アメリカに翻弄されてきた日米貿易、耐えた自動車と競争力失った半導体…IP戦略は次世代の稼ぎ頭になれるか

2025年4月30日(水)12時15分 読売新聞

[戦後80年 昭和百年]経済<上>

 日本経済は戦前から巨大なアメリカと向き合い、影響を受け続けてきた。米国の圧力に翻弄されるのは、トランプ政権が初めてではない。戦後はそれを何度も乗り越え、共栄の道を探ってきた。歴史を顧みつつ、日米貿易そして消費や雇用の現状と未来を問う。

 池田内閣が1960年に閣議決定した国民所得倍増計画は、計画達成の「重要な鍵」を輸出拡大と外貨獲得に求めた。海外から安く原材料を仕入れて加工し、付加価値をつけて輸出するのが、日本の目指すべき針路だと説いた。

 工場で多くの人手を必要とする労働集約型の製造業は、戦後復興を進める上ではうってつけの産業だった。松下電器産業(現パナソニックホールディングス)の松下幸之助やソニー(現ソニーグループ)の井深大、ホンダの本田宗一郎といった経営者が生まれ、日本経済を先導する電機や自動車産業の基盤を作りあげた。

 経済規模が毎年10%拡大する高度経済成長を経て、日本は世界有数の貿易黒字国の地位を確立した。

「再び戦争」

 繊維、鉄鋼、カラーテレビなど、日本から続々と輸入される製品に米国は危機感を強め、産業保護を求める声が高まった。

 中でも、米国を最もいら立たせたのは自動車だ。自動車産業の城下町である米デトロイトで、日本車をハンマーでたたき潰すパフォーマンスが繰り広げられるほど、自動車は米国を象徴する産業だった。

 日本の自動車生産台数は80年に1000万台を突破し、米国を抜いて世界一になった。石油危機をきっかけに磨き上げられた日本の低燃費の小型車は、米国のドライバーにも支持され、中・大型車を偏重する米自動車大手の経営を圧迫した。

 大手3社「ビッグスリー」の一角、クライスラー(現ステランティス)は経営危機に陥り、政府から救済を受けるほどに追い詰められた。リー・アイアコッカ会長は著書で「いま再び日本と大戦争を戦っている。日本との経済戦争は、米国の将来を決定する戦いである」と日本を目の敵にした。

溶け込む努力

 貿易摩擦を回避するため、日本の自動車メーカーは対米輸出の自主規制に加え、米国で現地生産を始めた。82年にホンダが米オハイオ州に、83年には日産自動車がテネシー州に工場を置いた。84年にはトヨタがカリフォルニア州で米GMとの合弁工場を稼働させた。

 各社は積極的に現地雇用を増やし、経済への貢献をアピールして、地域に溶け込む努力を重ねた。トヨタが2024年に米国で生産した自動車は127万台と、日本(312万台)、中国(150万台)に次いで多い。

 現在、日本の自動車メーカーは米国に年計136万台の自動車を輸出している。裾野の広い自動車産業にとって、一定の国内生産を守ることは雇用維持の面で不可欠だからだ。だがトランプ政権は、日本からの自動車輸出を減らそうと、交渉で圧力をかけてくる可能性もある。

 日本自動車部品工業会の茅本隆司会長は「日本のものづくりが空洞化していくのが非常に怖い。中小企業が持っている技術が一度失われると、取り戻すのが難しくなる」と身構える。

一時世界7割

 過去の貿易摩擦を自動車産業が乗り越えた一方、立ち直れていない業種もある。

 半導体市場は1970年代後半からNECや東芝、日立製作所などが台頭。米テキサス・インスツルメンツやモトローラを抜き、日本製品の世界シェア(市場占有率)は一時、70%にまで高まった。米国の圧力を受けて86年に締結された日米半導体協定により、日本企業は減産や新規投資の抑制を強いられ、競争力を失った。

 AI(人工知能)やスマートフォンなどの開発に欠かせない半導体は、経済安全保障の面でも重要な産業だが、今や米国や韓国、台湾が市場を席巻する。日本も国が音頭をとって先端半導体の開発製造に望みを託すが、楽観視できない状況だ。

エンタメ「金の卵」 スマホ通じ世界に拡散

万博ガンダム

 13日に開幕した大阪・関西万博で来場者の目を引くのが、ロボットアニメ「機動戦士ガンダム」の実物大ガンダム像だ。高さ約17メートル、総重量約49トンの迫力ある姿に、多くの外国人がスマートフォンのカメラを向ける。

 パビリオンを手がけるバンダイナムコホールディングスは、ガンダムの知的財産(IP)で稼ぐ取り組みに力を入れる。アニメの海外配信やプラモデルの輸出が好調で、2009年度に346億円だったガンダム関連の売り上げは、23年度に4倍超の1457億円に拡大した。

 近年は、北米市場の開拓を重視する。3月末には米ニューヨーク・タイムズスクエアの看板広告をガンダムシリーズの新作で埋め尽くし、ハリウッドで実写版映画の製作にも乗り出す。

 IP戦略を統括する「チーフガンダムオフィサー」の榊原博氏(バンダイスピリッツ社長)は「日本中心だった販売戦略をワールドワイドに広げ、IPの価値を最大化していく。万博はガンダムを知ってもらう絶好の機会だ」と力を込める。

 万博会場では「ハローキティ」や「ドラえもん」、「ポケットモンスター」など日本ゆかりのキャラクターが登場し、来場者を喜ばせている。高度経済成長期の1970年に開かれた大阪万博が、「松下館」や「東芝IHI館」「日立グループ館」など大手メーカー中心の展示だったのと比べると、日本を代表する顔ぶれは様変わりした。

ソニー変身

 アニメや漫画、ゲームなど日本のIPは、長らく国内消費が中心だったが、動画を手軽に楽しめるスマホの普及をきっかけに、世界へ飛躍し始めた。日本のコンテンツ輸出額は5・8兆円(23年)で、鉄鋼(4・8兆円)や半導体(5・5兆円)を上回る。政府は33年に20兆円まで増やす目標を掲げており、実現すれば自動車産業に匹敵する。

 ウォークマンやテレビで一時代を築いたソニーグループは、ゲームや音楽、映画を主軸とする「エンタメの会社」への転換を宣言した。かつての成功体験を捨て、会社の形を変える大胆な戦略だ。18〜23年の6年間で1兆5000億円を投じ、外部の優良なIP取得などを進めた。14年3月期に売上高の3割程度だったエンタメ事業の割合は、10年で6割にまで高まった。

 十時裕樹社長は1月に米ラスベガスで開かれた世界最大級のテクノロジー展示会「CES」で、「ソニーの存在意義は世界を感動で満たすこと。魅力的なエンタメを製作し、無限の感動を生み出していく」と述べた。

 PwCコンサルティングの岩崎明彦ディレクターは「日本のIPが収益を生む金の卵だとわかってきた」と指摘する。今後も成長を続ければ、貿易摩擦を生んだ自動車産業などに代わる存在になり得る。

 だが国際市場では、中韓勢の追い上げが激しい。映画やドラマなどの実写映像は韓国、スマホ向けのゲームでは中国が日本をしのぐ。日本で放映されるアニメも、中韓出身の作り手が多くを担うようになっている。日本のIP産業が、将来も安泰かどうかはわからない。

 経済部 木瀬武、編成部 望月尭之、デザイン部 武居智子が担当しました。

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