「1万4000カ所に貼る必要がある」と聞いて絶望…業者に頼めば1000万円のポスター貼りを"0円で達成した方法"

2025年4月15日(火)18時15分 プレジデント社

ヨドバシカメラ上野店前で演説する安野貴博さん(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

2024年の東京都知事選挙に立候補したAIエンジニアの安野貴博さんは、主要メディアでほとんど取り上げられない中で15万4638票を獲得し、全候補者中5位となった。安野さんは「選挙のポスター貼りは資金や組織力のある候補者でなければ完遂できないとされてきたが、都知事選ではテクノロジーを活用することで、その常識を覆すことに成功した」という——。

※本稿は、安野貴博『はじめる力』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。


ヨドバシカメラ上野店前で演説する安野貴博さん(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

■都知事選で「心がけていたこと」


選挙戦では、それぞれの役割分担を決めて仕事を割り振る時間がないような状況だったわけです。


チームリーダーの方々も、1カ月前に参加して2〜3日前にリーダーになったといった人ばかりで、全体像はわかっていないことも多かった。しかもマネジメントは超未成熟です。そんな中で「『あなたはこれをやってください』といった仕事の振り方は不可能です」と最初にギブアップしています。


逆に浮いているボール、つまり「やったほうがいいとわかっているけれど、まだ誰も手をつけていない」という仕事を、自分で拾って動いてもらうことが、今回は大事だと思ったのです。


Slack上では「これをやる必要があるんだけど、できる人いませんか?」という叫びがあちこちから上がっていました。そこで、できると思った人は自分から手を挙げてほしいし、逆に困ったことがあったときも、大声で「助けて!」と叫んでほしい。こういうことをしたほうがいいんじゃないかという提案も大歓迎、といったことをみなさんにお願いしていたわけです。


とにかく、何か困ったことがあったら共有し「自分で考えて動く」ことが、チームに浸透するよう心がけていました。


■「ゲーム化」で誰もが動きやすくなる


ボトムアップで動いていただくための施策として、ポスター貼りについては、テクノロジーも活用しました。


ポスター貼りに関しては、初め「東京都内で1万4000カ所にポスターを貼る必要がある」と知ったとき、正直なところ絶望しました。過去の候補者の話を聞いても「1人で100枚達成した」という規模の話がほとんどで、私たちも当初は「妻と自分で100枚ずつ貼ろう」というのが目標でした。


しかし、チームのメンバーから「やるからには5000枚貼ろう」という声が上がりました。最初は無理だと思っていましたが、ボランティアの方を募集したところ、予想以上に多くの方が協力してくれました。


ただし、他の候補者がよくやっているように、地域ごとに担当を割り振るようなマネジメントを行なう余力はありません。


代わりに、ポスター貼りをゲーム感覚で進められる「ポスターマップシステム」を開発しました。このシステムは、自分がポスターを貼った場所を登録すると色が変わる仕組みで、まだポスターが貼られていない場所がわかるというものです。さらに、進捗をリアルタイムで可視化する機能を整え、「あと残り何カ所」という表示が出るようにしました。


■テクノロジーで効率的に目標を達成する


「貼られていない場所」がわかることで、ボランティアの方々には「近所だからここは貼りに行こうかな」と思ってもらえたり、ゲーム性をつけることで、「あと少しだし、手伝おう」と楽しんで動いてもらえるようになりました。


「ポスターマップシステム」は、日々改良を重ねていました。当初はLINEで報告を受けて地図を手動で更新してもらっていましたが、ポスターを貼ってくださる方が増え、遅くまで活動が行なわれるようになると、更新が追いつかなくなりました。その結果、報告内容を自動で地図に反映する仕組みができたり、独自のマップシステムを開発して細かくステータス管理ができるようにしたりするなど、毎日進化を遂げていきました。この取り組みを通じて、限られたリソースでも効率的に目標を達成する方法を示せたと思います。


蓋を開けてみると、最初に印刷した1万枚がなくなり、次に5000枚刷りました。最後には、もしかしたらコンプリートできるかもしれないという状態になった時点で、さらに足りないことが判明し、急遽、数百枚を追加発注しました。そして、ポスターを貼ることのできる最後の日、選挙前日の7月6日朝に、新島で、最後の1枚を貼りきることができたのです。システムの数字も100%になり、みんなで拍手して喜びを分かち合いました。


■業者に頼むと1000万円以上になるが…


この「ポスターマップシステム」は、選挙活動だけでなく、行政の世界にテクノロジーを導入することで、どれだけの速さで物事が変わるのかというデモンストレーションにもなりました。


出所=『はじめる力』(サンマーク出版)

ポスター貼りはこれまで、資金や組織力のある候補者でなければ完遂できないとされてきました。ポスターを貼る業者もあるのですが、1万4000カ所に貼ると、1000万円以上になると聞いていました。普通にぽんと出せる金額ではありません。


なかには「ポスター貼り」は、本気度を見せる指標だということを言う方もいるのですが、それは、単にお金があるか、組織があるかということしか示していないのです。それなのに、「あの人たちは貼れていないから本気ではないのだ」と思われてしまう。


しかし、私たちの取り組みは、その常識を覆すものとなり、政治の未来に新しい道を切り開く1つの例となったと自負しています。


この「ポスターマップシステム」は、選挙後にオープンソース化して無料で公開しました。次の選挙で他の候補者にも利用してもらうことで、選挙コストの削減や、新しい人材の政治参入を促す一助になればと考えています。


これはポスターという一例ではありますが、DXによって大きな改善が様々なジャンルで起こり得ることを示しています。


■チーム安野の「反省点」


チームマネジメントにおける今回の反省点としては、ボトムアップに動いてもらうことの難しさです。


選挙期間中、ものすごいスピードで動いている中で、自分からは手を挙げづらかったという人が少なからずいらっしゃいました。これは、私たちのチームの中では、「オンボーディングがうまくいかなかった」ということだと考えています。


スタートアップや大企業には、「オンボーディング」と呼ばれる取り組みがあります。採用した新卒や中途採用の方が、現場で力を発揮できるまでサポートするというものです。


この取り組みがきちんと整備されている会社は、たとえば入社すると、自分の仕事だけでなく全体像を誰かが説明してくれて、最初に取り組むのにちょうどいいサイズの仕事が用意されていたり、メンターがついて何かあればすぐ相談できたり、他の既存のメンバーと交流するための機会が用意されたりと、様々な仕組みがあります。


写真=iStock.com/Tirachard
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tirachard

■「人事部のような機能」が必要だった


会社であれば、一緒にランチに行くとか、一対一の面談をするといった仕組みが導入できますが、選挙戦では、時間が限られていることもあって、そういうことが一切できなかった。手を挙げてくださった方々が、ちゃんとオンボーディングされていれば、もっと多くの方の力を集められたと思うのです。


今回については、オンボーディングのプロセスを設計するような時間はとてもなかったので、致し方ない面もあったのでしょうが、今振り返ると、HR、つまり人事部のような機能を置かなかったのが反省点だったと思います。


法令遵守は基本中の基本です。公職選挙法を破ると逮捕されます。会社経営であっても守るべき法令はたくさんあります。


運営方針の最初のほうで「リスクを取る」とは言っていますが、法令違反やヘイトスピーチなど、越えてはいけないラインは絶対に守らなくてはなりません。


■モチベーションの源泉は「ビジョンへの共感」


越えてはいけない一線としては、もう1つ、体調第一でいきましょう、と明記しました。この運営方針を出す頃には、チーム全体にエンジンがかかりはじめていて、リーダーレベルの人たちは徹夜で動いているような状況だったのです。真剣に取り組んでいただいて、本当にありがたいことなのですが、選挙戦はあと1カ月近くあるわけです。そんなペースでやっていたらすぐに倒れてしまいます。体調は非常に大事。票よりも体調です。「くれぐれも体を壊さないでほしい」という健康管理の話を最後に入れました。


なお、今回の組織づくりで、企業と大きく異なっていたのは、インセンティブのあり方です。



安野貴博『はじめる力』(サンマーク出版)

選挙をお手伝いいただいた方は全員がボランティアで、給与は一切お支払いしていませんでした。これは営利企業のマネジメントとは大きく異なります。


では、なぜ、ボランティアのみなさんが、金銭的なインセンティブがなくても活動に情熱を注いでくれたのかというと、私が見ている範囲で考えられる理由は、1つにまとめられると思います。


それは、「ビジョンへの共感」です。私が掲げていた主張に賛同し、理念に共感していただけたことが大きなモチベーションになっていたと感じています。営利企業でないからこそ、丁寧にビジョンやストーリーを共有することが求められます。またこれは今後採用難になる企業においても、求められるものになるでしょう。


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安野 貴博(あんの・たかひろ)
AIエンジニア、起業家、SF作家
合同会社機械経営代表。開成高校を卒業後、東京大学へ進学。内閣府「AI戦略会議」で座長を務める松尾豊の研究室を卒業。外資系コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。未踏スーパークリエイター。デジタル庁デジタル法制ワーキンググループ構成員。日本SF作家クラブ会員。2024年、東京都知事選挙に出馬、デジタル民主主義の実現などを掲げ、AIを活用した双方向型の選挙戦を実践。著書に『サーキット・スイッチャー』『松岡まどか、起業します』(ともに早川書房)、『1%の革命』(文藝春秋)。
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(AIエンジニア、起業家、SF作家 安野 貴博)

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