やっぱり日本の政治家はズレている…「コメの値段」を無視して「税金のバラマキ」に飛びつく国会議員の無責任
2025年4月14日(月)18時15分 プレジデント社
ホワイトハウスで会談する石破首相(左)とトランプ米大統領=2025年2月7日、米ワシントン - 写真提供=共同通信社
写真提供=共同通信社
ホワイトハウスで会談する石破首相(左)とトランプ米大統領=2025年2月7日、米ワシントン - 写真提供=共同通信社
■アメリカ関税措置で「食料品の値段は下がる」
トランプ政権の関税措置に対処するため、消費税、特に食料品の消費税率削減・廃止が政治の大きな争点になってきた。
アメリカの関税措置に対応するために、なぜ消費税減税が必要なのか、個人的には全く理解できない。ただ一点、関税の影響について大きな誤解があるようなので、今回はそのことについて論考したいと思う。
今回、重要な点は日本が関税を引き上げるのではないということだ。
日本政府は関税引上げという対抗措置は打たないと初めからトランプに白旗を揚げている(それが功を奏してアメリカが課す関税率は24%から10%に引き下げられた)。日本が輸入する食料・農産物の関税はそのままなので、アメリカの関税措置によって食料品の価格は上がらない。
アメリカの関税措置で同国のインフレが進み穀物価格が上がるので、「日本が輸入する小麦や穀物を飼料として使う牛肉などの価格が上がる」と主張するエコノミストがいるが、完全な誤りだ。自動車の関税引き上げでアメリカ国内の自動車価格は上がるが、アメリカは穀物等の輸出国なので同国で消費される穀物には関税がかからず価格も上がらない。インフレというのは全体の物価水準が上がるというだけで、全ての品目の価格が上がるのではない。個々の品目では下がるものもある。
この基本的なことが理解されていないようだ。それどころか、アメリカの関税措置によって、日本が輸入する食料・農産物の価格は下がるのだ。
■第一次トランプ政権下で起きた大豆の暴落
前回のトランプ政権の米中貿易戦争を思い出してほしい。
中国はアメリカに対抗して大豆の関税を25%引き上げた。中国は大豆の世界輸入量の6割を占める巨大な市場である。30年前なら、アメリカは世界の大豆貿易を独占していたので、中国に輸出し続けることが可能だった。
ところが、1973年のアメリカ大豆禁輸に対処するため、日本はブラジルの広大な農地の開発を援助してブラジルを世界最大の大豆輸出国とすることに成功した。前回の米中貿易戦争で、中国は輸入先をブラジルに切り替えた。
需要が減少したためアメリカでは大豆価格は暴落し、農場には売れなくなった大豆が山のように積まれた。トランプ政権は莫大な補償金を大豆農家に支払った。
写真=iStock.com/Rawf8
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawf8
■トランプに恩を売れる大チャンス
今回、中国はアメリカからの全ての輸入に125%の関税をかける。大豆だけではすまない。小麦、トウモロコシ、牛肉、豚肉、ワインなど、アメリカは多くの農産物について巨大輸出市場を失う。需要が減少したアメリカ産農産物の価格は低下する。
共和党を支持する赤い州と言われるテキサス、オクラホマから中西部の各州(アイオワ、ネブラスカ、カンザス、ミズーリ、オハイオ等)にかけて大きな存在感を持つ農民がトランプ政権から離反すれば、来年の連邦議会中間選挙で、共和党は上下院で大きく議席を失いかねない。
逆に、これを輸入する日本は輸入農産物価格低下の利益を受ける。
日本有利な完全な買い手市場となる。相殺関税を回避するために、のこのこワシントンに行ってアメリカ産農産物の日本市場へのアクセス改善を議論する必要などない。アメリカの方が平身低頭して「安くてもよいので買ってほしい」とお願いしてくるのだ。石破首相はトランプに恩を売れる。今回米中貿易戦争が、日本の食料品の消費税を減額する効果を持つのだ。
■所得税減税や交付金の給付が適切
アメリカの関税措置で、日本国内で輸出関連企業を中心に雇用や従業員の給料が減少することに対する対策として、消費税減税を打ち出すというのかもしれない。
しかし、それなら影響を受ける産業に対して対策を打つのが筋であるし、対象を国民全てに拡大するとしても、所得が低い階層に対する所得税の軽減や交付金の給付が最も適切な対策である。だれもが食料品を買っているだろうという想定で、食料品の消費税減税を主張しているのかもしれないが、農村地域や地方では食料品はほとんど自給したり親類や友人の農家から融通してもらったりしている人もいる。
また、食料品の購入よりも高額な医薬品が買えなくなることを不安視する人もいるだろう。これらの人たちにとって食料品の消費税減税よりも交付金の給付などの方が望ましい。
■主食のコメ価格を下げるためにやるべきこと
まずコメの値段を下げたいなら、備蓄米の売り渡し先をJA農協から卸売業者や大手スーパーに変更するとともに、一年後の買い戻し特約を止めさせるべきである(「備蓄米が消えていく…「コメの値段は下がらない」備蓄米の9割を"国内屈指の利益団体"に流す農水省の愚策」を参照)。また、備蓄米を放出してもコメの値段が下がらない仕組みとした農水省には処分があってしかるべきだ。
写真=iStock.com/kazoka30
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より根本的には、農家に補助金を与えてコメ生産を減少させ米価を市場より高く維持している減反政策を廃止することである。
米価が低下して影響を受ける主業農家に対しては、アメリカやEUのように政府から直接支払いを交付すればよい。零細な兼業農家がコメ生産を止めて農地が主業農家に集積すれば、主業農家のコストが低下し収益が上がるので、農地の出し手である元兼業農家が受け取る地代収入も増加する。
消費者は減反廃止で米価が下がるうえ、上記の構造改革でさらに米価が下がるという利益を受ける。
■減反廃止で穀物の貿易収支は黒字化する
既に日本米と競合するカリフォルニア米の価格差は大きく縮小し、逆転する年もある。減反廃止による米価低下で日本米の方がカリフォルニア米よりも安くなる。キログラム当たり341円という関税は撤廃できる。1000万トンのコメを輸出すれば、これだけで小麦、大豆、トウモロコシ等の輸入に払っている1兆5000億円の輸入代金を上回る2兆円を稼ぐことができる。穀物の貿易収支は黒字化する。
国民は納税者として、減反補助金3500億円、米価維持のために毎年20万トン市場からコメを買い入れ隔離している備蓄政策に要する500億円、合わせて4000億円の負担が軽減される。主業農家への直接支払いは1500億円もあれば十分である。
コメ農家の時給10円というのは、農業保護を拡大するためのウソである。零細な農家は赤字覚悟でコメを作っているので時給が少ないのは当然だ(「JA農協&農水省がいる限り「お米の値段」はどんどん上がる…スーパーにお米が戻っても手放しで喜べないワケ」を参照)。農家は豊かである。少なくとも農家だから貧しいという状況は1960年代後半になくなっている。
これに対し、大学院の博士課程を修了している人が、大学の週一コマ100分の授業(準備にはその2〜3倍の時間がかかる)で月3万円の手当しかもらえない非常勤講師の職を、5〜8大学掛け持ちしてやっと月15万〜25万円の収入を得ていることの方が、日本の将来にとってはるかに深刻である。無駄なコメ政策で浮いたお金は高等教育の充実のために使用すべきだ。
■ストーブとクーラーを同時に付ける国会議員
しかし、上記のような根本的な対策は講じられない。
自民党から共産党に至るまで農家票が欲しいからである。これほどコメの値段が高騰しているのに、米価を下げるべきだ、減反を廃止すべきだと主張する政党や政治家はいまのところいない。
衆参の農林水産委員会は、農業保護についてオール与党なのだろう。だから減反廃止は選挙の争点にならない。農水省や国会議員まで、一部の農業者や農業団体の利益しか考えていない。彼らは「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反している。
彼らは、減反や関税でコメや他の農産物の価格を高く維持して、食料品の消費税を下げるべきだと主張しているのだ。減反や関税の逆進性を問題視する国会議員はいない。
1995年まで、食糧管理制度の下で政府がコメを買い入れ卸売業者に売り渡していた。政府が買い入れる価格が生産者米価と言われ、1960年代から80年代にかけて大変な米価闘争が行われた。これは農民の春闘だと叫ばれ、JA農協が先頭になって自民党議員を突き上げた。米価を大幅に引き上げたので、生産は増え消費は減って、政府に大変な過剰在庫が生じた。この処理に3兆円を要した政府は、生産を減らせば買い入れ量を少なくできると考えて、減反政策を始めた。
コメ需要が減少する中で、減反面積は増えていった。
そしてJA農協は、減反の増加分は米価引き上げで回収するのだと主張して、さらなる米価上昇を求めた。過剰の原因が高米価にあるのだから、米価を上げれば過剰がさらに深刻化する。
石破首相が尊敬する故渡辺美智雄氏は、減反を進めながら米価を上げることを「ストーブとクーラーを同時に付けるようなものだ」と皮肉った。
1993年2月12日、ペンタゴンにて、当時の渡辺美智雄副総理兼外務大臣と記念撮影するレスリー・アスピン・ジュニア米国国防長官(写真=ROBERT D. WARD, CIV/PD US Military/Wikimedia Commons)
歴史は繰り返す。残念なのは、今の国会に渡辺美智雄氏がいないことだ。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)