こんな迷走ニッポンに誰がした!前駐豪大使が抉る日本外交の交渉裏、対アメリカの関税引き上げに対する対応は?
2025年5月2日(金)6時0分 JBpress
(山上信吾:前駐豪大使)
外務省の全てを知る前駐豪大使・山上信吾氏が、これまで語られることがなかった日本外交の闇に鋭く言及。アメリカ、中国、ロシアとどう対峙していくべきかを提言する。
※この記事は、『国家衰退を招いた日本外交の闇』(山上信吾著、徳間書店)から一部抜粋・編集しました。
今こそ職業外交官の出番
石破総理も岩屋外相も、トランプ新政権との信頼関係構築に不向きで関心が高くないとすると、この空白を埋めるべきは職業外交官の出番だろう。
特に、「就任前は外国首脳とは会えないし、会わない」などと説明しておきながらも、 アルゼンチン、カナダ、イタリア、フランス、ウクライナ等の首脳と会談を重ねてきたト ランプ氏だ。まさに、自由民主主義陣営の諸国は首脳自らが積極的に動いて関係構築に努めてきたのだ。
そうであれば、駐米大使はどう動くべきか?
流石にトランプ大統領本人と渡りをつけるのは至難の業であるにせよ、その側近、例えば、ルビオ国務長官、ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官などと顔合わせをし、トランプ政権の動向について情報収集に努めるとともに、日米協調に誤りなきよう、日本の立場やものの見方のインプットに精励しなければならないはずだ。
ところが、今の駐米大使は少なからず在外公館の大使と同様に、単身赴任であると聞かされた。これは大きなハンデだ。本人の積極的な社交性の有無に加えて、このことのマイナスを決して過小評価してはならない。
何となれば、トランプ陣営を見ると、「バービー人形」のような派手目な奥方を抱えて公の場に登場する人間が如何に多いかに気付くだろう。そうであれば、贅を尽くした豪華なワシントンの日本大使公邸にトランプ側近を夫妻で夜な夜な招き、極上の和食と酒を振る舞って人的関係を構築し、情報収集、対外発信に努めるべきは言を俟たない。それこそが外交官の腕の見せ所だ。実際、駐米大使には一定限度を公費で負担してもらい、和食と洋食の料理人を一人ずつ帯同するとの破格の待遇が認められているのだ。「将を射んとすれば、まず馬を射よ」は外交においても鉄則。奥方を日本の虜にして日米関係を強化する体制はできているのだ。
しかしながら、単身であると社交の足が鈍るのは必至だ。私自身のロンドンやキャンベラでの外交官生活経験に照らしても、夫婦そろって押してこそ初めて開く扉が欧米社会には何重にもあるものだ。いかなる事情があるにせよ、単身赴任が日本の国益実現の大きな手かせ足かせになっていることを官邸、外務省関係者はとくと認識すべきなのである。こんな次元の問題を今さら指摘しなければならないのは、ここ五代続けて外務事務次官になる人間が在外公館の大使を一度もやったことがないという、極端に「内向き」な今の外務省の嘆かわしい現状があるからだ。
関税引き上げに対する対応
トランプ2.0への対応で悩ませるべきは、その経済政策、なかんずく本人が広言し続けている関税引き上げへの対応だろう。第一期政権でも、米国が輸入する鉄・アルミニウム製品への関税が引き上げられたことは記憶に新しい。
予測不可能で不安定なトランプ政権にあって、その最たる発芽は、2018年、米国が日本などの友好国から輸入している鉄鋼、アルミニウム製品への関税上乗せ(鉄鋼25%、アルミニウム10%)を国家安全保障上の必要性を理由として行ったことである。アメリカ自身の国内産業を守ろうとの動機に基づく露骨な保護主義的措置だった。
殊に、同盟国や緊密な安全保障上のパートナー国からの輸入制限を正当化するために「国家安全保障」を持ち出すなど、前代未聞の暴挙であり、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)、WTO(世界貿易機関)の歴史に照らし、極めて異例な措置だった。同様の目に遭った日本以外の主要国は、米国の措置の非をトランプ氏との首脳会談等でしかるべく指摘することを躊躇わなかった。同時に、WTOの紛争解決手続きに委ね、さらには米国の措置が撤廃されるよう米国から輸入される一定の産品に対して関税を引き上げる「報復措置」に訴えていった。
日本はどうしたか? 当時の日本政府は、諸外国から促されても、安倍・トランプの首脳会談で率先して取り上げることもしなければ、他の国に同調してWTOの紛争解決手続きに付託することもしなかった。ましてや、関係省庁を促して報復措置に訴えるような胆力も到底持ち合わせていなかったのである。
その間、何度も行われた日米首脳会談での経済談義といえば、安倍総理(当時)自らが日本企業による最新の対米直接投資案件を新規雇用者の数とともに米国の地図上に図示してトランプ氏に示しつつ、日本からの対米直接投資の効用を強調することの繰り返しだった。予測不可能なトランプ大統領が突如機嫌を損ねて怒り出し、さらに強硬な措置をとることがないよう、機嫌取りに心を砕き続けていたと評されて仕方ない対応だった。
鉄鋼、アルミニウム製品の追加関税問題については、首脳会談で正面から批判的にとりあげることは避け、適用除外を求める、すなわち、日本から米国に輸出される製品だけが米国による関税引き上げの「お目こぼし」となるよう働きかけることに砕心していた。言い換えれば、そもそもの米国の措置の適否を正面から追及することはあえてしなかった。これが、当時の日本の経済外交だったのだ。
公の場では「法の支配」を声高に主張しながらも一般論にとどまり、個別具体的な事項 になると「法」に従った対応ではなく、「法」とは別次元の現実的、政治的な解決策を求めていく。こんなことでは、ご都合主義のそしりを免れることはできない。このあたりにも、長いものには巻かれろ式に、不法な措置に目をつぶってしまう危険回避、知的怯懦の姿勢が表れていた。
トランプ政権時代にホワイトハウスで安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏の回想録の評価には含蓄深いものがある。安倍総理が英国のボリス・ジョンソン首相と並んでトランプ大統領に食い込んでいたことを評価しながら、こう述べている。
「安倍総理がやろうとしていたことは理解するが、トランプの政策が素晴らしいと常に安倍がトランプに述べることによって、トランプの政策が軌道から外れないようにしておく力を却って損なってしまったのではないか」
首脳外交を支える外務省として、拳拳服膺(けんけんふくよう)すべき至言ではないだろうか。
筆者:山上 信吾