンドHD
イートアンドHDは中華料理店「大阪王将」やラーメン店「よってこや」、ベーカリー・カフェの「R Baker」などを展開する外食事業に加えて、大阪王将ブランドの冷凍食品を販売する食品事業を手掛けています。
写真=iStock.com/enviromantic
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イートアンドHDの2024年2月期決算の売上高は359億2200万円、営業利益は10億5900万円でした。2023年2月期の売上高330億3300万円、営業利益9億1500万円からの増収増益です。また、同社においても売上高、営業利益は過去最高を更新しています。
以上のように業績好調な各社ですが、ビジネスモデルや戦略はそれぞれ異なります。また、P/Lのデータからは、過去最高益の中に隠された各社の経営課題を読み解くことができます。
ここではまず、各社の違いがP/Lにどのような差を生み出しているのかを見ていきます。そして、各社はどのような経営課題を抱えているのか、コロナ禍におけるP/Lと2023年度のP/Lを比較しながら解説していくことにしましょう。
■イートアンドHDの原価率が高い2つの理由
では、イートアンドHDのP/Lについて解説しましょう。図表1は、コロナ禍における決算の2021年2月期と、2024年2月期のP/Lを比較したものです。なお、2021年2月期には多額の特別損益が計上されていますが、ここでは本業における利益構造に着目するため、営業利益までの項目に絞って図解します。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
左側の2021年2月期(11カ月の変則決算)から見ていきましょう。売上高が259億6400万円であるのに対し、売上原価は157億4300万円(売上高に対する比率は61%)、販管費は99億6000万円(同38%)となっています。
営業利益は2億6100万円(同1%)です。営業利益の売上高に対する比率を売上高営業利益率と呼びます。また、売上原価と販管費の売上高に対する比率をそれぞれ原価率、販管費率と呼びます。
外食業における原価率は通常30%前後ですが、イートアンドHDでは61%と高くなっています。
これは、イートアンドHDの外食事業における直営店の割合が2021年2月末現在で19%(2024年2月末現在では23%)と低く、FC加盟店に向けた食材卸の売上高の割が大きいことと、冷凍食品の販売を手掛ける食品事業のウエートが大きいことが影響していると推測されます。
なお、その前期の決算である2020年3月期の売上高は303億6200万円、営業利益は8億1000万円(売上高営業利益率は3%)でした。21年2月期は11か月の変則決算のため本来単純比較はできませんが、減益ではあるものの営業黒字を確保しています。当時、コロナ禍で多くの外食企業が大きな赤字になっていたことを考えると、十分健闘している決算だといえます。
■イートアンドHDは増収の割に収益性が高まっていない
続いて、2024年2月期のP/L(右側)も見ていきましょう。売上高は359億2200万円となっており、2021年2月期と比較すると100億円の増収となっています。2020年3月期と比較しても50億円以上の増収です。
対して、売上原価は215億9600万円(原価率60%)、販管費は132億6600万円(販管費率37%)となっており、営業利益は10億5900万円(売上高営業利益率3%)です。増収の割には、イートアンドHDの収益性はそこまで高まっていません。
イートアンドHDがコロナ禍においても黒字を確保できた秘訣は何だったのでしょうか。また、最新決算は大きな増収にもかかわらず、そこまで収益性が高まらなかった理由についても、解説していくことにしましょう。
イートアンドHDの事業は外食事業と食品事業で構成されています。外食事業における主力ブランドは中華料理の「大阪王将」です。食品事業に関しては、大阪王将ブランドの認知度向上と二次活用を主な目的として同ブランドの冷凍食品を量販店などに販売していると有価証券報告書に記載されています。
同社のビジネスモデルは、大阪王将ブランドを核とした外食と食品の両面展開になっているといえます。
そこで、同社の業績を2つの事業に分解して見ていきます。図表2は、イートアンドHDにおけるセグメント別の売上高と営業損益を2021年2月期と2024年2月期で比較したものです(なお、セグメント別営業損益には全社費用を加味していないため、セグメント別営業損益の合計額と連結営業利益は一致しません)。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
■イートアンドHDがコロナ禍でも黒字を確保できた秘訣
まず売上高から見ていくと、イートアンドHDが手掛けている食品事業、外食事業ともに2024年2月期では2021年2月期と比較して大きな増収となっていることがわかります。2021年2月期が11カ月の変則決算だったこともありますが、人流の回復に伴って外食事業の売上高が回復したことに加え、食品事業においては冷凍食品の餃子の販売が好調に推移していることが影響しています。
営業損益を見てみると、2021年2月期においては外食事業が5億100万円の赤字(売上高営業利益率はマイナス5%)だったのに対し、食品事業では9億7000万円の黒字(同6%)となっています。外食事業の赤字を食品事業が挽回した格好です。
大阪王将ブランドを核に食品事業と外食事業の二枚看板でビジネスを展開していることが、コロナ禍においても黒字を確保できた理由であるといえます。
2024年2月期においては、外食事業の営業利益も2億8000万円のプラスとなっており、黒字への転換を果たしています。ただ、同事業の売上高営業利益率は2%と決して高くありません。
また、食品事業の営業利益は12億7500万円で、売上高営業利益率は6%です。増収にもかかわらず、営業利益の売上高に対する比率で見ると2021年2月期に比べて引き上げられていません。原材料価格の高騰などを受けて価格改定を行なっているものの、価格転嫁しきれていないためです。
これらが、増収にもかかわらず、イートアンドHDの収益性が思ったより高まっていない理由です。イートアンドHDの今後の業績を占う鍵は、食品事業において価格転嫁をどれだけ進めていけるか、外食事業における収益性をいかに高めていけるかにあるといえそうです。
■大赤字を計上したロイヤルHD
続いて、ロイヤルHDのP/Lを見ていきましょう(図表3参照)。
2020年12月期の売上高(その他の営業収入を含む)が843億300万円であるのに対し、売上原価は277億1900万円(原価率33%)、販管費は758億5300万円(販管費率90%)です。その結果、192億6900万円の営業損失(売上高営業利益率はマイナス23%)という大赤字を計上しています。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
一方、2023年12月期の売上高は1389億4000万円となっており、2020年12月期と比較すると550億円の増収です。売上原価は423億8100万円(原価率31%)、販管費は904億8500万円(販管費率65%)で、営業利益は60億7400万円(売上高営業利益率4%)と黒字に回復しています。
2020年12月期から2023年12月期にかけてのコスト構造を比較してみると、売上高に連動して増減する傾向がある「変動費」が多く含まれる売上原価の売上高に対する割合(原価率)はそこまで減少していないものの、売上高に連動せず一定のコストが発生する傾向を持つ「固定費」の比重が高い販管費の割合(販管費率)が大きく減少した結果、営業利益が黒字に転換したことが読み取れます。
■ロイヤルHDの「ポートフォリオ経営」の大きな弱点
続いて、ロイヤルHDのセグメント別業績を2020年12月期と2023年12月期の間で比較してみましょう(図表4参照)。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
ロイヤルHDは外食事業のほか、空港などで飲食業態を運営するコントラクト事業、ホテル事業、食品事業を手掛けています(2020年12月期のセグメントには機内食事業が含まれていますが、双日との資本業務提携を結んだ際に、同事業を手掛ける子会社であったロイヤルインフライトケイタリング〔現双日ロイヤルインフライトケイタリング〕に対する双日の持株比率が60%となったことを受けて、同社が持分法適用会社〔関連会社〕となったことから、2023年12月期のセグメントには含まれていません)。
このように複数の事業を組み合わせた経営を、ロイヤルHDでは「ポートフォリオ経営」と呼んでいます。企業が事業ポートフォリオを構成する目的の1つには、さまざまな特性を持つ事業を組み合わせることで、単一の事業を手掛ける場合よりも業績変動のリスクを減らすことがあります。
先に述べたイートアンドHDのケースでは、コロナ禍において外食事業が赤字になってしまったのに対し、食品事業は堅調に推移したことで、連結としては黒字を確保することができていました。これが事業ポートフォリオを組む効果です。
一方、ロイヤルHDの場合は、その事業ポートフォリオの組み方がコロナ禍において裏目に出ました。外食事業、コントラクト事業、ホテル事業、機内食事業がそろって人流の影響を大きく受ける事業であったためです。また、食品事業も外食事業やコントラクト事業に対する食品製造などを主に担当しているため、両事業の業績に大きく左右されます。その結果、2020年12月期における各事業の業績は厳しいものとなりました。
■すべての事業が人流に左右されるビジネスだった
営業損益(全社費用を加味していない)で見てみると、ホテル事業がマイナス69億9600万円と赤字になったのを筆頭に、外食事業がマイナス38億1300万円、コントラクト事業がマイナス26億200万円、機内食事業がマイナス18億7900万円、食品事業がマイナス7億2700万円とそろって赤字に転落してしまいました。
ロイヤルHDのほぼすべての事業が人流に左右されるビジネスだったことが、本来であればリスクを減らすはずの「ポートフォリオ経営」がコロナ禍において機能しなかった要因です。
その後、人流の回復に伴い、2023年12月期における各セグメントの業績は大きく改善しています。営業損益では、外食事業が41億9800万円、ホテル事業が27億8700万円、コントラクト事業が22億5700万円、食品事業が1億8600万円の黒字となりました。
ロイヤルHDの「ポートフォリオ経営」の弱点に関して、2022年1月当時に同社の社長だった黒須康宏氏は「コロナでわれわれの事業の脆弱性がわかった」と語っており、「国内外におけるM&Aを視野に入れて事業構造を強固にしていかなければならない」と述べています(2022年1月23日付日経ヴェリタス)。
コロナ後の人流回復に伴って大きく業績が改善している今こそ、ロイヤルHDが双日との資本業務提携を踏まえて新たな事業構造をどう作り出していくのか、注目すべき状況だといえそうです。
■海外で売上高を急拡大するトリドールHDの課題
最後に、トリドールHDについて見ていきましょう。図表5は、同社の2021年3月期および2024年3月期のP/Lを図解したものです。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
2021年3月期の売上収益が1347億6000万円であるのに対し、売上原価は347億2900万円(原価率は26%)、販管費は1039億300万円(販管費率は77%)となっています。その結果、38億7200万円の営業損失を計上しており、売上高営業利益率はマイナス3%でした。テイクアウトの強化などにより収益性の改善を図ったものの、やはりコロナ禍においては営業赤字という結果になりました。
一方、2024年3月期の売上収益は2,319億5200万円であり、2021年3月期に比べて970億円の大幅な増収となっています。売上原価は557億8000万円(原価率は24%)、販管費は1616億3600万円(販管費率は70%)です。
営業利益は145億3600万円で、売上高営業利益率は6%と黒字に転換しています。トリドールHDの大幅な増収の要因について、セグメント別の業績から探ってみましょう(図表6参照)。
出典=矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
左側の売上収益から見ると、増収幅が最も大きいのはタムジャイやMARUGAME UDONなどを展開する海外事業で、2021年3月期の312億7300万円から2024年3月期には886億3700万円と、比較すると2.8倍という大幅な増収になっています。
国内で丸亀製麺を展開する丸亀製麺事業の売上高についても、2021年3月期は809億9500万円だったのが、2024年3月期には1148億5600万円となっており、2021年3月期比で42%の増収です。
海外事業、丸亀製麺事業の双方の収益が大きく伸びたことが、トリドールHDの大増収につながりました。
■収益性は事業ごとに大きな差がある
営業利益も大きく伸びています。営業利益(全社費用を加味していません)は丸亀製麺事業が2021年3月期で23億3200万円だったのに対し、2024年3月期には183億5100万円と大増益となっています。また、海外事業の営業利益についても同期間で13億100万円から29億7000万円に増加しました。
矢部謙介『見るだけでKPIの構造から使い方までわかる 会計指標の比較図鑑』(日本実業出版社)
ただし、収益性については事業ごとに大きな差がある状況です。2024年3月期における売上高営業利益率は丸亀製麺事業で16%と非常に高くなっている一方で、海外事業では3%にとどまります。海外事業の売上高は大きく伸びていますが、収益性の点では課題が残っていることがわかります。
2025年3月期以降、トリドールHDは国内外で出店攻勢をかけていく方針としていますが、海外事業については出店による成長を実現するとともに、収益性を高める事業モデルを確立することが求められている状況だといえるでしょう。
ここが比較するポイント!
このセクションでは、コロナ禍とその後の外食業のP/Lを比較してきました。外食事業と食品事業の補完関係でコロナ禍でも黒字だったイートアンドHDに対し、すべてが人流に左右される事業で構成されていたロイヤルHDではコロナ禍で厳しい状況に立たされていました。
一方、トリドールHDは海外事業、丸亀製麺事業ともにコロナ禍後の業績は大きく伸びました。ただし、海外事業の収益性向上は今後の課題といえそうです。
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矢部 謙介(やべ・けんすけ)
中京大学国際学部・同大学大学院人文社会科学研究科教授
専門は経営分析・経営財務。慶應義塾大学理工学部卒、同大学大学院経営管理研究科でMBAを、一橋大学大学院商学研究科で博士(商学)を取得。著書に『会計指標の比較図鑑』『決算書の比較図鑑』『武器としての会計思考力』『決算書×ビジネスモデル大全』など。
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(中京大学国際学部・同大学大学院人文社会科学研究科教授 矢部 謙介)