ウーバー禁止、救急隊入れず…マンションを「ヤバい規則」で縛っていた管理組合にNOと言った住民たちの闘い

2025年4月19日(土)16時15分 プレジデント社

秀和幡ヶ谷レジデンス、東京都渋谷区 - 写真提供=毎日新聞出版

かつて「渋谷の北朝鮮」と揶揄されたヴィンテージマンション、秀和幡ヶ谷レジデンス。そこで異常ともいえる厳しいルールを強いた理事長と管理組合、住民有志の闘争を取材した栗田シメイさんは「管理組合の理事長たちがやりたい放題やっている。Uber Eatsも入れないなど、独裁国家で暮らしているようだ」と区分所有者から打ち明けられたという——。

■4年続いた「横暴な理事長」VS「住民有志の会」の対決


秀和幡ヶ谷レジデンスは、新宿駅から京王線でわずか2駅の幡ヶ谷駅にある大型分譲マンションです。駅からは徒歩4分、周辺にはスーパーや飲食店も多く、外観も築50年ほどと古い割には大変きれいに保たれています。


はた目には住環境に恵まれたマンションのように見えますが、実は2018年から約4年間、ここでは有志の住民たちと管理組合理事会との戦いが繰り広げられていました。書籍『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)は、その闘争の一部始終を記録したものです。


私が不動産会社の知人から「秀和幡ヶ谷レジデンスで、独裁的な管理組合の謎ルールの数々に住民が困り果てている」と聞かされたのは2020年のことです。住民に会って直接話を聞いたところ、その内容は想像以上のものでした。


管理組合の理事会では理事長を筆頭とした特定の理事たちがやりたい放題やっている、まるで独裁国家で暮らしているようだ、だから有志の区分所有者が立ち上がって住民運動を展開しているのだと。「やりたい放題」の内容には耳を疑いましたが、それ以上に私が驚いたのは、皆さんがものすごい熱量で怒り続けていたことでした。


いい大人がここまで感情をむき出しにするなんて、いったい何があったんだ——。それが、このマンションに興味を持ったきっかけでした。


写真提供=毎日新聞出版
秀和幡ヶ谷レジデンス、東京都渋谷区 - 写真提供=毎日新聞出版

■ウーバー禁止、介護サービスや救急隊も入れない理事会の謎ルール


取材を進めていくと、数々の“異常管理”ともとれる事態が浮かび上がってきました。私が特におかしいと感じた事柄は主に三つ。その一つ目が“謎ルール”です。いずれも理事会が独自に追加したもので(下記は理事会が否定したものも含まれる)、事例としては次のようなものがありました。


【秀和幡ヶ谷レジデンスの謎ルール事例】
1.身内や知人を宿泊させると転入出費用として1万円を請求された
2.平日17時以降と土日は介護事業者やベビーシッターが出入りできない
3.夜間、心臓の痛みを覚えて救急車を呼ぶも、管理室と連絡が取れず救急隊が入室できなかった
4.Uber Eatsなどの配達員の入館を拒否される
5.購入した部屋を賃貸として貸し出そうとすると、外国人や高齢者はダメだと管理組合から理不尽な条件を突きつけられた
6.マンション購入の際も管理組合による面接があった
7.引越しの際の荷物をチェックされる

■なぜ理事会がマンション購入・賃貸希望者を面接するのか?


この中で私が違和感を覚えたのは6です。聞けば賃貸希望者に対しても理事会による面接があるとのこと。明らかに常軌を逸していますし、実際に「売りたいのに売れない」「貸したいのに貸せない」と困っているオーナーも一人や二人ではありませんでした。


面接の可否は理事長や一部の理事がジャッジしており、根拠や判断基準も不透明。好き嫌いや感覚的に判断しているとしか思えず、民主主義的ではないと感じました。


これには劣りますが、7もどんな権利に基づいての行動なのか不明ですし、2、介護の人が入れない、3の救急隊が入れないというのも下手すれば命に関わる。高齢者など困る人がたくさんいるだろうと想像がつきます。


■防犯カメラが54台、「男を連れ込んでいましたね」と言われる


二つ目は防犯カメラの数です。マンションには54台もの防犯カメラが設置されていて、管理人や理事長が頻繁にチェックしているふしがありました。あるとき住民の女性が理事会に疑問を呈したら、理事の1人が「あなたはいついつに男性を連れ込んでいましたよね」と言ったことがあったそうです。また、住民運動のメンバーが集合ポストにチラシを投函していると、すぐに管理人が来て抜き去っていったという話もありました。


いずれも防犯カメラの映像をチェックしていないとできない芸当ですから、カメラの数も含めて「ここまでやる必要があるのか」というような管理体制だったことがわかります。


写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■マンション住民に管理を任されていると強調する理事長


三つ目は理事長の長期政権です。この人物はマンション入居者のひとりでもありますが、25年近く理事長を務めていて、その間、特定の理事たちとともに総会での議決権を独占し続けていました。過半数の委任状を盾に一部の住民達の意見を無視して“謎ルール”や管理費の値上げなどを決定し、マンション管理も自主管理のような形になっていき、修繕工事の収支も説明がされなかった年もあります。


私はグループの対立を記事にするとき、いつも双方の話を聞くようにしています。今回も住民の話だけでなく理事長の本音を知りたいがため、直撃取材を行い、質問書も送りました。


いくつかの謎ルールを挙げて意図を聞いた質問書に対しては、詳細な説明とともに「総会で区分所有者に承認されている」「そうした事実はない」「理事会に対する反対運動の一環だ」といった言葉が並ぶ回答書が送られてきました。


■住民を支配しようとする理事長の熱量はどこから来るのか


2020年、これらの取材結果をもとに書いた記事が週刊誌に掲載されると、マンション内の掲示板には理事会による告知が2度にわたって張り出されました。私は、この掲示物と回答書には理事長の考え方や理事会の体質がよく表れていると思い、すべて原文のまま『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』に掲載しました。


ちなみに、私は理事長に対して、悪者だとか断罪しようとかいった気持ちは全く持っていません。ただ「どんな人なのか」「その熱量はどこから来るのか」という点にはものすごく興味を引かれました。それを知りたいという思いは取材の原動力にもなりました。


もう一人、私が同じく興味を持ったのが、住民運動の中心人物である手島さんという女性です。取材を進めると、「この二人は似ている」という意見もありましたが、同意します。


考え方は違っても「マンションをよくしたい」という意思の強さは共通していましたし、マンション自治に関してこの二人ほど熱量や見識を持つ人は他にいませんでした。建物の外観がきれいに保たれているのも、実は理事長が修繕工事などを熱心に実施していたからこそだと思います。


写真提供=毎日新聞出版
秀和幡ヶ谷レジデンス、東京都渋谷区 - 写真提供=毎日新聞出版

■2021年、圧倒的に不利だった「より良く会」が政権交代に成功


2021年、立ち上がった住民たち(「より良く会」)は長い闘争の末に管理組合の手からマンション自治を取り戻しました。区分所有者から過半数の委任状を集め、総会で新立候補者を立てて理事長や役員を交代させることに成功したのです。これは並大抵のことではありません。


たいていの人は手間がかかる理事長や理事などやりたくないでしょう。総会も欠席し、議案があれば理事会に白紙委任状を託す人がほとんどだと思います。


しかし、その委任状の数が過半数を超えると、すべての議案に対して理事会が決定権を持つことになります。住民は決定に対して抗議はできても、自ら過半数の委任状を集めないかぎり覆すことはできません。


しかも、住民側が集めなければならないのは白紙委任状ではなく「誰に委任するか」を書き込んだ委任状です。約300戸もあって外部オーナーもいるマンションで、有志の住民だけでそれを実現するのがどれほど大変なことか。


そんな不利な状況でも過半数の委任状を集められたのには、主に二つの要因があると思っています。一つは、新しく入ってきた区分所有者や外部オーナーが住民運動に参加してくれたこと。彼らは早々に管理組合のおかしさに気づき、“慣れる”前に行動を起こしました。


■代表の女性たちは柔軟に粘り強く賛同票を集めていった


二つ目は、この運動が女性中心で行われたことです。住民組織の女性たちは皆、発想が柔軟で、地道かつきめ細やかな草の根活動を何年も続ける根気強さを備えていました。その代表格が中心人物の手島さんという女性で、他の住民への訴え方も非常に上手でした。


彼女がつくったチラシは、管理組合のおかしさを可視化し、どんな弊害が起きているか、是正するとどう変わるかがしっかり伝わるものでした。それが住民の心を少しずつ捉えていったのだと思います。


私は、秀和幡ヶ谷レジデンスの住民運動が男性中心だったら、おそらくうまくいかなかっただろうと考えています。実際、ほとんどの委任状は女性たちが集めたものでしたから。



栗田シメイ『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)

管理組合vs住民のトラブルは他のマンションでも起こり得る話であり、実際すでに全国的に広がってきています。築50年以上にもなれば大なり小なり管理上の問題が出てきますし、住民の高齢化が進めば管理組合にマンション自治を奪われるリスクも高まる。今後、こうしたトラブルはますます顕在化してくるでしょう。


私は取材を通して、この問題は結局のところ住民の「無関心」が引き起こしたものだと感じました。多数を占める無関心層が理事会に決定をゆだね続け、そのせいで独裁状態がまかり通ってきた。これはマンション管理だけでなく、会社や地方自治、政治など、日本のムラ社会的な発想が残る組織ならどこにでも通じる話です。


無関心でい続けるとこうなるということを、この本を通して少しでも多くの人に知ってほしい。そして、組織内で同じことが起きたときには、秀和幡ヶ谷レジデンスの住民たちの記録を、正攻法で勝利したモデルケースとして参考にしてほしい、というメッセージも込めています。


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栗田 シメイ(くりた・しめい)
ノンフィクションライター
1987年、兵庫県生まれ。広告代理店勤務、ノンフィクション作家への師事、週刊誌記者などを経てフリーランスに。南米・欧州・アジア・中東など世界40カ国以上でスポーツや政治、経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。
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(ノンフィクションライター 栗田 シメイ 構成・文=辻村 洋子)

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