そんなものまで冷凍するのか…王者イオンが狙う次の目玉商品「冷食」でバカ売れしている意外な野菜
2025年4月10日(木)16時15分 プレジデント社
まさかのヒット商品となっている「冷凍きゅうり」 - 写真=筆者提供
小売業界では競争が激化している。イトーヨーカ堂が店舗閉鎖を進め業績の立て直しを急ぎ、ライフやオーケーといった食品スーパーは個性を打ち出しながら顧客獲得を狙う。一方、業界最大手のイオンリテールも直近の業績数字は決して芳しくない状況だ。そんな中、「トップバリュ」を軸に、プライベートブランド(PB)の冷凍食品を次々と投入し、冷凍食品専門店「@FROZEN(アットフローズン)」を全国展開。食卓の主役を冷凍食品に据える戦略を加速させている。
■「冷凍きゅうり、売れてます」
冷凍食品の世界で、にわかには信じがたい現象が起きている。家庭用冷凍野菜のなかで、水分量が多く冷凍には不向きとされていた「きゅうり」が、いまヒット商品となっているのだ。その仕掛け人がイオンだ。
2025年2月、イオンはPB「トップバリュ ベストプライス」から、冷凍スライスきゅうり(250グラム/税込213円)を発売。開発にゴーサインを出したのは、イオントップバリュの土谷美津子社長(イオン副社長)だ。開発担当者にとっては、半ば無茶振りに近いリクエストだったが、急速冷凍技術の進化によって、自然解凍でも歯切れのよさを保てる品質を実現した。
写真=筆者提供
まさかのヒット商品となっている「冷凍きゅうり」 - 写真=筆者提供
キャベツやハクサイなど野菜の相場高騰が続く。きゅうりも高い。そんななか、「包丁もまな板も要らない」「酢の物にすぐ使える」と主婦層を中心にSNSでも話題となり、発売から1カ月で想定を上回る売れ行き。店舗によっては欠品が続いた。
だが、これは単なる“変わり種”商品ではない。イオンが本気で仕掛ける冷凍食品戦略の象徴であり、その背景には、日本の食品小売における新たな主導権争いが透けて見える。
■「PBは安いだけ」ではもはや古い
トップバリュは2025年度に売上高1兆2000億円(前年比11%増)を計画している。年間で新商品やリニューアル品を約2500品目投入する中、その中核を担うのが冷凍食品だ。
物価高騰が続くなかで、PBの購入比率は年々上昇。クレオ社の調査では、生活者の約7割が「NB(ナショナルブランド)からPBへの切り替えが進む」と回答している。トップバリュの強みは、「生活者の声に最も近いPB」であること。土谷社長はこう語る。「当社ならではの多くのお客様の声を反映できる。メーカーとともに、従来の常識にとらわれない商品開発ができるようになってきた」
価格だけでなく、「おいしさ」「品質」がPBに求められる時代なだけに、冷凍食品はその勝負どころだ。
「レンジで焼き魚」や「冷凍アボカド」「冷凍焼きなす」「冷凍れんこんきんぴら」など、時短・健康・本格志向に対応した商品開発。「冷凍なのにおいしい」と感じさせる技術力と、「あって助かる」「また買いたい」と思わせる実用性の両立が、消費者の心をつかむ。また、こうしたクオリティーの高い商品は「冷食=手抜き」のイメージを一新する役割を果たしている。
■専門店「@FROZEN」は“冷凍食品のテーマパーク”
こうしたPBの進化と並行して、イオンが注力するのが、冷凍食品専門店「@FROZEN(アットフローズン)」の展開だ。
2022年4月、千葉県浦安市の「イオンスタイル新浦安MONA」内に1号店を開業。以降、関東を中心に出店を加速し、2025年3月には埼玉県春日部市で15店舗目を開業した。
売り場面積330平方メートル前後、品揃えは約1400〜1500種類にのぼる。「ワタミの宅食」冷凍版や海外直輸入の味付きポテト、有名店監修のカレーやスープ、アサイーボウルや冷凍サンザシ飴など、冷凍の“新体験”が並ぶ。
売上構成比は既存のスーパーマーケットの2倍以上、客単価も1500円と高水準。ネットスーパーでの冷凍食品売上も前年比2倍になっている。
写真=筆者提供
イオンの冷凍食品専門店「@FROZEN(アットフローズン)」 - 写真=筆者提供
■冷蔵庫から冷凍庫シェアを狙え!
@FROZENは単なる売場ではない。冷凍食品の新しいライフスタイル提案の場でもある。家庭の食卓を、忙しくても・健康的に・豊かにする。その可能性に着目したイオンは、今後も出店を続ける方針だ。
「冷凍庫は“サブ”ではない。いずれ冷蔵庫と並ぶ主役になる」と語るのは、イオンリテールの青木郁雄食品本部デイリーフーズ商品部長。冷凍食品が「便利で安い」から「おいしくて楽しい」へと進化する中、家庭の冷凍庫の在り方そのものが問われている。
■ヨーカ堂なども冷食販売に注目
ライバル各社も冷凍食品に注目する。イトーヨーカ堂はPB「EASE UP(イーザップ)」を立ち上げ、冷凍食品の品揃えを強化。既存店の改装を通じて冷凍食品売場を拡大し、総菜売場近くに配置するなど利便性を高めている。ライフコーポレーションは2024年10月に高井田店(大阪府)をリニューアルオープンし、「簡単で、すぐに食べられる」をテーマにした冷凍食品を強化した。定番のからあげやワンプレートメニューなど、単身者や子育て世代のニーズに応える。
■過去最高売上のなか、イオンが狙うもの
2023年の国内冷凍食品市場は過去最高の1兆2472億円。2024年も伸長傾向にあり、冷凍野菜やワンプレート商品、スイーツが好調を維持している。
一方で、「枝豆は高騰して販売が鈍化」「焼きおにぎりは米不足で想定外」など、市場には変動要素も多い。そうした中、イオンの戦略は「生活者の変化に即応するスピード」と「店舗×商品開発の一体化」が武器となる。
日本の冷凍食品市場は今後も成長が続くと見られている。特に家庭用冷凍食品は、人口減少と単身化、高齢化という構造変化のなかでニーズが高まり、保存性・簡便性・多様性の観点から再評価が進む。
一方で、課題もある。エネルギー価格の高騰は冷凍物流コストの増加につながり、価格設定に影響を与える。また、フードテックや冷凍技術の進化といった新たな競争軸にも、対応が求められる。
その中でイオンが描く“冷食革命”は、単なる商品開発の話ではない。売場改革、PB戦略、物流設計、環境対応など、小売業全体の構造改革と密接に結びついている。「冷凍食品にきゅうり?」という違和感はイオンのねらい通り。消費者の記憶に残る“意外性”のある商品を打ち出すことで、冷凍食品を“副菜や弁当の補助”という位置づけから“主役”へと押し上げる狙いがある。
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イオンを追いかけヨーカドーやライフも「冷食」強化中。 - 写真=筆者提供
冷凍食品が産声を上げたのは1970年の大阪万博。期せずして2025年は大阪・関西で万博が再び開かれる。冷凍食品が“選ばれる主役”としての道を歩んでいるのは時代の要請だ。イオンの冷食戦略は、単なる新商品投入を超えて、小売業の未来の可能性そのものを提示している。
冷凍庫と冷凍食品が“主役”になる時代、あなたの冷凍庫には何が入っているだろうか?
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
流通科学大学商学部経営学科教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)