フィルム市場崩壊を予測していながら破綻したコダック…富士フイルムとの明暗を分けた「日米企業の違い過ぎる環境」

2025年4月7日(月)5時55分 JBpress

 イノベーションの実現を追い求めることは、人々の幸せにつながるのだろうか——。こうした問いに向き合うために必要な視点について「イノベーションを生む『創造する人』、イノベーションによってスキルが『破壊される人』の双方について理解を深めること」と語るのが、早稲田大学商学学術院教授の清水洋氏だ。2024年11月に著書『イノベーションの科学 創造する人・破壊される人』(中央公論新社)を出版した清水氏に、創造する人と破壊される人の双方を包摂する社会をつくるために必要なこと、イノベーションを生むためにビジネスリーダーが備えるべき考え方について聞いた。


「創造する人」と「破壊される人」が共存できる社会へ

——著書『イノベーションの科学 創造する人・破壊される人』では、イノベーションにおける破壊と創造を「人」の観点からひもとき、イノベーションとの付き合い方について論じています。イノベーションがもたらす「創造の側面」のみならず「破壊の側面」にも言及する内容としたのはなぜでしょうか。

清水洋氏(以下敬称略) 私はこれまで「経済成長をもたらすイノベーションをいかにして生み出すか」について研究してきました。大学の授業やゼミでは「企業はどのようにイノベーションを生み出すのか」「どのような施策を用意すれば、企業がイノベーションを生み出しやすくなるのか」といったテーマを扱っています。

 ある日、学部生が「イノベーションを追い求めることは、幸せにつながるのか」という素朴な疑問を投げかけてきました。イノベーションと幸せはそれぞれが独立した概念ですから、私は「イノベーションと幸せは、関係がありません」と教科書的な回答をしました。しかし、どうもしっくりきません。そこで、改めてイノベーションの創造的側面と破壊的側面の双方について考えてみよう、と考えたことが本書を書いたきっかけです。


研究結果から見えてきた「創造する人」に見られる「ある共通点」

——著書ではイノベーションを創造する人と、イノベーションによって破壊される人の双方に「リスク・シェア」の仕組みが必要であると述べています。リスク・シェアとは、どのような考え方を指すのでしょうか。

清水 リスク・シェアとは、リスクを広く分散することにより、結果の変動を少なくしようという考え方です。イノベーションについて言えば、イノベーションを起こすためには、成功するか分からないことに挑戦するリスクを取らなければなりません。そこで上手くいかなかったとしても、「大きなダメージがない状態」を用意しておくことが重要になります。

 例えば、十分な収益を創出し、強固な事業基盤を備えた会社は、次世代のビジネスを作るためのチャレンジができます。逆に基盤がなければ、リスクも取りづらくなりますから、イノベーションを生むためのハードルの高くなります。 こうしたリスク・シェアの必要性は、これまでイノベーションを生み出す側だけについて考えられてきたのですが、「イノベーションによって破壊される側」の個人にも必要とされています。

——著書では「イノベーションを創造する人」「イノベーションによって破壊される人」の双方が包摂された社会をつくるために、それぞれの人の特徴を知ることが必要、と述べています。「創造する人」と「破壊される人」には、それぞれどのような特徴があるのでしょうか。

清水 創造する人の特徴はハイパフォーマー、つまり「少しできる人」ではなく「ものすごくできる人」である、という研究が米国で進んでいます。例えば、幼い頃から数学などの試験の点数が高く、さらに裕福な家庭に生まれている、といった傾向が見られる場合には「将来はハイパフォーマーになる確率が高い」とされています。さらに人種や性別によって「ハイパフォーマーになりやすいかどうか」は変わってきます。

 一方、破壊される人の特徴は、イノベーションによって代替されるスキルを持つ人です。例えば、イノベーションによって定型的な業務が自動化されると、これまで定型業務に従事していた人のスキルは破壊されてしまいます。

 では、なぜ包摂する社会をつくるために、双方の特徴を知ることが必要なのでしょうか。それは、豊かな家庭に生まれることにも、人種や性別にも、多くの場合「運の要素」が絡んでくるからです。

 もちろん、ハイパフォーマーの人自身の努力もあるでしょう。しかし、それでも運の要素を排除できないのならば、包摂する社会をつくるためにはその部分を補正しなければなりません。資本主義社会でうまく立ち回れない人たちも包摂するためには、どのような人が「創造する人」で「破壊される人」なのか、きちんと理解することが重要です。


富士フイルムが生存し、コダックが破綻に追い込まれた理由

——著書では、破壊される側の特徴について、かつてフィルム事業でリーダー企業だったイーストマン・コダックの事例に触れています。世界で初めてデジタルカメラを開発した同社は、新たな技術が進化する中で、なぜ創造する側ではなく破壊される側になってしまったのでしょうか。

清水 当時、フィルム業界では「将来はフィルムがなくなるだろう」と予測されていました。そうした中で、ライバル企業の富士フイルムは生き残りましたが、コダックは変化に対応できず破綻に追い込まれたわけです。しかし、こうした比較をするためにはアップルトゥアップルで(前提をそろえて)考えなければいけません。

 富士フイルムはフィルム事業がなくなることを予測し、社内で培ってきたフィルム技術を活用してヘルスケアや化粧品などへ事業転換を進め、成功を収めました。社内のトップマネジメントが将来を予測し、事業転換の必要があると考え、経営資源の配分を変えていったわけです。

 一方、コダックのエンジニアたちも、フィルムがなくなることは予測していました。富士フイルムと違うのは、コダックのエンジニアたちは、コダックを辞めて新しいヘルスケアのスタートアップを立ち上げ、次々にそちらへ移っていった点です。しかも、富士フイルムよりもコダックを辞めたエンジニアの方が先にヘルスケア事業の会社を立ち上げており、その後は他社に事業を売却して別の事業で成長を続けています。

 つまり、日米で経済状況や社会制度が異なるため、事業の立ち上げ方が異なるのです。日本では多くの場合、トップマネジメントが課題を認識し、組織の中で調整しています。それに対して、米国では個人が課題を認識して市場に飛び出し、市場において調整が図られる傾向にあります。

——前提として、社会状況やビジネス環境の違いを理解することが必要、ということでしょうか。

清水 その通りです。富士フイルムの事例は、事業転換のベストプラクティスだと思います。しかし、グローバル市場に視点を移すと、戦い方が変わってきます。

 例えば、米国と日本で大きく異なる点の一つが「労働者に対する保護の強さ」です。日本は従業員に対する保護が強いため、容易に整理解雇はできません。しかし、米国は従業員に対する保護が極端に弱いため、業績不振に陥ると整理解雇が行われる傾向にあります。

 米国は不採算ビジネスがあると整理解雇でブレーキを踏み、そこから再度アクセルを踏み込んでスピードを上げようとする、という特徴があります。一方、日本は失業率を低く抑えることができますが、不採算ビジネスから撤退するためには組織体制の再考を迫られます。

 どちらが良い社会か、一概に評価はできません。ただし、「どちらがイノベーションを生みやすいか」という視点から考えると、米国型の方が優れていると言えそうです。

 加えて、米国の基礎研究を支えている国防の概念も無視できません。第二次大戦前後に生まれた多くのイノベーションには全て、最初は国防省の予算が含まれています。日本も国防費を増やしていますが、基本的に装備品の多くは米国からの調達なのでそこからイノベーションは生まれていません。

 このような状況下でいかにしてイノベーションを生み出すか、そうした視点が今の日本に問われていると思います。

筆者:三上 佳大

JBpress

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