「いじめにつながるからニックネーム禁止」の短絡的思考…日本人の異常な不安が「我が身」を滅ぼしてしまう理由

2024年4月29日(月)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/78image

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日本が国際競争力を失ったのはなぜか。医師の和田秀樹さんは「日本人は不安が強い割に、ソリューションを考えない悪いクセがある。その理由は不安に対する過度の恐怖心が、できるだけ損をしたくないという『損失回避の法則』と結びつき、最も損しない行動として何もしないという選択を取るからだ。何もしないリスクと何かするリスクのうち、本当のリスクはどちらなのか」という——。

※本稿は、和田秀樹『老後に楽しみをとっておくバカ』(青春出版社)の一部を再編集したものです。


■バカへと走らせる「不安」というエンジン


日本人が、常識に縛られやすく、みんなと「右へならえ」になりやすいのは、不安の感情が非常に強いこととも関係があると思います。


内閣府が2022年に実施した「国民生活に関する世論調査」によると、「日頃の生活の中で、悩みや不安を感じているか」との質問に、「感じている」と答えた人の割合は78%にも及びました。


約8割が、不安を抱えている日本人。


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では、なぜ日本人は、不安の感情がこれほど強いのでしょうか。


脳内の神経伝達物質の一つに、セロトニンという物質があります。


セロトニンは、脳の興奮を抑えたりイライラや恐怖心といったストレスを抑えたりして、不安をなくし、精神を安定させます。そのため「幸せホルモン」などと呼ばれることもあります。


脳の中で分泌されたセロトニンを、再取り込みを阻害するたんぱく質を「セロトニントランスポーター」と言いますが、このセロトニントランスポーターの数を多く持つ人と、そうでない人がいます。


セロトニントランスポーターの数を多く持つ人は「L(ロング)」型の遺伝子、少なく持つ人は「S(ショート)」型の遺伝子です。


「S(ショート)」型の遺伝子を保有する人は、セロトニントランスポーターの数が少ないので、脳内のセロトニン濃度が低くなりがちになり、不安になりやすいのです。ですから「S」型の遺伝子は、「不安遺伝子」とも呼ばれています。


そして「S」型遺伝子(不安遺伝子)の保有率を、人種別に調べてみると、日本人で約80%、アメリカ人で約45%、南アフリカ人で約28%となっています。


つまり日本人は、圧倒的に脳に取り込まれるセロトニンが不足しがちで、不安になりやすい人種だということです。


振り返れば、日本人がいかに「不安遺伝子」が多い集団であるか、腑(ふ)に落ちる事象だらけです。


■コロナ禍の買い占めで見える「日本人の異常な不安」


新型コロナ禍初期の「パニック買い」は、まさにそれでした。


マスクや、消毒用アルコール、トイレットペーパーなどの買い占めが起きたのは、日本人の不安耐性の弱さを如実に表しています。さらにマスクの着用義務が解除された今でも、ほとんどの人がマスクを持ち歩いています。


厚生労働省の人口動態統計によれば、2022年の新型コロナウイルス感染症による死亡数は、約4万8000人でした。


しかし同じく2022年、通常の肺炎で亡くなった人も約7万4000人いましたし、がんは約38万6000人、心疾患(高血圧性を除く)で亡くなった人は約23万3000人もいました。


この数字を冷静に眺めれば、がんや心疾患の予防にももっと熱心であるべきだと思いますが、日本人の新型コロナに対する不安の持ち方はちょっと異常に感じます。


教育の現場でも、不安の感情が過剰になっています。


「あだ名ではなく、さん付けで呼びましょう」


昨今、小学校では「ニックネーム禁止令」が出されるようになり、友達を呼ぶときは「○○さん」と名前で呼びなさいというのです。


写真=iStock.com/ferrantraite
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禁止の理由は、ニックネームがいじめのきっかけになるから。


確かに悪意のあるニックネームは、大人がきちんと注意すべきでしょう。


しかしニックネームは親しみを込めてつけられるものもあり、人と人の距離を近づけ、親密性を高めるきっかけにもなる。将来、同窓会で再会したときなどは、やはりニックネームで呼び合うから、一気に子供の頃に戻れるというようなこともあると思います。


それを大人が「いじめが起きるのが怖い」と過剰に不安になって、子供たちのニックネームにまで干渉しているのです。


ところで、日本人に不安遺伝子を持つ人が多い理由として、日本が昔から「自然災害が多い国」だったからだといわれています。


2011〜2020年に起きたマグニチュード6.0以上の地震は、全世界の17.9%が、日本周辺で発生しています(国土交通省「2021河川データブック」より)。2024年1月1日に能登半島を襲ったマグニチュード7.6の巨大地震は、私たちに震災の怖さをあらためて想起させました。


■不安が強い割にソリューションを考えない悪いクセ


世界の活火山は、約1割が日本に集中しています。


台風は1年に何度も上陸し、重大な被害を毎年出しています。


自然災害は、場合によっては命を落とす危険性をはらんでいます。


身の危険をできるだけ早く、敏感に察知できる能力は、生存確率をあげることとイコールになります。


それならば、ちょっとした「不安」にも、早く気づけるほうがいい——。


日本人は「不安遺伝子」を多くすることで、数々の自然災害をサバイバルしてきたとも考えられます。


けれど、どうでしょう?


VUCA(ブーカ)(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代といわれているように、自然災害はともかく、社会、経済、政治、あらゆるものが変わり目を迎えています。


AI(人工知能)に代表されるテクノロジーは恐ろしいスピードで進化して、ついていくのもやっとです。世界中がインフレを続ける中で、その解決策を見つけ出せている国はほとんどありません。


ロシアのウクライナ侵攻は出口が見えないまま、中国や北朝鮮といった他の国と周辺国との緊張感も急速に高まっています。これも日本に本当に攻めてくるかを確率で考えると、不安の持ちすぎかもしれませんが。


もし、本当に不安遺伝子が他国の人より多く、生き延びるために発動し、ちゃんと思考できるなら、日本人こそが、この大きな潮流をつかみ、変化に対応した賢い策を実行できるのではないでしょうか? 危機回避する能力が高いのだから、それができそうに思えます。


日本人は不安が強い割に、ソリューション(解決策)を考えない悪いクセがあります。


がんを非常に怖がってがん検診を毎年受けるのに、見つかったときにどこでどんな治療を受けるかを考えていない。認知症を異常に恐れるのに、なった際の介護保険の使い方を知らない。


ニックネームを禁止してまでいじめをなくそうとしているのに、いじめられたときに子供に何をすべきかを教えない、といった具合です。


これにも当然、理由があります。


不安に対する過度の恐怖心が、「損失回避の法則」と結びついているからです。


■「2円得する」より「2円損したくない」心理


損失回避の法則とは、行動経済学者でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが唱えた「プロスペクト理論」の1つです。ひとことで言うなら「人間は本能的に“得”よりも“損”に大きく反応する」という理論です。


レジ袋を例に説明しましょう。


2020年7月、スーパーやコンビニ、百貨店など、日本でも多くの店舗でレジ袋が有料化になりました。以前は無料でしたが、過剰包装が環境問題との兼ね合いから問題視され、廃止されました。今は買い物してレジ袋を使いたいと思うと、小さいものでも2円ほどを払う必要があるのは、知ってのとおりです。


もっとも、当初はこうではありませんでした。2円でレジ袋を売るのではなく、「レジ袋を使わなければ2円安くなる」というシステムだったことを覚えているでしょうか。


しかし、このときはレジ袋利用者はあまり減らず、効果が薄かったのです。ところが、「レジ袋を使いたいなら2円払う」システムにした途端、多くの人々が「レジ袋いりません」と断り、エコバッグや持参した使い回しのレジ袋で買い物するようになりました。


要するに「2円得するよりも、2円損するほうがインパクトがあった」ということ。2円得することにはさほど興味がない買い物客も、2円損することには大いに興味が湧き、「できれば避けたい!」と拒絶したわけです。


■日本人の不安遺伝子も損したくない感情を強く刺激


レジ袋以外の普段の買い物でも、私たちは「損失回避の法則」をよく発動させています。


たとえば、「1万円のジャケットを9000円に値引きしてくれたので購入した」とします。


それは単純に「1000円の得をした」買い物。


けっこうお得ですよね?


では「1万円で購入した同じジャケットが別の店9000円で売っていた」とします。


こちらは今度は「1000円の損をした」買い物、ということです。


写真=iStock.com/sunabesyou
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得をした場合も、損をしたのも、同じ「1割・1000円」という金額です。


ところが、私たちはなぜか、後者「1000円の損をした」ほうに、なんだかものすごいダメージを受けてしまいます。実際に自分に置き換えると「1000円の得をした」喜びより、うんと大きく感情を動かされる気がしませんか?


カーネマンはこのように、人は「得よりも損のほうにずっと大きな心理的インパクトを与えられる」と説いています。彼の実験によると得と損の心理的インパクトの差は、実に2.25倍であるとしています。


この損失回避の法則と、日本人の不安遺伝子がつながると、どうなるでしょうか?


日本人の多くに備わっている不安遺伝子は、そもそも人間に大きなインパクトを与える「できるだけ損をしたくない!」感情をより強く刺激します。


■「何もしないこと」で、じわじわと朽ちていく


最も損をしない行動とは何でしょう?


それは「何もしないこと」です。


現状を維持し、新しいことをせず、一歩たりとも踏み出さない。


交通事故が怖いならば、外に出なければ安全です。コロナのときも外に出ない人が激増しました。


損をするのが嫌ならば、投資になんて手を出さなければお金は減りません。


新規事業や画期的な商品やサービスで失敗するのが怖いなら、これまでどおりの事業やサービスを続ければ、大丈夫でしょう。


しかし、外に出なければ、美しい景色や新しい経験や、すばらしい人や土地や食べ物やその他もろもろとの出合いは著しく制限されます。



和田秀樹『老後に楽しみをとっておくバカ』(青春出版社)

株式投資や投資信託などに見向きもせず、給料を預貯金するだけでは、このインフレの時代になかなか生活を上向かせたり、老後に安心を得たりするのは難しそうです。


旧態依然としたビジネスを続けた結果、イノベーティブな商品やサービスが日本からほとんど出なくなり、国際競争力が極めて下がっているのはご存知のとおりです。


選挙になると、みんなが損失回避をしたいから、「前職者でいいや」と与党に投票し続けている。別の政党が政権をとって悪くなる可能性があるなら、今のままがいいということです。


さらに、損したときのことを考えたくないから、がん検診を受けても、がんが見つかったときのことを考えるのを避けるわけです。


そして政治も世の中も変わらないまま、じわじわと朽ちていく。


ノーリスク・ノーリターン。


何もしないリスクと何かするリスク。本当のリスクはどちらなのでしょうか?


30年間成長のない日本経済ですが、前より生活が悪くなっているわけではありません。その代わり、韓国や台湾などにどんどん追い抜かれているのです。


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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)

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