アメリカでも「トランプ不況」が現実味を帯びてきた…"関税男"トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争の隘路

2025年4月8日(火)9時15分 プレジデント社

2025年4月2日、米国ワシントンDCのホワイトハウスで関税について発表するドナルド・トランプ米大統領 - 写真=EPA/時事通信フォト

トランプ大統領が4月2日、アメリカへの輸入品に「相互関税」を課すと表明した。日本は24%の関税が新たに課された。これから経済はどうなるのか。伊藤忠総研上席主任研究員の高橋尚太郎さんは「米国経済に対する悪影響は間違いなく強まる。支持率維持のために関税政策の軌道修正を図ったとしても、景気は低迷し、『時すでに遅し』という状況に陥る可能性がある」という——。
写真=EPA/時事通信フォト
2025年4月2日、米国ワシントンDCのホワイトハウスで関税について発表するドナルド・トランプ米大統領 - 写真=EPA/時事通信フォト

■トランプ関税に金融市場は厳しい評価


第2次トランプ政権の関税政策が混乱を極めている。この現状を表すものとして、第1次トランプ政権と株価の推移を比較したものがよく挙げられる(図表1)。これを見ると一目瞭然だが、第2次トランプ政権発足後の株価は、第1次トランプ政権対比で割り負けているだけでなく、対照的な動きを辿っている。


第1次トランプ政権は、追加減税策(いわゆるトランプ減税)に対する期待から株価が上昇し続け、株価が低迷しだしたのは、米中貿易摩擦が意識されだした政権発足後約10カ月後からであった。


第2次トランプ政権は、発足直後こそ規制緩和への期待などから株価は上昇したが、すぐに関税政策の動きが活発化し、その不透明感が強まるにつれて株価は下落基調となった。株式市場と同様のことは他の金融市場でも起こっており、先行きの景気不安から金利は低下し、為替市場ではドル高に修正がかかっている。トランプ政権の関税政策に対する評価は、少なくとも金融市場では非常に冴えないものといえる。


■アメリカファーストと関税政策に固執するトランプ大統領


金融市場が大きく混乱する中で、トランプ政権が関税政策を推し進める理由は何か。トランプ大統領は「アメリカファースト(米国第一)」という言葉を掲げ、米国を立て直すことを掲げている。そして、トランプ氏は、他国と協調・協力することには価値を見出さない。むしろ、米国は、全世界に対して巨大な貿易赤字を抱え、世界から移民を受け入れさせられ、巨額な債務を抱えさせられている被害国だと考えている。


この被害者意識は、トランプ氏の2012年の著書『Time To Get Tough(タフな米国を取り戻せ)』にも記載されている。この本では、「中国に課税して米国の雇用を救え」「不法移民と呼ばれる理由がある」「我々が維持できる政府を」などの章が設けられ、トランプ氏が現在展開する主張と同様のことが記述されている。トランプ氏の不満が根深いことが窺える。


そして、トランプ氏は、「関税」を辞書の中で最も美しい言葉と公言してきた。これは、関税がトランプ氏の思いを達成するための重要な手段と考えているために他ならない。ベッセント財務長官は、関税政策によって、①不公正な貿易慣行の是正、②貿易以外の問題も含めた他国との交渉、③歳入増を実現すると述べた。言葉はきれいだが、まさに、前述したトランプ氏の不満を言い換えたものであることが分かる。


■低下した「国家の脅威」のハードル


トランプ氏は、昨年の大統領選中から関税政策に多く言及し、その内容もエスカレートしていった。最終的には、中国からの全輸入品に60%、その他の国からの全輸入品に10〜20%、メキシコからの自動車に100〜200%の関税を賦課する方針を示した。こうした高い関税率は当初は荒唐無稽なものにもみられていたが、第2次トランプ政権がIEEPA(国際緊急経済権限法)を根拠として関税政策を進め出したことから、一気に現実味を増した。


IEEPAは、第1次トランプ政権で用いられた通商法301条や通商拡大法232条と異なり、基本的には関税賦課の正当性に関する調査を経ずに、大統領の判断で即時に追加関税を発動できる。IEEPAは、大統領が国家の重大な脅威とみなした場合の経済制裁などに用いられてきたもので、関税政策には用いられたことがない。


第1次トランプ政権でも、IEEPAを用いた関税政策が検討されたが、実現に移されることはなかった。ただ、米中対立やコロナ禍の供給制約を経て、経済安全保障という概念が普及すると同時に、国家の脅威という考えに対するハードルが下がったと考えられる。IEEPAを関税政策に用いることに対する抵抗がなくなったのは、こうした状況変化が大きいだろう。


■大規模な相互関税発動、歴史的な高関税率へ


関税政策を巡る不透明感が強まる中、トランプ政権は、4月3日に、関税政策の本丸ともいえる相互関税(関税率や非関税障壁などを考慮して相手国と同じ水準まで輸入関税を引き上げる措置)を発表した。その内容は、関税率の最低ラインを10%とし、国・地域ごとに適用する税率に差をつけるものである。


かねてから高関税率が予想されていた中国への34%(発動済みの追加関税を含めると54%)はもちろん、日本に24%、EUに20%、韓国に25%など同盟国に対しても容赦のない関税率となった。これと並行して、既に発表済みの自動車・同部品に対する25%の追加関税も発動した。


3月までに発動済みの関税政策としては、相互関税と自動車・同部品以外に、①カナダ・メキシコに対する非USMCA適合品向けの25%(カナダ産エネルギー、カナダ・メキシコ産カリウムは10%)の関税賦課、②鉄鋼・アルミ製品に対する25%の関税賦課がある(図表2)。


これらをすべて含めると、米国の平均関税率は、関税引き上げ前の2.5%から20%程度まで、17%程度上昇すると試算される、第1次トランプ政権の平均関税率の上昇は、米中貿易摩擦の際の1〜2%であったとみられ、今回のトランプ関税の激しさがうかがえる(図表3)。


■大きな被害を受ける米国国民と米国企業


トランプ関税は、関税対象国だけでなく、米国経済への悪影響が非常に大きくなるとみられる。米国経済への波及経路について、自動車・同部品に対する追加関税を例にとって考えてみたい。


まず、自動車への追加関税を受けて、輸入車に対して関税を転嫁する動きが起こり、輸入車の販売価格は上昇する。価格上昇によって輸入車の販売台数は減少するが、輸入車の価格上昇の影響が上回ることが多く、米国全体としては輸入車への支出額が増える。この結果、米国で生産された財(モノ)やサービスへの支出が減らされる。


また、自動車部品への追加関税により、輸入部品の価格は上昇する。輸入部品を用いる米国の国産車は、輸入品の価格上昇分を転嫁せざるを得ず、国産車の販売価格が上昇する。この結果、国産車の販売台数は減少する。つまり、米国全体でみると、自動車の価格が総じて上昇することで、米国国内の個人消費が押し下げられることになる。


また、企業は、追加関税に伴う生産コストの上昇や政策不透明感、景気の先行き懸念などから設備投資を抑える可能性が高い。さらに、他国から報復関税が発動されれば、米国の輸出は減少し、景気は一段と悪化する。


トランプ政権によって、既に非常に多くの国と品目に追加関税が発動された。自動車・同部品への追加関税と同様の価格上昇圧力がいくつも積み重なることで、1%程度(当社試算)のインフレ圧力がかかることになる。米国経済は、個人消費を中心に大幅に減速することとなろう。


2025年1月29日、ドナルド・J・トランプ大統領(写真=The Trump White House/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons

■「時すでに遅し」懸念が強まる米国経済


トランプ氏の目的は一貫しているかもしれないが、その動きは常に流動的(トランザクショナル)とされる。今後、世界各国がトランプ政権と大規模に交渉する中で、各国に課されている関税率が引き下げされる可能性はある。


ただ、トランプ氏は、今は米国経済と自身の支持率に対して過度な自信を持っているとみられる。そのため、米国第一の考えに固執し、世界を相手にした貿易戦争を起こす懸念が日増しに強まっていると考えざるを得ない。


一方で、先述したとおり、この先、米国経済に対する悪影響は間違いなく強まる。トランプ氏は、いざとなれば、FRB(米連邦準備理事会)による利下げで景気を支えられると高をくくっているかもしれないが、追加関税によるインフレ圧力が強いもとでの積極的な利下げはインフレ再燃につながりかねない。


また、トランプ氏が掲げる追加減税策についても、米議会の状況をみると大規模な追加減税が成立し難いことが分かる。何より、景気悪化によって、いったん雇用情勢が冷え込み、企業の設備投資の増勢が弱まると、すぐには景気が回復しない。トランプ氏が、約1年半後に控える中間選挙を見据えて、支持率維持のために関税政策の軌道修正を図ったとしても、景気は低迷し、「時すでに遅し」に陥っている状況が十分に考えられよう。


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高橋 尚太郎(たかはし・しょうたろう)
伊藤忠総研上席主任研究員
2005年日本銀行入行、国際経済調査や金融市場調査等に従事。2017年有限責任監査法人トーマツ入社、マクロ経済分析サービスやリスク管理アドバイザリー等のプロジェクトに従事。2019年伊藤忠商事入社後、伊藤忠総研へ出向。東京大学大学院情報理工学系研究科修了。London School of Economics and Political Science(LSE)経済学修士課程修了。
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(伊藤忠総研上席主任研究員 高橋 尚太郎)

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