ホンダ「シビックハイブリッド」に乗って考える、低車高モデルの存在意義

2023年5月3日(水)6時0分 JBpress

(井元 康一郎:自動車ジャーナリスト)


高いパフォーマンスを発揮する「低車高モデル」の優位点

 日本の乗用車マーケットにおける主流商品は軽自動車、サブコンパクトカー、ミニバン、そして最近はSUV。その陰でかつての主役だった低車高のセダン、ハッチバックモデルは減る一方だ。

 今年4月にトヨタ自動車が「カムリ」の国内販売終了を発表したのは象徴的だった。その下のコンパクトクラスもトヨタ「カローラスポーツ」、マツダ「MAZDA3」など全高1500mmを切る低車高モデルの販売は軒並み苦戦を強いられており、ほとんどが月平均1000台のラインをクリアできていない状況だ。低車高モデルが多くの顧客の購入リストから外れているのはもはや明白である。

 だが、低車高モデルは本当に存在意義を失ってしまったのだろうか。たしかに室内の広さや眺望の良さという点については背が低いクルマは当然不利だ。が、少ない資源、少ないエネルギーで高いパフォーマンスを発揮するという点では絶対優位である。

 前面投影面積(正面から見たときの空気を受ける面積)が小さく空気抵抗が少ない。背丈が低いためクルマを作るのに必要な鉄や軽合金の絶対量が少なく、車体を軽くすることができる。そして背が低いためクルマの運動性能を左右する重要な要素である車体の重心は必然的に低くなる。

 ミニバンやSUVも技術革新で性能はどんどん高くなっているが、同じ水準の技術を投入する場合、低車高モデルのほうが物理的に低コスト、低環境負荷、高性能になる。これはクルマの動力が内燃機関だろうが電気だろうが変わらない。

 消費トレンドからは外れているが、クルマの素性としてはより優れたものを持っている低車高モデル。その一角であるホンダの全高1400mm台のコンパクトクラス「シビック」で長距離ドライブを試してみた。


明らかにSUVやミニバンと違う乗り味のシビック

 シビックには排気量1.5リットルのターボエンジン(最高出力182馬力)を搭載する純ガソリンモデル、排気量2リットルエンジンを積むハイブリッドモデル(同184馬力)、排気量2リットルのターボエンジン(同330馬力)を積むタイプRがあるが、ロードテスト車はハイブリッドモデルを選んだ。

 2リットルエンジンで発電機を回し、得られた電力で電気モーターを回して走るシリーズハイブリッドと、エンジン出力を直接走行に使ったほうが効率がいいときにはエンジンパワーが主体で、電気モーターがそれをアシストするパラレルハイブリッドの両モードを持つシリーズ・パラレル方式と呼ばれるシステムである。

 ドライブルートは東京を出発後、山岳路を含む一般道と高速道路を併用しながら鹿児島に達するというもので、走行距離は約1500km。

 まずはドライブを通じてのシビックの総合的な乗り味についてだが、昭和から平成中期までのシビックのような“安くて手軽で小気味よい走り”というキャラクターではもはやない。ホンダは欧州市場からは半ば撤退状態にあるが、クルマの仕立てとしてはまさに欧州戦略車のど真ん中。フォルクスワーゲン「ゴルフ」やプジョー「308」といったCセグメントの強豪に真っ向勝負で挑んだという感があった。

 グローバルではSUV、日本ではそれに加えてミニバンがメインストリーム商品となった影響か、あえて低車高モデルを選ぶ意味を持たせるかのごとく、驚くほど走行性能志向に振られていた。

 同じシビックの純エンジングレードに比べると乗り心地重視のセッティングがなされているとのことだったが、それでもサスペンションのロール剛性は非常に高い。SUVよりちょっと速いという程度では存在意義を保つことができないと考えたのであろう。

 単にサスペンションを固くすると乗り心地が悪化するが、ボディを強化し、ショックアブゾーバーやサスペンション可動部の摩擦を低減することで路面から大きな入力があったときの突き上げや、路面のザラザラ感を抑え込むという設計ポリシーが乗っていてありありと感じられた。

 ドアを開けるとサイドシル(床の両端)が“こんなのは久しぶりに見た”というくらい太い。この部分を太く作るのは、昔はボディ強度を上げるうえでのお約束だったのだが、最近は自動車工学の進歩で極端に太くしなくても普通に強い車体を作れるようになったため、乗り降りのしやすさを考慮して薄く作るのが一般的だ。シビックの場合、330馬力のタイプRとボディ骨格を最初から共用することを前提にしていたそうなので、その一環でこういう構造にしたのだろう。

 結果、シビックはSUVやミニバンと著しく違う操縦性や乗り味を持つモデルとなった。


長いワインディングロードの横Gにも耐えるセッティング

 では、具体的にどんなフィールだったかをシーン別に述べていこう。

 東京を出発後、しばらくはハイウェイクルーズ。御殿場からは制限速度120km/hの新東名を経由して愛知へ向かった。実速度120km/hでの巡航など今日ではターボなしの軽自動車でも十分こなせる水準の負荷なので、クルマの性能差が大きく出るようなシーンではない。

 ところが、絶対性能とは関係ない気持ち良さの部分でSUVやミニバンと意外に大きな差が出た。スロットルペダルを踏み込んでハイブリッドシステムのパワーを少し上げてやるだけで車速がスーッと上がっていくのである。また、クルーズコントロールを使用していない際に乗ったスピードの維持が非常に楽なのも印象的だった。

 これは前述の空力特性によるものと考えられる。筆者は過去、同じ区間を大小のSUVやミニバンでクルーズしたことがあるが、その経験に照らしてみると、大きな空気抵抗をかき分けて重い車体を強引に加速させるフィールと低車高モデルのフィールは結構違う。加速の滑らかさや一旦乗った車速の維持のしやすさについては空力特性がものを言う。

 新東名はスピードの遅いトラックが第2走行車線に居座り、それにたまりかねたトラックが追い越し車線に頻々と出てくるため、速度を落としてから再加速の繰り返しが多い。そういうシーンでのシビックの走り心地は素晴らしいものがあった。

 中部地方を過ぎ、京都の丹波高地からしばらくは瀬戸内海、日本海のどちらにも出ず、中国山地を延々と縦貫する山岳ルートを通った。岡山〜鳥取県境の辰巳峠、かつてウラン鉱山の開発が試みられた人形峠、河原に湧く砂湯が有名な湯原温泉から夕暮れの桜並木が美しかった岡山の新庄村、奥出雲と呼ばれる島根の山間部にある街、出雲三成を経由して日本海に面した島根・旧石見国の入り口、多伎に出た。

 断続的に数百km続く長大なワインディングロードだが、そこでは走行性能にプライオリティを置いた低車高モデルというシビックのキャラクターが最も特徴的に表れた。

 最近はSUVでも山岳路でも俊足を披露するクルマが増えたが、全高に対してトレッド(左右輪の間隔)が広く、素性的に重心が低いモデルの敏捷性はさすがにひと味違う。シビックは235mmという非常に太い幅の高性能タイヤ、ミシュラン「パイロットスポーツ4」を履いていた。グリップ力は強大なものがあるが、その能力を車体側の重量や重心などのハンデをカバーするためでなく、純粋に性能向上側に使えるというのはやはり大きい。

 長いワインディングロードの途中には路面が強くうねった箇所や舗装の老朽化でひび割れや破損だらけになった箇所などが至るところにあったが、そういうホイールが激しく上下動するようなところでもタイヤと路面との密着度はしっかり保たれた。

 重心が高い車体の走りを良くする場合は揺れを無理に止めるためにショックアブゾーバーをハードにしつつ、車重でタイヤを路面に圧着するような感じになるが、シビックの場合はそうする必然性がない。サスペンションをしなやかに動かしながら、高い横Gにも十分に耐えられるようなセッティングとなっていた。

 低重心のメリットは走りだけではない。カーブで頭部に強い遠心力がかかる高重心のクルマに比べ、速いペースで走っても疲労の蓄積が小さいというのはもう一つの美点だ。

 筆者はSUVやミニバンでも長距離試乗を行ったことがあるが、さすがにこれだけ長い山岳路を含むようなルートを走ると次第に疲労がたまっていく。これはクルマの作り込みの良しあし以前の、物理的な宿命だ。

 今ではそういうクルマでドライブするときは海沿いの平地を中心に走る。そんな秘境ルートにも臆せず入り込めるという点は低車高モデル、とくに性能の高い足を持つクルマの絶対的アドバンテージであり、シビックはその期待にしっかり応えてくれた。


シビックの快適性は販売終了した格上のアコードよりも上

 走りと並ぶ低車高車のメリットであるエネルギー効率の高さについても、シビックは十分に受け入れられる水準をクリアしていた。

 満タン法による実測燃費は東京から高速道路と一般道を乗り継いで兵庫の山間部、夢前に達した607.4km区間は22.1km/L、そこから山岳地帯を中心に熊本・山鹿まで走った729.1km区間が23.1km/L、そこから一般道主体で鹿児島・阿久根までの158.7km区間が26.2km/Lだった。

 シビックは走りがいいぶん、ついつい燃費に厳しい走りになりがちで、最後の区間以外は普段と比べてもかなりのハイペースだった。そのことを考えると期待値を大きく上回る燃費スコアだった。燃費値が最も良かったのは最終区間だが、おとなしく走ったわりには平凡ということで、むしろそこが不満点になった。

 低車高車の面目躍如という走りとエネルギー効率の両立ぶりを見せたシビックだが、実用性が犠牲になっているというわけでは決してない。

 室内は大人4名がしっかり座れるスペースが確保されている。走りに極度に重点が置かれているため乗り心地は固めだが、サスペンションの動きの良さの効能か、不快さや疲労につながる“揺すられ感”はきっちり抑えられている。販売終了した上級モデルの「アコード」より快適性はずっと上だった。アコードについては復活の噂もあるが、よほど気合を入れて作り込まないとシビックに対して存在価値を示すことは難しいように感じられた。

 車体の全長が4.5m台と同クラスのハッチバック車の中ではロングボディであることの効能か、荷室も狭くない。シビックのようになだらかな傾斜のバックドアを持つクルマはリフトバックと呼んでハッチバックと区別されることも多い。

 リフトバック車のメリットはバックドアを開けた時に荷室の奥に上からアプローチできること。通常のハッチバック車やステーションワゴンのように荷室に体を入れるような動作を必要としないのは楽なポイントだ。


通常版シビックが戦わなければならない「第5世代プリウス」という難敵

 このように驚くほどしっかり作り込まれたシビック。日本では販売のトレンドから外れて久しいが、実は販売の中心であるアメリカや中国でも低車高モデルはSUVに押され気味になりつつある。

 SUVやミニバンに対する明確なアドバンテージをユーザーにアピールできるようなクルマにしなければという危機感が作り込みの背景にあるものと推察されるが、それでも販売減少のトレンドを反転させるには至っていない。この難局を突破できるかどうかは、ホンダがユーザーコミュニケーションをどれだけしっかり取れるかにかかっている。

 そんな衰退傾向が著しい低車高Cセグメントに今年、大物が登場した。トヨタ「プリウス」の第5世代モデルである。クーペライクなフォルムと出力を高めたパワートレインを与えたところ、ユーザーの喝采を浴びた。

 日本市場に限っても発売から3カ月間の累計受注は8万台。第3世代が1カ月で18万台の受注を集めたのに比べればいささか寂しい数字だが、それでも日本市場における低車高Cセグメントという区分けではまさに“一人勝ち”である。

 タイプRは別として、通常版のシビックはこの先、第5世代プリウスという難敵とも戦わなければならない。燃費や斬新さではプリウスに負ける一方、足まわりの絶対性能や実用性ではシビックが上回る。日本市場ではプリウスとシビックではブランドパワーに大きな差があるので販売台数で拮抗することは望むべくもないが、ホンダとしてはシビックの存在感をコアなホンダユーザー以外にももう少し示したいところだろう。

 と同時に、プリウス以外の低車高Cセグメントモデルの販売が上向かないとすれば、日本のCセグメントもいよいよ終焉が見えてくる。

 プリウスが注目を浴びたのは一にも二にも斬新なスタイリング、次にパワーと走りへの期待で、Cセグメントの本来の特質である乗降性をはじめとした実用性についてはある程度見切っている。そういうクルマ作りが支持されるのは、Cセグメントがスペシャリティカー的に見られていることの証左だ。

 この現象は日本特有のものではなく、欧州でも格上のDセグメントセダンを実用性を落として流麗なリフトバック形状にしたり、ステーションワゴンのバックドアを荷室を削って大きく傾斜させたりといったクルマ作りにシフトしている。アメリカでも低車高モデルは軒並みそういう扱いになりつつある。

 だが、冒頭で述べたように低車高モデルはエンジン車であろうと電動車であろうと、本気で環境問題を考えるなら最も理想的なボディ形状といえる。前面投影面積や重量が大きく、物理的にエネルギー効率が低くならざるを得ないSUVやミニバンにユーザーが流れ続けるのは、自動車メーカーの技術進化の努力をふいにするも同然である。

 消費者の欲望が世のトレンドを形成する資本主義社会において低車高モデルのメリットが正しく認識される時代は果たして来るのか──。そんな思いも抱いたシビックのテストドライブであった。

筆者:井元 康一郎

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